いつか私が化石に成ったら 「ねえ、日曜日のことなんだけど」 「うん」 「やっぱり買い物行こうよ」 「いいよ、」 わたしはどこでも、と返すとさつきちゃんはにっこり笑う。あのね、服が欲しいの、と楽しげに笑うさつきちゃんは…とってもとっても可愛い、私のともだち。たった一人の、私のともだち。何時にあそこへ集まって、あそこへ行って、どこどこのお店でお昼を食べてプリクラを撮って、と本当に楽しそうに私に向かって話すさつきちゃんの話をうんうんと頷きながら聞く。 「なまえは行きたい場所、無いの?」 「……くれーぷ」 「ああ!美味しそう、食べたいね」 じゃあお昼食べたあと近くの商店街のクレープ屋さん行こっか、とさつきちゃんが笑う。眩しいくらいの笑顔が自分の吐いた白い息で一瞬霞んだ。吹き抜ける三月の冷たい風に冷えてじんと痛み始めた指先を擦り合わせ、せめて気休めにでもとあたたかな息を吹きかける。 「……さむいね」 「手、繋ごう?」 「えっ」 さつきちゃんの柔らかい掌で指先を包まれ、冷えて感覚の鈍った指先がさつきちゃんの体温でぴりぴり電気が走るみたいに痛んだ気がした。促されておずおずと握り返してみると照れたようにさつきちゃんがほら、あったかい、とはにかむ。…ああ、どうしたらこんな風に素直に笑えるのかな。こんな風に笑えたら、さつきちゃんみたいになれるのかな。 「あと一週間で卒業だねえ」 「そうだね」 「高校に上がったら離れ離れだね……」 やだなあ、と漏らしたさつきちゃんの声が私にとってはやけにささっくれ立って聞こえて、指先と同じように心臓のあたりがぴりぴりと痛むのを感じた。ちくりと刺さる言葉にひっそりと眉を寄せる。きっとさつきちゃんは至極純粋な気持ちでそう言ってくれているのだと、思うのだけれど、 「なまえに毎日会えなくなるのかあ」 「そうだね…」 でもね、さつきちゃん、 「メールしようね、本当に寂しい!」 「そうだ、ね」 私は…私には、そんな風に笑いながら「さみしい」なんて、言えないよ?きっとさつきちゃんにとって私はたくさん居る友達の中の一人。でもさつきちゃん、私にとってさつきちゃんは、たった一人の友達なの、ねえ。 私の一番の友達はさつきちゃんだけれど、さつきちゃんの一番の友達は、私じゃ、ない。 こんな会話も、日曜日のことも、そして高校に上がってから交わすメールも、…今こうして握っている掌のあたたかさも。みんなみんなさつきちゃんの中でいつか過去に変わってしまうんだ。さつきちゃんの頭蓋の地層の中で私はゆっくりと化石に成っていって……いつの日か、私はさつきちゃんの中から消えてしまうのだろう。 「ね、なまえ」 そして私の中にだけ、割り切ることの出来ない未練と、いつまでも消えない、“私のさつきちゃん”だけが残って。ずっとずっと、忘れられずに。記憶は決してほろ苦い青春になんてならないまま、湿っぽい感傷と傷だらけの心に蓋をして、見ないふりをして。…そうして私は、生きてゆくのだろう。 「ずっと友達で居ようね」 次の曲がり角で私の指から離れていくであろう掌は、泣きそうなくらいあたたかくて優しい。 「……そうだね」 すん、と啜った鼻の奥が冷気につんと痛んだ。 (120725) もどる |