しあわせを撒き散らす




水戸部くん!と最早聞き慣れた声が背後から聞こえて、振り返る前に隣に居た水戸部の体が大きく前へ傾いた。水戸部の腰のあたりに自分の腕を巻き付けて嬉しそうに笑っているのは、最近出来た水戸部の彼女。何だっけ、一学年下の…みょうじだったか。

「水戸部くんおはよう」

突然抱き着かれて困ったような顔で戸惑っている水戸部に一方的なマシンガントークをぶつけ始めるみょうじ。昨日の晩飯がどうのとか今日の時間割が云々とか至極どうでもいい話ばかりのそれを、水戸部はうんうんと頷いて聞いてやっている。その表情は鬱陶しがるどころかむしろ目の前で一生懸命喋る自分の恋人が愛しくて堪らないといったようなそれである。すげえな。

「あ、小金井先輩居たんですか」
「……ひでえ!」

さらりと嫌味を言ってのけたみょうじ。会う度やけに棘のあるものの言い方をされる気がするのだが気のせいだろうか?ほら、すげー睨まれてるし。何故か俺への敵意を剥き出しにしているみょうじを困惑した顔で見ていた水戸部は、逡巡したのち大きな手でみょうじの両目を塞いでしまう。

「見えない!水戸部くん!」

当然のごとく上がる文句に慌てながら俺に目で謝罪を訴える水戸部の姿は少し哀れにも見えて、思わず苦笑してしまう。みょうじの目元から手を離し、その瞳を覗き込むようにしながら咎めるように首を振ってみせる水戸部。子供叱ってんじゃねーんだから、と言いかける俺だったが、その反応が子供を叱った時のそれと同じだったので否が応にも閉口させられてしまう。

「だって、」

だってだってと堰を切ったように駄々を捏ねるみょうじは子供そのもので、一学年下にしたってこれはちょっと子供すぎる気がしないでもない。水戸部も眉をハの字にして駄々っ子を前に困り果てているという感じで、なんというか……同情を禁じ得ない状況である。しゅんと肩を落としたみょうじがぽそぽそと小さな声で呟く。

「誰より水戸部くんと一緒に居たくて」

だから私よりたくさん水戸部くんと一緒にいる人が嫌で、そんな自分も嫌だ、と。俺の方をちらりと見て言うみょうじ。文脈はともかく目の前で堂々と嫌いだと言われてしまった俺は少なからず傷つきながらも二人の痴話喧嘩を見守る。正直ちょっと面倒臭いと思ってしまっている俺をどうか責めないで欲しい。こちとら三日に一回ペースでこんなやり取りを見せつけられているのだ。

「じゃあ、今日一緒に帰れる?」

今日は…というか今日"も"部活だぞ水戸部。水戸部がこちらを見る。……そんな目で見ないでくれ。心が痛い。目を逸らそうとしたらみょうじまで悲壮感の漂う目でこちらを見るものだから堪らない。いや俺そんなに偉くないし!せめて日向だろ…!

「……き、今日一応自主練だし途中で抜けるぐらいならカントクも許してくれんじゃねー、の」

視線に耐え切れなかった俺がそう漏らすとみょうじは花でも咲くみたいに表情を明るくして喜んだ。無邪気な表情は確かに愛らしくて、水戸部が甘くなるのも分からないでもない、かも知れない。みょうじの頭を穏やかな顔で撫でてやっている水戸部に呆れながら俺は一人この後の地獄を思って溜息を吐いた。

カントクに部活抜けさせてくださいと頼みに行くのは殺してくださいと頼みに行くに等しい。言ってしまったからには付き合うが…俺までとばっちりで練習量を増やされることを予期してぞっとするものを感じながら目の前の幸せそうな二人を見つめた。

水戸部に促されたみょうじにごめんなさい小金井先輩、と本当に申し訳無さそうに頭を下げられてしまえばもう許すしか無い俺のこの立場ったら!


……くそ、リア充め!


(120816)



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小金井先輩の受難…恋人にも保護者っぷりを発揮する水戸部先輩であってほしいです。水戸部先輩の影が薄い…!すみません、!
たまさん、リクエストありがとうございました!



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