さみしさは空から降るの

 
 
「明日退院するから」
 
 病室というのは消毒されているのに独特のにおいがする。そこで告げられた言葉はとてもおめでたいものだったのに、どこかにそれを心の底から祝えない自分が居た。嬉しそうにわらいながらはやくバスケがしたい、一年生は入ったかな、と話す鉄平はきらきら輝いていて。お見舞いの度にこっそりとささやかなおめかしをして少しでも鉄平によく見られようとこずるい努力に励む私なんかよりよっぽど綺麗に見えた。鉄平はまた私の手の届かないところへ行ってしまうのだなあ。そう思うとにわかに湿っぽい気持ちに指先を浸したような気持ちなって、私はそのまま泣いてしまった。止めようと思うほどになみだはあふれだす。
 
「なまえ、」
 
 いつもは穏やかな色を映して私を真っ直ぐに見つめる鉄平の瞳が見開かれていた。困ったように私の名前を呼ぶ鉄平。なんで泣くんだ、って鉄平は聞くけど、バスケしないでなんて正直に言えるほど私は傲慢にはなりきれなかった。かと言ってなみだを隠せるほど大人にもなれていなかったのだ。中途半端でずるい私はなみだを拭ってむりやり笑顔をつくる。おめでとう、きっとみんな喜ぶよ。
 
「……ありがとう」
 
 鉄平はやわらかく笑う。バスケ部の人達と面識が無い訳じゃない。日向くんや伊月くん、水戸部くんに小金井くんに土田くんにリコちゃん。みんな私に親切に接してくれるけれど、そこにはどうしたって他人行儀が挟まる。けれどそれは当たり前のことだ。私はバスケ部ではないし、鉄平の恋人という肩書きが無ければ彼らにとっては赤の他人に過ぎない存在なのだから。部外者の私は、勝利や敗北をひとつひとつ分かち合ってきた彼らの絆をことあるごとに見ては、その度に少しずつ鉄平が遠くなっていくような錯覚に陥った。そうして最後には自分勝手な疎外感におしつぶされてしまいそうになる。
 
 わたしは、どこまでもわがままだ。
 そんな自分が嫌いで仕方が無い。
 
「なまえ、おいで」
 
 手招きされて、座っていた丸椅子ごと鉄平の方へ体を寄せたら長い腕がにゅっとのびてきて抱きしめられる。その表情はどことなく申し訳無さそうだった。あたたかさに息がつまる。その優しさが愛しくて痛い。鉄平に後ろめたいことなんて無いのに、私のなみだが鉄平の後ろ髪を引いてしまっているのだ。分かっていてもなみだが止められない。……最後にはそれを振り切ってもらえるとどこかで分かっていながら泣く私はやっぱり、ずるいね。本当はどんな鉄平よりバスケをしている鉄平が好きなくせに、それがさみしくてたまらないなんて。
 
 腕の中で子供みたいに泣きじゃくる私の背中を、いつまでも鉄平の大きなてのひらが上下していた。
 
……ごめんね、鉄平。
 
 
(120807)

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