性にまつわるエトセトラ 「順平はさあ、性欲とか無いわけ?」 けろりと吐かれた言葉の意味を理解するのと同時にひっくり返りそうになり、俺は慌ててその言葉の主に顔を向ける。小首を傾げて俺を見上げるその顔には悪意や好奇心、揶揄といったものは微塵も無く、ただただ疑問であるといったような色が浮んでいた。そのあまりに無垢すぎる瞳にダアホ、と喉まで出た声も行き場を無くして俺は脱力感に肩を落とす。 「……あのなあ、」 「無いの?」 性欲、と。数カ月前に初めて奪った唇がそんな言葉を紡いだという事実に些かの居た堪れなさを感じてしまう。なまえがそんなことを問うた意図も質問の意義もよく分からない俺は呆れとも嘆きともつかない感情を胸中に持て余しながら頭を掻いた。眼鏡のレンズを通してはっきりと見えるなまえの不思議そうな顔に由縁の無い罪悪感のようなものを感じてしまう。……その質問は愚問だろう、色々な意味で。 「…、無い訳、ねーだろ」 俺だって元気な男子高校生なのだ。朝起きて早々処理に追われることもあれば人並みにむらむらと夜中にやり場のないアレコレを抱えて悶々とすることもある。それが男という生き物であろうしむしろ健康的ですらあるとは分かっていたけれど、だとしてもそれを明け透けに掲げるのはどうにも後ろめたいものがあるのだった。 「そっか、あるのかあ」 「当たり前だろ」 「……あるなら、さ、なんで」 突如潤んだ声にはっとして顔を上げれば下瞼のふちギリギリのところに涙を溜めたなまえ。なんだ、何が起こってる?状況を理解できないうちにぽろぽろと涙を零し始めてしまった恋人を前に唖然としたまま硬直する。 「なん……え?なに」 「順平のばかあ」 ぽろぽろと零れていただけだった涙はあっという間に洪水になって、気付けばなまえはぐす、えぐ、と嗚咽を上げながらずびずび鼻を啜って子供みたいなきったねえ泣き顔(!)を見せていた。しかしそれでも俺の罪悪感を喚起するのには十分すぎるほどで、どうしたらこの涙が止められるのかも分からないままおろおろと取り乱す俺は傍から見ればたぶん相当滑稽だっただろうと思う。 「なんで泣くんだよ」 「……付き合って三カ月も経つのにキスしかしてないのはおかしいって、みんなが」 しゃくり上げながら吐き出された言葉に更に呆然。泣き顔を隠すように俺へ突進してきたなまえは俺の肩のところに額を押し付けるようにしてえぐえぐ泣いてる。ほとんど条件反射的にその後頭部に手をやりながら俺のそれより幾分薄くて小さな肩を抱いたらなまえは俺の服を掴んで動かなくなってしまった。…こいつは、本当に。 「……ダアホ」 迷った末に出てきた言葉が結局これかと我ながら自らのボキャブラリーの貧しさに呆れる。なまえは依然俺に額を押し付けて俯いたままぐすぐす鼻を啜っていた。肩を抱いていた手をその背中へと移して子供をあやすみたいにさすってやりながら溜息を吐く。 「色々考えて我慢してたこっちの身にもなれっつーの」 この三カ月俺が一体どれだけ我慢したと思ってる。知ってんのか、知らねーだろ、お前。今一つ信じていないらしく顔を上げないなまえに観念し、頭の中ではもう何度もお前と睦み合っていると白状すればなまえが耳まで赤くなるのが俯いていてもよく分かった。そうだよ、ここのところ夜のお供はずっと固定だよ悪いか。 「う、え、やだあ順平」 「お前が性欲あんのかって聞いたんだろ」 「そうだけど、そうだけど、」 「男なんか大体そうなんだよ」 赤くなってしまった目でようやく俺を見上げたなまえは複雑そうな表情でうう、と呻く。どこまでも開き直ることにした俺はふん、と鼻を鳴らしてその顔を見つめた。ぶつかる視線に堪えられなくなったのか再び俺の肩に顔を埋めたなまえはいじけたようにぼそぼそと漏らす。 「それならそれでなんかもっと、お前のこと大切にしたいとか言ってくれてもいいんじゃないの……」 「要約すればそういうことだろ」 「だいぶ曲解だとおもう」 がっついたらそっち目的だと思われんじゃねーか、とか。まだ嫌なんじゃねーか、とか。そんなことばかり考えて手を出せなかったなんて恥ずかしすぎて言えない。けれどそれはどれもお前を傷つけたくないという一心の葛藤だった訳で、だとすれば俺はお前の望んでるものをちゃんと与えられている、と思うのだが。これを言えない以上、そのことを伝える術は無い。 「……でも、嫌われたんじゃなくてよかった」 ぽつり、心底安堵したという色を滲ませた声色を聞いて急に腕の中の身体が頼りなげになったように感じた。巻き付けた腕の力を強めれば痛いと上がる文句までいじらしくって、耳のふちを啄んでこちらを向かせたあとすかさず唇を奪ってやった。眼鏡が鼻先にぶつかったらしく再び痛いと声が上がる。が、もう怯んでなんかやるものか。 「大人しくしてろ」 そのうち、順番に色んなものを奪ってやるから。 (1201009) ----- 若い男女には性が付き纏います。ヘタレが男前に変わる瞬間がすきです…! 相楽さん、リクエストありがとうございました! もどる |