ほとばしる思春期




「あ、赤司、っひ、いたい……」
「……やめるかい?」
「や、やだ、もうちょっと、がんばる」

 困ったような赤司の溜息。部室の扉越しに、微かな衣擦れの音が聞こえた。

「……知らないよ」
「っア、待ってそんな、急に……っああ……!」
「息を吐いて。力を抜くんだ」
「む、無理……ッあ、だめ、切れちゃう、からっ」

 苦しそうな吐息に涙声が混ざり、なまえはしきりに赤司の名前を呼んでいた。

「……誰か入ったらどうなのだよ」
「み、緑間っちも好きっスね……!」
「!? どういうことなのだよ!」
「おい、うるせェぞ聞こえるだろ!」
「峰ちんの声が一番でかいし」

 部室の前で押し合うのは緑間、黄瀬、青峰、紫原の四人。事の始まりは練習の合間に部室に入ろうとした黄瀬が中から聞こえる声に気付き、扉を開けられなくなってしまったところに発する。その後、部室の前でそわそわと落ち着き無く歩き回る黄瀬に気付いた青峰が様子を見にやって来て黄瀬と同じように声に気付き、その後緑間、紫原の順に偶然ここを通りかかって……という次第である。

「間違っても赤司とみょうじがそのようなことになるはずがないのだよ。黄瀬、開けろ」
「なんで俺なんスか!」
「ンなこと言ってもし中で……その、エライことになってたらどうすんだよ」
「…………」

 全員が閉口する。その時、思春期真っ只中の彼らの頭の中で一体どんな想像がなされていたのかは……ここで説明すべきではないだろう。口火を切ったのは4人の中で最初に我に返った黄瀬だった。

「と、とりあえず一旦ここから離れた方が」
「どうかしたか?」

 4人が開けられなかった扉は内側から簡単に開き、その奥に立つ赤司が怪訝な顔をして4人の顔を見回した。4人は目を見張ったまま顔を見合わせ、いや、えっと、その、とそれぞれがバラバラに口ごもる。

「なんでみんな揃ってんの?」

 その後ろからひょっこりと顔を出したなまえが4人の顔を見て不思議そうな顔をした。青峰がなまえと赤司に見えない角度で黄瀬の背中を叩く。お前が喋れ、という無言の圧力に黄瀬は内心泣きそうな気持ちになる。なんでいつも俺なんスか。黄瀬の嘆きは誰にも聞こえない。うっすらと汗ばんだなまえの額に黄瀬の心臓が小さく跳ねた。

「あ、その、タオル取りに来たんスけど……取り込み中っぽかったから、ぁ痛ッ」
「?」

 ヘタクソ!と言わんばかりに青峰が黄瀬の足を蹴った。今日は厄日だ、と黄瀬は蹴られた箇所をさすりながら遠くを見る。なまえは黄瀬の言葉に一瞬ぽかんとして、その後はっと何かに気付いたような顔をした。そしてにやり、意味深な笑みを浮かべて4人の顔を順番に見る。

「私は赤司に柔軟体操を強制されてただけなんだけど、」
「え」
「きみたちは一体何を想像したのかな?」

 んん?とおかしくて堪らないといった様子で言うなまえに少年たち4人は一斉に目を見開いた。思春期だねえ青いねえ、となまえはにやにや笑う。たった1つ歳上というだけの女子マネージャーに、繊細な思春期男子の心が無残に嘲笑われた瞬間だった。

「緑間、顔赤い」
「う、うるさいのだよ!」

 ぷー!と口で手を押さえて緑間を指差すなまえ。元はと言えばお前がと黄瀬が責められ、だったら緑間っちがドア開ければ良かったじゃないっスかと黄瀬が言い返し、青峰は溢れんばかりの羞恥のやり場をなくして黄瀬に(拳で)ぶつけ、紫原は手元のスナック菓子が自分の羞恥心であるかのように黙々とそれを口に運んでいた。なまえはお腹を抱えて笑っている。阿鼻叫喚である。

「……用が済んだなら練習に戻らないか」

 喧騒に呆れたような溜息を吐いた赤司の言葉に、言い争いがぴたりと止んだ。なまえはああよく笑った、と言いながら目尻に滲んだ涙を拭う。

「あ、あァ……練習戻るわ」

 青峰がそう答えて、残りの3人がこくこくと頷いた。そして4人は先程のことなど無かったかのように白々しく、いそいそと練習に戻っていくのだった。

「あそこは青峰っちが開けるところっスよぉ」
「あ?ンでだよ」
「いつも空気読まないからっス、って痛い!!」

 思いっきりグーで二の腕を殴られた黄瀬の腕からボールが落ちた。的確に筋肉を殴られて、二の腕を押さえて声も出せずに悶え苦しむ黄瀬。ボールはバウンドしながら転がっていく。青峰は素知らぬ顔でボールをドリブルしながら練習に戻って行ってしまった。

「何するんスかもう……」

 転がったボールを追いかけて拾い上げる黄瀬。その視線のちょうど先に、赤司となまえの姿があった。何か話しているようだ。話している内容は黄瀬には聞こえなかったが、たぶんさっきのことだろうと想像するのは容易かった。なまえがおかしそうに笑いながら何か赤司に話しかけているからだ。

「!」

 不意に赤司がなまえの耳元へ顔を寄せて何か言った。その途端、なまえはバチンと耳を塞いで真っ赤な顔で素早く赤司を見る。その時、黄瀬の見間違いでなければ……赤司は小さく笑っているように見えた。

 その日、キセキの世代と呼ばれた部員達の練習成績は(とりわけ1人は顕著に)珍しく奮わなかったという。

(150619)

思春期っていいですよね。ご期待に添えていれば幸いです。素敵なリクエストありがとうございました!

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