未熟な刃物




「みょうじ先輩は無防備すぎると思います」

くりくりのおめめが困ったような(或いは咎めるような)色をたたえて私を見ていた。およそその辺の女の子より可愛いのではないかと思わせるような愛らしい顔立ちをしている桜井くんが憮然とした表情で呟いた言葉を、頭の中で幾度か反芻してみる。手垢にまみれているのに実際に耳にするのは初めての言葉。漫画みたいだ、という感想が頭の隅にぼんやりと浮かんでいた。

「……何に対して?」
「男の人に対してです」

敢えて惚けてそうかな、と呟けば間髪入れずにそうです、という返答。少し鋭さの伴うその声色は桜井くんにしては珍しい気がして、束の間呆気に取られていたらはっと我に返ったようにスミマセン、と目を伏せられてしまった。女として羨ましいくらいさらさらの髪の毛が彼の顔に影を落としている。栗色のその毛先が綺麗だなあ、などと呑気なことを考えながら見つめた。

後輩とはいえ桜井くんは男の子だから当然私よりは身長が高く、必然的に私は俯いた彼の顔を下から覗き込むことになる。桜井くんは唇を軽く噛んだまま黙りこくっていて私はどうにも……生焼けのクッキーを食べた時のような粉っぽい気持ちになってしまいながらざらつく心の理由が分からずに戸惑っていた。

「……先輩のことそういう目で見てる部員はたくさん居るんです」

その言葉の拙さに苦笑を零しながら私はうん、と小さく相槌を打った。分かりやすくて安直な嫉妬は幼くて可愛らしいと思う。男ばかりの部活でこうしてぽつんと女が紛れ込んでいるのだからもはや多少の容姿や性格の良し悪しなど些末な問題でしかなくなってしまうのは摂理だ。そこに、的確な言葉を当てはめるとすれば錯覚。
 
「知ってるよ」
 
当たり前のように答えた私の言葉に驚いたような顔をする桜井くん。そのどこか熱っぽい視線を見れば目の前の可愛い後輩もまた、その錯覚に呑まれているのだということが容易に分かった。きみの気持ちに名前をつけてあげよう。それは紛い物の憧れであって愛情ではない、とてもよく似ているけれど。

「気持ちは嬉しいけどそれは若気の至りと言うんだよ」
「あの、」
「なあに」
「……たまには逃げずに受け止めてみたらどうですか」

ああなんてこの子は聡いのだろう。勘のいい子供はきらいだ(たったふたつしか違わないけれど)、なんて苦い気持ちに浸る私に桜井くんはやっぱりどこまでも真っ直ぐな目を向けてくるから居た堪れない。なにが、と答えた声は情けないほど震えて我ながらおかしかった。彼はわたしが表向きの無防備と達観という方法で何より硬い鎧を纏っているということをきっと見抜いている。弱ったなあ。

「つよくない先輩がすきです」

とても生意気な殺し文句だと思った。ざっくり胸に刺さった言葉にそれでも尚ほだされまいと踏ん張ろうとしているこの弱さごと、きみは好きだというの?それと分からぬよう張り巡らされた虚勢をべりべりと不躾に剥がされてこちらはもう血まみれに等しい。けれどそうする桜井くんの言葉はとても心地良かった。苦笑いを隠せそうもない。

「……もうちょっとだけつよい先輩で居ていい?」
「それは、」
「か、考えるから、ちゃんと」

ばっと手を取られてぎゅっと握られ、本当ですかと詰め寄られる。恐らく今までなら何にも思わなかっただろうに急に気恥ずかしくなって顔の熱さに耐えながらこくこくと頷いた。今までこつこつ積み上げてきたイメージ的なものがガラガラと崩れていく音が聞こえてくるようでくらりとする。

「あっスイマセン……!」
「きみ分かっててやってるでしょう」

とりあえずもう他の部員と話さないでくださいねと真面目な顔で言う桜井くんに業務上それは無理だと即答すれば今までに見たことがないくらいむかつく膨れっ面を見せられて少しだけ自分の言葉を後悔した。


(130104)



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桜井くんは何気ない所でとてつもなく目聡くて意外と直感型なイメージがあります。特攻隊長だからでしょうか。
臨さんの思うものと違っていたらごめんなさい…!リクエストありがとうございました。


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