ホームラン予告をきみに告ぐ




高校球児の爽やかな笑顔と綺麗な涙に夏がやってくる度に胸をじんと熱くしている私は今、何故だか野球とは無縁の体育館の中にいた。ダン、ダン、と不規則にボールが床に打ちつけられる音とシューズが床に擦れる高い音を耳にしながら体育館の隅に立ち尽くす。私が見ているのはバスケットボール、だった。

言わずともがな私はバスケより野球、スラダンよりメジャー派の人間であり、バスケのルールなんて精々トラベリング程度しか知らないレベルのド素人である。ならばそんな私が何故わざわざバスケを見に校舎から結構な距離のある体育館まではるばるやって来ているのかというと……クラスメイトである黄瀬くんに執拗なお誘いを受けたから、だった。

黄瀬くんとの関係は何度か席がお隣になったことがある程度のもので、言うなれば顔見知り以上お友達未満……といったところだろうか。たぶん先輩からマネージャーの勧誘でも言いつけられているのだろう。同じ学年にも数人、スポーツに興味のありそうな女子に声を掛けて部活見学に来させようとしている運動部部員が居たし、恐らく黄瀬くんもその一人なのだと思う。黄瀬くんに声を掛けられるより前に野球部からも見学へ誘われたが私は飽くまで第三者としてあの青春を目にするのが好きなだけだったので丁重にお断りしていた。バスケットボールなんてルールすらよく分からないのだから尚のこと勧誘されても困ってしまう…のだが。

「みょうじっちに試合観に来てほしいんスよー」

バスケに興味は無いからと何度断っても全く折れない鋼のハートを持った黄瀬くんのお誘いはその日で6回目に達していた。三度目の正直も2セット目を終えようとしていることに私は流石に彼が可哀想になってしまったのだ。人づてに聞いた話では柔道部だか何だかの新入部員はせめて誰かを見学にくらい連れてこいと毎日先輩にお小言を言われているそうだし…黄瀬くんの収穫は恐らくゼロ。校内に散在するファンの子に声を掛ければホイホイ付いてきそうなものを…まあ、それはそれで先輩に叱られてしまうか。どちらにせよ大丈夫なのだろうか、とそう思ってしまうともう同情が止められなくなってしまったのだった。観に行くだけ。観るだけ観てすぐに帰ればいい。それで諦めてもらえるなら。

「じゃあ、この一回だけ」

直後じわっと滲みかけた後悔はガッツポーズして喜ぶ黄瀬くんの嬉しそうな姿を見て幾分和らいだ。そうして私はわざわざ日曜に登校してきて体育館の隅っこでバスケ部の練習試合を見学している訳だけれども。事前に黄瀬くんから簡単にバスケのルールをレクチャーしてもらってはいたがそれでもバスケは展開が速すぎて何がなんだか分からない。あっちにあったはずのボールは気付けばこっちに、何がどうなってファウルなのか、攻撃権が入れ替わる目まぐるしさに目が回りそうだ。

…というか何より、黄瀬くんが出ていない。

練習試合だからきっと温存されてしまっているのだろう。レギュラーらしき5人は全員ベンチで試合を見ている。その中には黄瀬くんも含まれていて、焦れたような様子でそわそわとベンチに座っているのを隣に居る先輩らしき人がちょくちょく鬱陶しそうに殴っていた。試合とそのベンチの様子を交互に見て過ごしながらもしかしてこのまま黄瀬くんは出てこないんじゃないかと心配になってきた所でようやくレギュラー陣がコートの中へ入ってくる。第4Qだけはレギュラーメンバーで戦うらしい。


…見てて。


コートへ入る前にこちらを見て唇の動きだけでそう言って微笑んだ黄瀬くんは颯爽とコートの中に入り、瞬く間にボールを手にコート内を駆け抜ける。何が起きたのか分からないほど滑らかな動きに思わず見惚れて、そうしている内に黄瀬くんは大きく飛びあがってリングにボールを叩き込んでいた。野球派とはいえ流石にこのくらいは知っている。ダンクシュート、というやつだ。リングに掴まってぶら下がった黄瀬くんはすとんと床に降り立ち、チームメイトとハイタッチを交わしてすぐにディフェンスにつくために戻っていく。普段のにこにこと人懐っこい笑顔で私に話しかける黄瀬くんではない、真剣な眼差しでバスケに取り組む黄瀬くんの姿がそこにあった。

それからの10分間の黄瀬くんの活躍は目覚ましいものがあった。それまで焦らされた鬱憤を晴らすかの如くいっそ清々しいほど次々と得点を増やしていく黄瀬くんの勢いは誰にも止めることなど出来ず、試合は最終的に大差でうちの学校が勝利した。黄瀬くんは試合後すぐに私のところまで走ってきて期待した目で私を見つめる。

「どっスか!」
「どう、って、…凄かったけど」
「バスケも良いで痛ァッ!」
「まだ部活終わってねーだろ馬鹿」

ゴッ、という鈍い音ともに黄瀬くんが前のめりにバランスを崩す。その後ろにはさっきベンチで落ち着きの無い黄瀬くんを殴っていた先輩がこめかみに青筋を浮かばせて立っていた。どうやら思い切りゲンコツで殴られたらしい黄瀬くんは殴られた箇所を手で押さえ、なにするんスか、と反論するがうるせえ黙れ行くぞ、と一蹴されて先輩に腕を引っ掴まれる。引きずられるように部活に戻っていきながら黄瀬くんは慌てたような様子で私に向かって叫んだ。

「みょうじっちー!好きっスー!」
「……な、」
「さっきみたいにみょうじっちのハートにもダンク決めるっスからね!絶対!」

周りの視線がとてつもなく痛い。爽やかな笑顔でそう言い放った黄瀬くんは「お前っ…あの女子マネージャー志望じゃねーのかよ!嘘吐きやがったな!」と怒る先輩に蹴っ飛ばされながらも私に手を振っていた。恥ずかしげも無くあんなことを言えるのはモデルゆえ、なのか何なのか分からないがとりあえず灼熱の顔面をどうにかして欲しい。…いや、とりあえず帰ろう。足元に置いていた荷物を掴んで足早に体育館を出た私の顔はそれでもしばらく熱いまま冷めてくれなかった。

「……なに、あれ」

早鐘のように打つ心臓を鎮めようと奮闘しながら思わずそう漏らす。頭の中にはボール片手にコート内を駆け抜ける黄瀬くんの姿とダンクシュートを決める黄瀬くんの姿、そして最後私に向かって叫んでいた声ばかりが繰り返しフラッシュバックしていた。なにあれ、なにあれ、

「っ、」

…ダンクが決まったのかどうかはともかくツーベースヒットくらいは打たれてしまった気がして、紅潮しているであろう頬を押さえて溜息を吐いた。


(120916)



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野球派のヒロインを振り向かせるべく押せ押せな黄瀬くんでした。キザったらしい台詞も黄瀬くんが言えばゆるされる気がします。
めあさん、リクエストありがとうございました!


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