「痛、」

 みかんが入っていたダンボールを折り畳んで片付けようとしたら段ボールの鋭い断面で親指を切った。経験のある人間にはお分かりのことと思うが、ダンボールで手を切ると普通に紙で指を切るのと比べて存外ひどい怪我になる。厚く丈夫なボール紙が傷口を深くする上に、ぎざぎざと鋭い断面で皮膚を切り裂くものだから刃物で切るより痛いし、治りも悪い。いいとこ無しである。
 ……テンション下がるなぁ。人ん家のダンボールなんて勝手に片付けようとするんじゃなかったなぁ。じわっと指先から滲み出てきた血液を眺めて溜息を吐いていたら、部屋に入ってきたチョロ松が不思議そうに私の手を覗き込んだ。

「あ」
「え」
「怪我してる」
「うん、ちょっとこれで」

 静岡みかんと書かれたダンボールを目線で示しながら苦笑する。大丈夫?と私の手を取ったチョロ松はああ結構深いね痛そう、と私の傷口に対して至極淡々とした感想を述べた。

「絆創膏取ってくる」
「あ、そんな大層な」

 遠慮する私の言葉を無視した彼は一旦部屋から出て行って、すぐにまた戻ってきた。絆創膏の箱と青いキャップの消毒液を携えて。そんな大袈裟にするほどの怪我じゃないけどせっかく取ってきてくれたなら使おうかな。わざわざごめんねありがとう、なんて言いながらそれらを受け取ろうとしたのだが、

「怪我したのそこだけ?」
「え?あ、うん、あ、」

 当たり前みたいに手を取られて消毒され、ティッシュで軽く拭き取られたかと思うと彼はぺりぺり乾いた音を立てながら絆創膏の包装を剥がした。くしゃり、包装を丸めて部屋の隅のゴミ箱に放れば見事な精度で吸い込まれていく。呆気に取られている私に気がついたのかチョロ松は絆創膏を指先につまんだまま動きを止め、その黒目の小さい目を怪訝そうにまたたかせた。

「え?なに」
「あ、や、……て、手際良いんだね」
「みんなよく怪我したからね」

 特に十四松なんてしょっちゅう擦り傷だの切り傷だの作ってくるから。未だに。と困ったように笑う彼だったが、そう言う彼の細められた目はどこか懐かしさみたいなものをそこへ滲ませていた。自分と同じ顔をした同い年の家族が5人も居るというのは果たしてどんな気持ちなのだろう。私には分からないがチョロ松の表情を見る限りまんざら悪くもないのではないかと思った。
 ガーゼの部分が傷口を覆うように絆創膏を貼り付け、くるりと親指を一周するように絆創膏が巻きつけられる。すると何故だか妙に面映ゆいような、くすぐったいような心持ちがして、思わず俯いてしまった。は、はずかしい。

「え、なんで照れるの」
「わ、わかんない」

 優しくされるとくすぐったい。やーい怪我したざまぁみろと馬鹿にされるくらいでちょうど良いのに、こんなに丁寧に手当てされるなんて思わなかった。小学生だった頃、怪我をして保健室で先生に見てもらう時に感じた気恥ずかしいような嬉しいような情けないような頼もしいような、そういう気持ちがない交ぜになったものがじわりと心中に広がっていた。こそばゆい。
 ちらり、チョロ松の方を伺えば私が照れてしまったからか彼まで恥ずかしくなってしまったようで。ほんのさっきまで漂っていたはずのスマートさは既に失われ、そわそわと目を泳がせる様が実にダサい。でもこっちの方が彼らしくて良い。

「ふふ」
「なに」
「怪我した時だけ優しくしてもらえるならもっと怪我してみようかな」

 ばかじゃないの、と呆れる彼はもういつもの手厳しい彼に戻っていたが、親指に巻かれた肌色の絆創膏をなぞればじわりと胸があたたかくなった。


やさしさの輪郭をなぞる

( ほんとうはいつでもやさしくしたい )


(160129)



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