ときめきに死す

 
 
 体育の授業で怪我をした。走り高跳びのポールの端が古くなって腐食し、鋭利になっていたらしい。運悪くそこへかすってしまった私の腕はぱっくりと裂け、腕の内側に縦長の真っ赤な線が引かれた。場所が悪かったのか思いの丈深く切ってしまったのか、傷口からは真っ赤な滴がぽたぽたと滴ってマットレスを汚し、授業はちょっとした事件になる。……足を負傷したわけではないから全く問題なく歩けるというのに何故か火神くんに担がれて保健室まで連れて行かれて、少しだけ恥ずかしい思いをした。
 
 怪我の処置を受けた私は昼休みの半ばに教室へ戻り、鞄からお弁当を出した。いつも一緒にお弁当を食べている友人はもう食べ終えてしまっていたので、自分の席に座って弁当箱の蓋を開ける。
 
「大丈夫でしたか?」
「うわ、あ、黒子くん」
 
 黒子くんがわざわざ私の席までやってきて、後ろから私の腕を覗き込んでいた。その気配に全く気付いていなかった私は幾分の驚きと共に後ろを振り返る。他人事のはずなのにやけに心配そうに私の顔を伺ってくる黒子くんは、薄く眉間に皺を寄せてほんの少しむずかしい顔をしていた。ある種無遠慮なくらいじっと私の顔を見つめる色の薄いみずいろの瞳が綺麗で、見惚れていたら不意に腕を取られてどきりとする。黒子くんは包帯の巻かれた私の腕をまじまじ見て、労るように軽く包帯の上から傷口を撫でた。
 
「っ、」
「すみません、痛みましたか」
「あ、いや、大丈夫、」
 
 はっとしたように手を引いて謝る黒子くんに慌てて両手を振って否定する。結局そんなに酷い傷ではなかったし、然程痛くもないのだ。サイズの合う絆創膏がないからと包帯を巻かれてしまったのでかなり大袈裟に見えているが、程度としてはその辺で小学生がすっ転んで全力で膝を擦り剥いた時のそれにほぼ等しい。お風呂でしみるだろうな、と少しだけ憂鬱になるくらいの、そんなレベルの軽症。
 
「……跡、残るんでしょうか」
 
 な、なんできみがそんなに悲しそうなの、黒子くん。私が勝手に一人で負った傷だ。むしろ体育の授業中黒子くん居たっけ、居ないわけないよなどこにいたんだろう、なんて割と多分にだいぶ失礼なことを考えてしまうくらいにはこの傷と黒子くんは無関係なのに。
 
「跡ぐらい……腕だし」
「駄目です」
 
 きっぱりと断言されて逆にこちらがびっくりしてしまった。傷跡なら虫さされを掻きむしって傷になってしまった跡が足に点々と茶色く残ってしまっているし、それと同じようなもんだと、思うんだけど…ちがうのかな。黒子くんがそうもこだわる理由が分からなかった私は、お箸で卵焼きをつまみながらなんで?と聞いてみる。
 
「……だって、みょうじさんは女の子なんですよ」
 
 ……。
 
 束の間、言葉を失う。心なしかむすっとした顔でそう言った黒子くんを見て、たぶんこのひとは天然タラシだ、と思った。さも当たり前のように真っ直ぐ相手の目を見て女の子を女の子扱いできる男子高校生がこの国にも居たのか。あれ、心臓がうるさい。
 
 きれいに治るといいですね、と微笑んだ笑顔が急にまばゆくて、上擦った声でうん、と答えるのが精一杯だった。
 
 
(120705)

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