きみの隣は誰の手に




「なまえ、昼食に行こう」

四時限目が終わるチャイムを聞いた直後、手首を掴まれて振り返ればまばゆい赤毛。あ、うん、と答えながら手を引かれるまま歩き出そうとすれば反対の手首がガッチリと掴まれる。美しい藤色がゆらりと視界の上部からフレームインしてきた。

「なまえちんは俺とごはん食べるんだし」

心なしか不機嫌そうな声色でそう言われ、困り果てながら両者を見比べれば二人は無言のまま睨み合ってしまう。険悪な空気に慌てた私がじゃあ三人で行こう!と提案すれば二人は渋々了承し、両手首を掴まれたまま食堂へと連れて行かれた。右側を歩く赤司くんの眼光と左側を歩く紫原くんの体の大きさが放つ威圧感が食堂の人混みを掻き分け、自動的に目の前へ道が作られていくのを苦笑しながら見守る。

「なまえちんは俺の隣ね〜」
「僕の隣だろう?なまえ」

日替わりランチの乗ったトレーを手にまた静かな睨み合いを始めてしまう二人。ぴりぴりした空気に耐え切れず、三人横並びで私が真ん中に座るのはどうかと提案した。そうすればどちらの希望も叶うから、と。今一つ納得し切れていないといった表情で私の提案を受け入れた二人が私を挟んで両隣に座り、ようやく昼食がはじまる。

「なまえちん〜シュウマイいっこちょうだい」
「いいよー」
「一つしかないものを強請るものじゃない。なまえ、僕の分をあげよう」
「え、いいの?ありがとう、あっ半分でいいよ」
「お礼にニンジンあげる、はいなまえちん」
「紫原くんニンジンも食べなきゃだめだってば」
「だって不味いしー」

左右に忙しなく体を捻りながら両者と会話をしていたら偶然通りすがったらしい黄瀬くんが私たちを見つけ、菓子パンの袋を片手に私の向かいに座る。そして私たちを順繰りに見て、紙パックのレモンティーにストローを刺しながら苦笑した。

「ちわっス、今日も大変そうっスね」
「紫原くんがニンジン食べてくれなくて」
「あーんでもしてあげたら食うんじゃないスか」

ニンジン以外は完食されているお皿を見ながらそう漏らすと黄瀬くんは悪戯っぽく肩を竦めながらそんな提案をした。それに乗っかって、フォークで刺したニンジンを紫原くんの口元まで持っていってみる。あーん、と声を上げると紫原くんは常時眠そうなその目を見開き、ものすごく複雑そうな表情を浮かべて迷ったあとゆっくりと口を開けてくれた。ほんの僅かしか開いていない口に半ば押し込むように乱切りのニンジンを入れる。もごもごと咀嚼し飲み込んだあと、苦々しい顔で舌を出す紫原くん。

「…………うえ〜……マズ」
「うーん……じゃあ、ニンジンが入ったお菓子作ってきたら食べる?」
「なまえちんが作るの?じゃあ食う」
「それは勿論僕の分もあるんだろうねなまえ?」

ぐ、と肩を掴まれて体を反転させられ、赤司くんの方へ顔を向けると口元にリンゴが差し出されていた。唇に冷たいリンゴが触れ、甘酸っぱいリンゴの匂いが鼻腔に満ちる。意図を計りかねて赤司くんの顔を見ていると赤司くんはいつも通りの無表情のまま私に言った。

「あーん」
「……えっ」

え、と口を開くと同時に強引に押し込まれたリンゴ。似合わないだとかそんなことを考える余裕もなくそのリンゴを咀嚼し嚥下することでいっぱいいっぱいになってしまう。が、ちらりと視線を脇に逸らせば黄瀬くんが衝撃的なものを見たという顔で赤司くんを見ていたので彼もおおむね私と同じことを感じたのだろう。ようやくリンゴを飲み込んでほっと一息。

「び、っくりした……」
「僕は甘すぎるものは苦手だよ」
「赤司くんにはお豆腐でマフィン作るね……」
「ああ、期待している」

紫原くんがそのマフィン俺も食いたいと口を尖らせ、赤司くんがそれは僕のものだと反論して静かに始まってしまった口論に挟まれながら土日はお菓子作りに潰れるだろうなあと考えていたら黄瀬くんが憐れむような目で私を見ていた。どうしたの、と問うと少し口ごもるような素振りを見せたあとこそりと囁き声で私にだけ聞こえるように言う。

「取り合われるのも大変っスよね」
「……?ああ、マフィンたくさん作ってこないとだよね」

黄瀬くんは何故かぽかんと呆気に取られたような顔をしたあと、ふ、とやわらかく苦笑してそっスね、頑張ってください、と励ますように私の頭をぽんぽん叩いた。

「あー!黄瀬ちんなにやってんの」
「どさくさに紛れてなまえに触れたね?」
「捻り潰す」
「あ、いや、あの、他意は」
「意識の問題じゃない、殺す」
「俺が悪かったんで頼むからフォーク降ろしてくださいっス」

……私の周りは今日も楽しいです。


(121118)



当初の予定以上に黄瀬が出張ってしまいました…ご希望に沿えていますでしょうか、!不安です。
十弥さん、リクエストありがとうございました!



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