きみはやさしい

 
 
「俺にしたら?」
 
 机を挟んで向かい側。学食のサンドイッチを頬張りながら吐かれた言葉に変な息が漏れた。もぐもぐとほっぺたを膨らませた高尾は別段いつもと変わらない様子でうん?と言いながら私の顔を見ている。ぢゅうう、という紙パックのジュースを吸う音がやけに間抜けに鼓膜を揺らしていた。
 
 
・ ・ ・

 
 
 現在お付き合いをしている他校の男子生徒について、私はちょくちょく高尾に愚痴を零していた。幼馴染みで気の置けない仲である高尾に、私は昔から色んなことを相談してきたし、だから当然の如く恋人が出来た時も報告した。とはいえもはや愛は冷え切っていて、というかそもそも燃え上がってすらいなかったのだろう。なんとなく告白されて、なんとなく付き合い始めて、向こうが冷めた。こちとら最初から熱されてすらいないというのに。それでも告白を受け入れてしまった責任を果たそうと思い、それらしいことをしようとしている自分がなんだか馬鹿のようで、悔しいやら情けないやら。そもそもなんで付き合おうと思ったんだっけ。
 
「だからさー、別れりゃいいじゃん」
「ええ……まだ三ヶ月も経ってないのに?」
「長さとかじゃねーだろそういうの」
 
 いいひとなのだ。勝手に告白して勝手に冷めたなんともアレな人ではあるけれど、相手は優しいひとだった。だからなんだか良心が痛んでしまう。なおも煮え切らない私に高尾が呆れたように溜息を吐いて、その後すぐ困ったように眉を下げた。いつもより声のトーンを落とした高尾は低い声で言う。
 
「お前昨日泣いただろ」
 
 …なんでバレた!明らかに動揺して目を泳がせてしまった私に高尾はさらに呆れ返ったと言わんばかりの顔でそんな腫れた目でバレないと思ってたのかよ、と深々とした溜息を吐いた。ああそんなに溜息吐いたら幸せ逃げるよ。と他人事のような思考が巡る。
 
「俺にしたら?」
 
 そうして高尾の口から吐かれたのが冒頭の台詞である。液体を飲んでいなかったのが不幸中の幸いだったが、思わず食べていたパンを落としそうになってしまった私は少しむせてしまいながらそれに答える。
 
「な、なにその少女漫画みたいな台詞」
「少女漫画みたいなことしたいから言ってんだよ」
 
 急に真剣な面持ちになる高尾。えっ、えっ。なにこの展開。予想だにしなかったまさかの展開に頭がついていかずにパンにかじりついたまま固まってしまう。あれ、このクリームパン味がしないぞ。学食のおばちゃんどうなってんの。
 
「泣かせねーから。たぶん」
 
 微笑んだ高尾に昨日泣き腫らした目がまたじんわり熱くなる。……そうだ思い出した、好きでもない相手に告白されてそれを受け入れたのは、それでもしかしたら高尾の気が引けるんじゃないかなどと頭の隅に馬鹿な考えがよぎったからだ。あわよくば幼馴染みという肩書きを脱却出来ないかと小狡いことを考えたからだ。
 
「好きだ、ずっと」
 
 ああ、うわあ、私はなんて馬鹿なことをしたのだろう。高尾はこんなに真っ直ぐなのに。申し訳ないのか悲しいのか情けないのか嬉しいのかよく分からなくなって緩んでしまった涙腺からクリームパンにぽろぽろ液体が落ちた。ああ、私のクリームパンが……
 
「え、おい泣かせねーって言った直後に泣くなよ」
「ちが、これは目から醤油が」
「すげーしみそう!」
 
 なんとか茶化そうとして笑われ、つられて笑ってしまう。が、高尾は不意に眉を寄せて少し怒ったような顔になり、あのなあおまえ、と私の頬を摘んで左右に引っ張る。痛い痛い!
 
「三ヶ月弱、好きな奴から恋愛相談受け続けた俺の気にもなれよマジで」
「ご、ごめんなひゃい」
 
 頬を引っ張られたままなんとか謝罪すると高尾はふっと息を吐いて笑い、私の頬を解放して穏やかに微笑んだ。許してもらえたらしい。元より然程怒ってはいないようだったが。
 
「分かったら泣き止む」
「いやだからこれは目からペリエが」
「なにそれお洒落」
 
 親指で私の目尻に浮いた涙を拭いながら笑った高尾がで?と眉を持ち上げて私の顔を伺う。茶化すような素振りでも瞳は真摯で、胸のあたりがきゅっとなった。
 
「返事は?まだ聞いてねーんだけど」
「……別れてからでいい?」
「お前真面目だなあ」
 
 それは半ば答えのようなものだったけれど。高尾に急かされ、大事な話があるから会いたい、という旨のメールをその場で送った。携帯の画面を覗き込みながら高尾が一瞬心配そうな色をその顔に浮かべる。
 
「一緒に行くか?」
「ひとりで大丈夫」
 
 お前そこは頼れよ可愛くねーな、と小突かれて、いや別れ話に男連れてくるって最低だろうと反論する。別れを切り出したからといって暴れるような人じゃないと思うし、そもそも向こうにもそんな未練は無いだろう。
 
「……ありがと、高尾」
「あとその高尾ってのもやめろよ、昔みたいに呼べ」
「和くん」
「……おう」
 
 言わせておきながら照れたように目を逸らしてしまった彼が愛しくて、しょっぱくなったクリームパンを頬張りながら笑った。
 
 
(120706)

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