「どうしたのそのあたま」 ぽかん、と口を開けて不思議なものでも見るみたいにその瞳をぱちくりさせるなまえの姿に溜息を漏らす。兄弟たちに散々いじられて辟易していたところにとどめを刺されたような気持ちだった。我ながらかなり滑稽だと思うし指摘せずにはいられない気持ちは分からないでもないが。それでも今は少しそっとしておいて欲しかったのだ。頭を撫でれば絶望的なほどつるりと丸坊主になった頭のさらさらとした感触が掌に伝わって、改めて落ち込む。 「……出家松?」 「頼む……これ以上俺のブロークンハートブレイクをすり潰さないでくれ」 「ハートブレイクがブロークンされてるなら元気じゃん」 俺の心はもう小麦粉もびっくりの細粒なんだよ。風で飛ばされてしまいそうだ。すまない、こんな情けない姿じゃお前に甘く愛を囁いてやれない……そう言いながらなまえの頭を撫でてやったら、なまえも手を伸ばして俺の頭を撫でてきた(いや囁いていらない、と彼女が真顔のまますかさず答えたのは、聞かなかったことにした)。 「お」 彼女は俺の頭にわずかに手が触れた瞬間、何故かカチンと氷漬けになったように硬直して、その後また恐る恐る手を伸ばしてきた。指の腹で頭頂部を撫ぜたかと思うと大きく息を吸い込んで、てのひらでさわさわと俺の頭を撫で回しはじめる。 「お……おおお……」 興奮したような様子のなまえ。片手だけでは足りなかったのかもう両手でぐりぐりと頭を撫で回されている。意味が分からなくて困惑していたらなまえはきもちいい、と一言漏らした。……きもちいい? 「ビロードみたい、高級感がすごい」 「そ……そうか?」 「小一時間撫でてられそう」 なんだ?褒められてるのか?(小一時間はさすがにハゲてしまいそうだからやめて欲しかった。)頬擦りしていい?と聞かれておっかなびっくり了承すればなまえは躊躇いも無く俺の頭に頬を寄せてすりすりと擦りつけはじめる。……これははたから見たらどんな状況に見えるんだろうか。いや、そんなことより。なまえ、頬擦りに夢中で気付いていないのかも知れないがお前、胸が、 「なまえ、そ、その」 「わああきもちいいこれ家に欲しい」 「えっ」 家に呼ばれた?なまえは一人暮らしだと聞いている。それはつまりそういうことなのか?背中にふわふわと当たるやわらかい感触が俺の正常な判断力を奪っていく。なんだこれは。こんなにやわらかいものがこの世存在していいのか。坊主にされてよかった。ありがとうチビ太。 ぱたぱた、と畳に何かが落ちる音がして、俺となまえの視線がそちらへ向けられる。赤かった。 「はなぢ」 カラ松鼻血出てるよ!となまえが焦ったような声を出して、部屋の隅からティッシュの箱を取ってきてくれる。数枚出して鼻に押し当てる俺と、畳に落ちた血を伸ばさないよう慎重に拭き取っているなまえ。 「すまないななまえ。俺の中のビューティー&ビーストが暴れ出し」 「なんで美女まで暴れてるの。はい黙ってティッシュ詰めて」 呆れたような様子のなまえがティッシュをくるくると巻いて鼻栓を作ってくれた。手渡されたそれを黙って鼻に詰める。かなり滑稽な姿になっていそうだったがなまえは心配そうに俺の様子を伺うだけで笑ったりはしなかった。もう、畳ちょっと染まっちゃったよ、と血の付着したところを擦りながら困ったように言う。 「胸当たったぐらいで鼻血出さないでよ」 「……えっ」 分かってやってたのか?唖然としながらそう聞けばなまえは口が滑ったという顔をして明らかな動揺を見せはじめた。え、とかあ、とか言葉にならない声を上げるその瞳は左右に激しく泳いでいる。顔が赤い。 「あの、えーっと」 「……あんまり男をからかうもんじゃない」 脱力感に苛まれながら言った俺の諭すような口振りが気に入らなかったのかなまえは泳がせていた目を静止させて、口を尖らせる。鼻にティッシュ詰めた坊主の説教なんてありがたみ無いよ、と口を尖らせたまま漏らすなまえの両肩に手を乗せてこちらを向かせた。俺はマジに言ってるんだぜ、子猫ちゃん。 「そんなことばかりしてたらいつか危ない目に」 「カラ松にしかしないよ」 遭う、ぞ、と転がり落ちた言葉尻と一緒に赤く染まった鼻栓までぼとりと畳の上に落ちていった。耳まで赤くして俯いてしまったなまえの両肩を持ったまま先程の言葉を何度も何度も何度も何度も頭の中で反芻してようやくその意味を理解した俺は、 「あああ鼻血垂れてる垂れてる」 慌てて俺の鼻にぎゅうぎゅうとティッシュを詰め込んできたなまえは疲れたように一つ溜息を吐いた。いつもの俺ならロマンチックかつセンチメンタルおよびドラマチックでドラスティックなキッスの一つでもお前に落としてやろうというところなんだが。こんな頭で鼻血まで出してちゃ格好がつかないな、と自嘲気味に笑った。 「坊主で鼻血出してても格好良いよ」 「……!」 ああナルキッソスよ (151210) |