おなかがいたい。あと腰と頭も痛いし病的に眠い。どうして女に生まれたというだけで月に一度こんなペナルティを約束されなければならないのだろうか。下着やシーツを汚すんじゃないかって夜も熟睡できないし下半身周りは蒸れて不快だし食欲だって異常だ。
 神様が憎い。仏だって憎い。あとなんだ、菅原道真か。徳川家康か。お稲荷さんでも狛犬でも七福神でもなんでもいいけどひっくるめて全部憎い。ホルモンバランスを崩した私は世界の破滅だって望んで見せるし世の中の人間がみんなしんじゃえばいいとすら思っていた。

「ううう……」

 ロキソニンのシートを横目にこたつに突っ伏していたら、ふぁさりと肩に何かが掛けられる。

「大丈夫か」

 低く気取った声は振り向かなくてもカラ松のものだと分かった。顔も声も瓜二つ、いや瓜六つの六つ子だが流石に幼馴染ともなればちょっとした話し方の違いで誰なのか判別できる。六つ子たちからは血の繋がりのない人間が声だけで6人を判別できるなんてほとんど第六感むしろオカルトに近いとまで評されていたが、このナルチシズム全開の(自称)イケメンボイスは間違いなくカラ松だ。肩に掛けられたものを見れば若干ダサい彼のジャケットだった。なんかへんなにおいする。香水か。

「だいじょばない……」

 めんどくさい時に現れためんどくさい存在に辟易しながらそう答えるとカラ松はフッ、と何故か不敵に笑った。

「オンナノコの日だろう」

 ……申し訳無いがぞわっとしてしまった。"オンナノコの日"って。なにその言い方。トド松あたりならまだしもあんたがその言葉を口にするのは寒気がするほど気持ち悪いからやめた方がいいと思うよ。例え傍目に見てそうだと分かってても面と向かって言うもんじゃない、デリカシーの欠片もないやつめ、だから童貞なんだ。

「え、ちょっと」

 なんで隣入ってくんの、向かいでもどこでも空いてるのに。えっなになんでキリッとしてるのなんでキリッとできるの。だってカラ松、あんた今のところ「きみ生理でしょ」って駅前とかで声掛けてくるニヤニヤした変なおっさんと同等の存在だよ?通報案件だよ?あと遅くなって申し訳無いけどなんで部屋の中なのにサングラスしてるわけ?あっ外した。(あっ投げた!)
 畳の上を滑り引き戸に当たって止まったサングラスのシュールさは生理でなければ手を叩いて笑えたかも知れないが生憎そういう心の余裕が、今は無い。

「体を冷やすと良くないらしいぞ」
「……無駄に良い声で腹立つんだよ……」
「えっ」

 地を這うような私の声にやや怯えたのか視線を泳がせるカラ松。なんで男なのに生理について詳しいんだ気持ち悪い……保健の授業で習った、じゃないよあんたどうせ辞書で「女性器」とか「月経」とか「自慰」って引いてたクチでしょ知ってるんだよわたし、この家にある辞書の性的な単語のほとんどに鉛筆でぐるぐる丸がついてるの……ああお腹痛い……

「知ってるか?キスの鎮痛作用はモルヒネの10倍」
「暇なら湯たんぽでも持って来い童貞」
「あ、はい」

 我慢ならずに睨みつければカラ松はビクリと大袈裟なくらい肩を揺らしてすぐさま湯を沸かしに行った。とてつもなく非常にはなはだ著しく想像を絶するレベルで大変鬱陶しいことを除けば、カラ松という男は特に害の無い男だった。長兄のおそ松と違って妙な悪巧みを首謀することも無ければチョロ松のように深酒をして喚いたりくだを巻いたりもしないし十四松みたいに耳元でギャアギャア言わないしトド松のような計算高さも持ち合わせておらず兄弟の中では比較的実直な方だ。一松と違って分かりやすい可愛げだってある(例えば今のような、彼なりに体調を気遣ってくれるところだとか)。しかし、

「湯たんぽと一緒に俺の熱い抱擁はどうだ」
「湯たんぽの中身ひっかけられたいか」
「ごめんなさい」

 ……しかし、だ。しかしながらいかんせんやっぱりどうしても少なからず、いや、大いに、鬱陶しい。それがカラ松という男だった。残念なやつだなあ。私は六つ子の中で結婚できる人間が出てくるとすればあんただと思ってたんだよ、あんたが高1で尾崎豊に傾倒するまでは。
 結局卒業するまで(もちろんしてからも)彼は盗んだバイクで走り出さなかったし夜の校舎の窓ガラスを壊して回ることも無かった。たぶんマイリトルガールと軋むベッドの上で優しさを持ち寄りきつく躰を抱きしめあうことも無かったんだろう、童貞だもんね。
 手渡された湯たんぽを抱えて、じっとカラ松の顔を見つめた(ちがうそういう意味じゃないキメ顔で見つめ返してくるな)。何だ、俺の顔に見惚れてるのか、とまた気持ち悪いことを言い始めようとするのを遮るように口火を切る。

「ねえカラ松って童貞なのになんでそういうこと言うの」
「……お、お前だって経験無いだろ」
「侵攻できたことのない槍と侵攻を許したことのない城、どっちが誇らしいと思う?」
「……」

 簡単に論破されてしょぼくれるカラ松の素直なところはそんなに嫌いじゃない。私が怒ったと思っているのか所在無さげに突っ立っているカラ松に小さく嘆息して、こっちきなよ、と自分の隣を示した。
 おずおずと隣に座ってきたカラ松を体ごとこちらに向けて、その胸板へ額を押しつけるようにして寄り掛かってみる。するといつものクールぶった態度はどこへやら、カラ松はぴし、と音まで聞こえそうな具合にその体を硬直させてしまった。構わずに言葉を続ける。

「ちっちゃい頃さあ」

 私が転んだらいつも「大丈夫大丈夫、痛くないぞ」って私を抱き締めて泣き止むまであやしてくれたのはカラ松だった。他の兄弟が私の泣き声に気付いて集まってきてなまえが怪我した!大変だ!血が出てる!と口々に騒ぎ始めても、ずっとカラ松が傍に居てくれた。覚えてる?と聞けばやや気まずそうにこくりと頷くカラ松。

「あの時みたいにしてよー」

 体のだるさと眠気でやや幼児退行してきた私がカラ松の胸に顔を埋めたままそう言うと、彼は恐る恐る私の背中に腕を回した。ゆっくりと背中をさする手は記憶にあるそれより随分ぎこちなくて、思わず笑ってしまう。それでも彼の腕の中はどこか懐かしくて、あたたかくて、安心した。

「……フッ、素直じゃないな子猫ちゃ、」
「うるさい黙ってやれ」
「はい」

 悪い癖が出そうになるのをぴしゃりと諌めれば彼はようやく黙って、私をあやすことに専念してくれるようだった。掛け時計の秒針の音とカラ松の呼吸音と心音だけが聞こえてくる。あたかかくて心地が良かった。決まったリズムで背中をポンポンと叩かれていると子供みたいに眠気が襲ってくる。
 ごそり、不意に顔を上げると、存外にもすごく穏やかな顔でこちらを見下ろしていたカラ松と目が合った。そんな顔、今もまだ出来るんだ、

 ……あ、(心臓が、)

「カラ松」
「……?」
「童貞もらってあげようか」
「!」

 ごくり、と。
 生唾を飲む音は、一体どちらのものだったのか。


チェリーボーイと
月経ガール

(151121)



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