素肌の君に触れた指先

 
 
「花宮さー、いい加減猫被んのやめたら?」
 
 委員会の水やり当番のためだけに登校した夏休みの学校。そこでばったり出くわしたクラスメイトにそう言ったら突然笑い出されてしまった。額に手を当て、腹を押さえてひとしきり笑った花宮が不意に見たことのない顔で私を見る。唇を歪め、目を眇め、何だかとっても悪そうなお顔。そうか、それがお前の本性か。うーん、言わなきゃ良かった。思ったより性悪っぽいぞ!
 
「いつから気付いてた?」
「去年の5月」
「ふはっ、そりゃすげー」
 
 悔しがるでもなく焦るでもなく、かといって口封じにかかる素振りも見せない花宮はただにやにやと私を見つめ続ける。成績優秀眉目秀麗文武両道なハナミヤマコトくんは、もうそこに影すら残してはいなかった。ぺりぺり化けの皮が剥がれてゆくように、嘲笑じみた笑顔が花宮の端整な顔を歪ませていく。
 
「で、感想は?」
「……まだよく分かんない、でもそっちの方がいいよ」
「趣味悪いなお前」
「うるさい」
 
 私は猫を被っている時の花宮が苦手だった。非の打ち所のない好青年かつ優等生を演じ続ける花宮のスキルは見上げたものだったし、誰もそれが装われた紛い物だなんて気付いていなかった。それでも、私にはそれが酷く薄っぺらに見えた。人は大なり小なり自分を演じて生きているものだとは思うけれど、花宮のそれは度合いが違う。隙間無く塗り固められた嘘に言葉を交わす度何故か少しだけ悲しくなるのだ。
 
「別に、私は素でいいよ」
 
 私としてもそちらの方が据わりが良いからと伝えると花宮はふうん、と然程興味無げに言い、すたすたとこちらへ歩を進めた。そのまま脇を通り抜けるのだと思い廊下の端へ寄ろうとするが、肩を掴まれた為にそれは叶わなかった。引き寄せられて、視界が一瞬暗くなる。わけも分からないまま身を硬くしていたらしてやったりと言いたげな花宮と目が合った。
 
「素でいいんだろ」
 
 にやりと笑う性悪。……あっさり奪われたファーストキスの責任は取ってくれるんですよね?
 
(……勿論)
 
 
(120706)

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