蛍光イエロー、シグナル

 
 
 モデルだから何。スポーツ万能であたまもまあまあ、お洒落でイケメンで何でもできるからって……ああ、自分が惨めになってきた、やめよう。溜息を吐きながら視線を横へ滑らせると、そこには掃除をサボって女子と楽しげに話し込んでいる黄瀬涼太。なんだ、モデルが何だ、モデルだったら掃除しなくていいのか。ちくしょう、アン●ンでヌードでも撮ってろ。
 
 そもそも私の仕事は黒板の掃除のみのはずだったのだが、あの調子で誰も掃き掃除をしようとしないものだから誰かがやるしかあるまい。黙々と掃き集めたゴミを一人でちりとりに集めてゴミ箱に捨てる。ざざー。砂なんだか埃なんだかよく分からないグレーの粉状の何かと、ハウスダスト感満載の綿埃、消しカス、そしてプリントを裁断した時に出たゴミであろう細長く白い紙の束…が、大量に青いゴミ箱に吸い込まれていく。どんだけ真面目に掃除してないの。ていうかプリント切ったあとの切れ端はちゃんと捨てろ!床はゴミ箱じゃない!
 
 箒とちりとりをしまい、ゴミ箱から引っ張り出したポリ袋の口を縛る。果物の腐ったような何とも言えない臭いに顔を顰めた。誰だフルーツ牛乳飲んだの。……えっ、ちょっと、雪見大福ここで食べたの誰、ていうかどうやって持ってきたの溶けるでしょ、そこまでして学校で雪見大福を食べたいその雪見大福への飽くなき愛は何なの。どこからくるの。そしてどこへゆくの。
 
 未だ女子に囲まれてきゃっきゃ楽しそうにしている黄瀬涼太を尻目にパンパンのゴミ袋を片手に提げて教室を出た。これ昨日と一昨日ゴミ捨て行ってないんだろうな…重い…なにやら袋の底の方へ意味の分からない、というか分かりたくない形容し難い色の液体が溜まっているのを見てぞっとする。頼むから破れませんように。
 
「みょうじさん!」
 
 教室を出てゴミ捨て場まで黙々と歩いていたら突然大きな声で呼びかけられた。振り返ると金髪。失礼ながらうわ、と小さく声が出てしまった。サラッサラの髪の毛をふぁさふぁさ揺らしながら走ってきた黄瀬涼太が私の前で立ち止まる。これにより、もしかしたら私の後ろに居る同姓の誰かに用があったのではないか…という私の一縷の望みは儚く散った。どうでもいいが教室からここまで走ってきて息一つ切れていないとは流石だ。感心している私を余所に、黄瀬涼太は整えられた眉をハの字にして叱られる犬みたいな顔をする。
 
「掃除出来なくて申し訳無いっス、囲まれちゃって…あの、それ、持つっスよ」
「え、いいよもうそこだし」
「それぐらいはさせて欲しいんス」
 
 半ば強引にゴミ袋を手から奪われてしまった。そのまま私を爽やかスマイルで黙らせて歩いて行こうとする背中をちょっと!と声を上げながら追いかける。待って、ああ、やりかけた仕事は最後まで全うしたいの!
 
「重っ…これ一人で持ってたんスか」
「うん、そうだけどあの、」
「みょうじさんっていつも頑張ってるっスよね」
「え」
 
 掃除とか授業中とかいつも真剣っスよね、結構見てるんスよ、と言われて恥ずかしいような何とも言えない気持ちになった。知らないうちに自分が見られているというのはなんとも気恥ずかしいし、それを今こうして言うのはなんというか、卑怯だ。黄瀬涼太は私との間にあったゴミ袋を反対側に持ち替え、半歩ほど私との距離を詰めて屈託無く笑う。
 
「俺そういうの羨ましいっス」
 
 ともすれば嫌味ったらしい台詞だが、表情を見る限りそうではなさそうだった。嫌味だと思っていないことがまた嫌味であるということをたぶん彼は知らない。…が、その表情はむしろ笑っているのにどこか悲しそうにすら見える。…そんな顔も、するんだ。何も言えなくなってしまった私はただ一緒にゴミ捨て場まで歩いていくことしか出来なかった。
 
「よっ、と」
 
 ゴミ袋をゴミ捨て場に投げ入れてこちらを見た黄瀬涼太はもういつもの眩しいくらいの爽やかモデルスマイルに戻ってしまっていた。職業病?その笑顔に隠された、私の理解を超えているであろう憂いは…何故か少しだけ官能的だと、思う。よく分からないけれど。
 
「じゃあ、俺部活行くっスね」
「あ、うん、…ありがとう、」
 
 次からはちゃんと掃除するっスから!と残して体育館の方へと駆けて行った背中を見る私の視線は、このたった数分で彼によって作り変えられてしまった。そのことに気付いてしまった私は、一人ゴミ捨て場の前で愕然としながら妙に心地の良い悔しさに息を吐くのだ。
 
 ……モデルだから、何だ。
 
 
(120730)

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