星をつかむ手




赤司くん。例えば私が明日死んだらあなたは泣いてくれますか。なんてばかげたことでも私にとっては大事な問題。幼稚な質問と稚拙な不安は言葉に出来ずに喉元までせり上がっては私の呼吸を妨げた。吐き出せなくなった吐息が逆流して涙に変わるのを見た赤司くんはひどく優しい手つきで私に触れる。それが余計に私のやわな心臓を傷つけるとは知らずに、

「……泣くな」

彼は、何故わたしが泣くのかを決して聞かない。ただ泣くなと私に言う。頬に伝う涙を拭う親指は割れ物に触れるような繊細さで緻密に私を麻痺させるのだ。根を張る不安が束の間覆い隠されて見えなくなるように。抱き締められれば確かに体温を有する胸板が私の頬へと押し当てられて、緩やかに麻痺した心が湿気た幸せを噛み締める。コートで相手を射抜くあの瞳は鳴りを潜め穏やかに細められた双眸が私の背筋に薄ら寒い何かを走らせた。惜しみなく注がれる愛情はどれも私を砂糖漬けにして窒息させようとやわやわこの首筋を食む。

「君が泣くのを見たくない」

らしくもない優しい科白はそれでも蜂蜜みたくとろりと私へ垂らされ、角砂糖を蜂蜜で溶かすように甘ったるい掌が私の髪の毛を撫でさすって甘やかす。彼は知らないのだ。正しく人を愛する術を。彼が彼のまま誰かを愛することが出来たならこんなことにはならなかっただろう。私を見下ろしながらとても綺麗に微笑む赤司くんはぞっとするほど優しく、それでいて実際はほんの少しも私を解放する気などないのだ。好きになったのは私のはずなのにいつの間にか私たちの関係は逆転していた。

「愛している」

だからどこにも行かないでくれと、そんなことまでのたまいそうな懇願じみた睦言。凝縮された甘さにいっそ殺されそうな響きすら感じる。くちづけも抱擁も私の恋した彼からは想像できない柔和さを伴い、絵空事じみた感覚にどこか他人事のような気持ちで目を閉じた。次に瞼を開けた時に私が愛した強い瞳が胸を撃ってくれたならどれだけ救われるだろうかと考える。こんなに愛されているというのに。

愛していないと言えば嘘になる。私はこうして私に睦言を囁く彼のことが決して愛しくないわけではなかったしむしろ逆で。幸福と愛しさに満ちた胸が今にも張り裂けんばかりに彼を愛せよと叫んでいるのも事実だった。くらりとするような朱の髪も左右で色の違う瞳も几帳面に整えられた薄桃色の爪も落ち着いた声も、およそ彼を構成する全てが揺るぎなくいとおしい。

けれど何者にも依らない彼に、私は惹かれたのだ。先に間違えたのは恐らく私の方だったのだろう。私は愛してはならない人を愛してしまったのかもしれないしこの思慕自体が大きな矛盾を孕んでいたのだと、今は思う。

「好き、赤司くん」

彼の求める言葉をお行儀良く並べて、黴臭く身勝手な失望に蓋をする。体に巻きつけられた彼の腕は朽ちるまで私を離してくれないのではないかと危惧してしまいそうになるほどしっかりと私を抱き留めて離さない。その移ろわない揺るぎなさだけは正しく愛せるような気がして、どこか喜ばしかった。間違いなく私は彼をあいしている。愛おしげに落とされたくちづけを甘受しながら目を閉じた。

飼い殺しにされた生き物が空を思い出せずに泣くように私はその優しい腕の中でさめざめ泣いた。


(130104)



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夢主を深く愛しすぎている赤司……ということでどうにもヤンデレ臭くなってしまいました。想像されていたものと違っていたらごめんなさい…!
こんなお話でも受け取って頂けると幸いです。小人さん、リクエストありがとうございました!


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