愛で殺してあげる




オマエのこと剥製にしたいんだけど。

私を抱き締めている花宮から唐突に言われた台詞を理解するのに数秒を要したあと私の唇から出た言葉は何故か、

「え、今?」

だった。うん、今。と答えた花宮は手入れを欠かさない私の髪の毛に指を絡ませ、綺麗な、でもどこか背筋のあたりが薄ら寒くなるような不思議な笑みを浮かべて私を見ていた。それを目の当たりにした私はよく分からないけれど直感的に、ああこの人は人が超えちゃいけない一線を軽々と超えられるのだと悟ってじんわりと毛穴が開くのを感じる。それでも腕の中へ居続けるのは本能的な恐怖を愛情が捻じ伏せるから。

「うーん、」

若くて綺麗なうちに愛する人に剥製にされて一生愛されるなら悪くないんじゃない?そんな考えがよぎる私の心なんて頭のいい花宮にはお見通し。けれど同時に短絡的な思考まで見通されてしまっていたようで、お前は老いが怖いだけだろ、という痛い指摘が降ってくる。

「老いが怖くない女は居ないと思うけど」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」

ねえ花宮。きっと花宮が思ってるより私は凡庸で醜い、ただの女だよ。花宮は知らない。矮小な心が休むことなく嫉妬や自己嫌悪を生んでは夜な夜な私を苛むこと。脆弱な自尊心が時々花宮の手を取ることを拒ませては私を後悔させること。そんな私の綺麗じゃない心を内臓と一緒に摘出して、代わりに汚れの無いまっしろな綿を詰めてくれるなら。

「はな、みや」

黒い虹彩に私が映っていた。唇を重ねながらギリギリと首に食い込む花宮の指にほんの少しだけ焦りを感じる。あれ、本気で私を剥製にする気なのかな。……でも、このまま死ぬのも悪くない。ぼんやりとした頭でそんなことを考えながら目を閉じたのに、まだ死にたくないと渇望する身体が独りでに目尻から涙を零したのが可笑しかった。目の裏が赤い。



「……なまえ」

目覚めると目の前に花宮の顔があった。寝かされたまま、まだはっきりとしない意識と気怠い身体を動かして私は自分の手足がきちんと動くのを確認する。間違い無く血が通っている桃色の掌が徐々に私に現実味というものをもたらしていった。

「剥製に、しなかったんだ」
「……お前が泣くから」
「剥製になったら泣けないもんね」

ふっと笑みが漏れて、花宮の頭を抱えるみたいに抱き寄せた。柔らかい髪の毛に鼻先を埋めてシャンプーの匂いを吸い込みながら何となく苦笑する。……やっぱり剥製は嫌だなあ。

「剥製計画、やめとかない?」
「……そうする」

あっさり挫折したらしい花宮は私の鼻先に口付けて私を抱き締める。あったかい。色々あるけどやっぱり生きてるままで愛されたいと思う。剥製って確か眼球も硝子球になるんでしょ?それは遠慮したい。ちゃんと自分の目で花宮を見ていたいと思うのだ。

「生きてるお前がいい」
「うん、私も生きてる方がいい」
「でもお前が他の男に目移りするぐらいなら殺した方がマシ」

惜しみなく注がれる深い愛情は窒息してしまいそうなほど密度が高くて、時々息が詰まる。さらりと物騒なことを言って微笑んだ花宮に背中のあたりをぞわぞわさせながら私は頷き、それでもどこか幸せを感じている自分に呆れるのだった。


(120830)



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ヤンデレ花宮…のつもりがむしろヒロインちゃんの方がヤンデレかも知れません。類は友を呼ぶ…のか?笑
浅霧さん、リクエストありがとうございました!


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