事を終えて、名前も知らないサラリーマンに一万円札を数枚手渡される。えっ、こんなにいいんですか?なんて初心な反応を演じればやや小太りのその男は気を良くしたのか、更にもう一枚私の下着にお札をねじ込んでくれた。なんて馬鹿なんだろう。特別見た目が他人より秀でているわけでもない、ただ「セーラー服がコスプレにならない」というだけの私にこんな大金を貢いで、自分の娘と同じ年頃の小娘の前へと跪く。滑稽だと思った。変態へんたいヘンタイ。本当は心の中でずっと嘲笑ってる。だけどそうしてる間じゅうずっと背中がゾクゾクするから私もきっとこいつと同じ穴のむじななんだろう。救いようがないなと我ながら思う。

「やさしくしてくれて、ありがとう」

 しおらしく頭を下げれば男の好色な視線が私の素肌の上を舐めるように這った。反吐が出そうなのを堪えて笑い、去っていく男を見送る。さて、いくらになったかな。ひいふうみい……うん、オジサマったらなかなか気前が良い。お札を揃えて財布にしまった私は鼻歌を歌いながらシャワールームに向かう。早く体を洗い流したかった。

「……あ、」

 シャワールームから出てくるとテーブルの上で携帯電話の液晶が点灯していて、メッセージが1件届いていることを知らせていた。送り主は"猫の人"。
 私の心臓が高鳴った。慌てて内容を見ればホテルの名前と部屋番号だけが書かれた無愛想なメッセージ。少し遅れてポヨンという効果音と共にやけに愛らしい猫の絵文字だけが一つ送られてくるのもいつも通りだ。にんまりと頬が緩むのを感じながら大急ぎで服を着て化粧を直した私は足早にホテルを飛び出し、タクシーに飛び乗った。


* * *


「……遅くない」
「さっきまで別のお客さんが居たから」

 ホテルに着くとパーカーにジャージ姿の彼が寝惚けた顔で私を出迎えた。私が来るまで寝ていたらしい。ぼさぼさの頭を掻いた彼は無気力そうな足取りで部屋の奥へ歩いて行き、私も黙ってそれについて行く。迎え入れられた部屋はさっきまで相手をしていた客が連れて行ってくれたところとは打って変わって、部屋のほとんどをベッドが占領しており大変狭い。ところどころ剥がれた壁紙や染み付いた煙草のにおいはまさに場末のラブホテルといった様相で、何となく退廃的だと思った。

「どんな客」
「へ」
「さっきまで相手してた客」

 一瞬何を言われているのか分からず馬鹿みたいに呆けた顔を晒した私を、彼はその半目にやや蔑むような色を浮かべて見ていた。彼がこんな風に話をしてくれるのは珍しかった。機嫌が良いのだろうか。そんな風には見えないけど。早く答えろと言外に迫る視線にせっつかれ、慌てて口を開く。自分の春を切り売りしているからといって頭の足りない女だとは思われたくなかった。

「中年のオジサマ。私と同い年の娘が居るって」
「……きっめえ」

 吐き棄てるように言った彼の侮蔑に満ちた顔つきにまるで自分が罵られたような気がして背筋が粟立った。マゾヒストじゃないけど彼のこういう目は嫌いじゃない。気前は良かったよ、と口にすれば彼は特に興味無さそうな様子でふうん、とだけ言ってパーカーのポケットから財布を取り出す。そして二つ折りの財布を開いてあ、と声を上げた。

「……金無い」

 小さく舌打ちした彼はクソ、と吐き棄て、誰だよ、と忌々しそうに溜息を吐いた。聞けばギャンブルで手にしたあぶく銭が入っていたはずのところを何者かによってそれが抜き取られていたのだという。恐らく犯人は兄弟の誰かだと彼は話したが、どこまで本当なのかは分からない。私は彼の本名すら知らないし、仮に彼の吐く言葉の全てが嘘だったとしてもそうと知る術が無いのだ。

「……で、いくらあるの?」
「5千円」
「ホテル代だけで無くなるね」
「……」
「いいよ今度で」

 鞄の中から財布を取り出し、一万円札を手渡す。意味が分からないという顔をしている彼にそれを握らせれば不思議そうな顔が怪訝そうな顔へとささやかなグラデーションを見せた。成人男性に万札を握らせる女子高生ってどうなんだろう。まあいいか。さっきのお客さん気前良かったからあげるよ、と言えば彼の目が驚きに見開かれた。

「だって帰れないでしょそんなんじゃ」

 いつも彼は電車で帰っていくと話していたから。5千円じゃホテル代を払ったあと電車に乗れるかどうかも怪しい。流石にこんな小娘に渡されるお金は受け取らないかな、と思ったけど彼は黙ってそれを自分の財布に仕舞った。……そうか、受け取るのか。別にいいけど。お兄さん確か働いてないんだもんね。お金欲しいよね。じゃあさ、

「今日は私がお兄さんを買うね」

 服を脱がされている間じゅうずっと骨の髄がざわざわうるさかった。ねえ、お兄さん。わたし現役の女子高生だよ?女子高生って、それだけで価値がある存在なんだよ?ブランドなんだよ?大金を払って、私みたいな小娘の前に跪いて、猫撫で声で媚びてでもみんな女子高生に触りたがるのに。私、今からお金払ってお兄さんに触ってもらうんだ。女子高生なのに。……ああ、どうしよう!

「お兄さんのことすきになってもいい?」
「おすすめしない」

 つっけんどんに答えた彼にどうして?と問えば彼はぴたりと動きを止めてしまって、ああ聞いちゃいけないことだったのかな、と少し後悔した。気を悪くさせただろうか。うつむいた彼がどんな顔をしているのか分からない。言いたくないなら、と口を開きかけて思わず言葉を失う。だって、顔を上げた彼が、今まで見たことがないくらいサディスティックに笑って見せてくれていたから。心臓のあたりがきゅんとして、苦しいのか嬉しいのか判然としない。ねえ、なんでお兄さんのこと好きになっちゃいけないの?(だってこの胸の高鳴りはまちがいなく、)

「おれが人殺しだから」
「ひとごろし?」
「生きた人間を線路に放り込んだ」

 ……うそだとおもう?
 そう問うた彼の双眸が底の無い洞穴のような暗さで私を見据えていた。くちびるが三日月みたいに弧を描く。大きくて骨ばった右手が裸で横たわる私の首にあてがわれ、軽く体重をかけられただけでいとも簡単に呼吸も声も奪われてしまった。うそ、ころされるの?聞いちゃいけないこと聞いたから?お兄さんが人殺しなのはひみつなのに、うっかり知ってしまったから、ころされるの?頭に血がいかない。眼球の裏がかっと熱くなるみたいだった。わたし、まだはたちにもなっていないのに。振袖だって着たい、お酒だって飲みたいのに、名前も知らないお兄さんに絞め殺されておしまいなの?ああでも、私お兄さんのこと好きだから、別に良いかなぁ、あ、お兄さんすごい格好良い顔してる、

「……」

 ブツッ、と火花に似たものが瞼の裏で弾けたかと思うと寂れたホテルの天井だった。天国かと思ったけどそうじゃないみたい。どうやら彼に絞め落とされてしばらく気絶していたらしい。裸で気を失ったはずなのだが、起き上がった私は下着も制服も元通り綺麗に身につけていた。使用済みの避妊具が中に白濁した液体を溜め込んだ状態で口を縛られてシーツの上に転がっていたので、一通りの事は終わったのだと理解する。ベッドサイドに腰掛けて缶コーラを飲んでいる彼と目が合った。

「起きた?」
「うん」
「金、今度返すから。ごめん」

 じゃあまた。そう言って振り向きもせずに部屋から出て行ったまあるい背中にぽつりと呟く。

「うそつき」

 乾いたくちびるを舐めれば微かに鉄の味がした。


ニアリーイコール、

( 咬まれたみたい、 )

(160205)



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