「ヴィンセント様、是非ここに行くべきです!!」
エイダ様的招待状
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Benvenuto a costruendo della paura!
「………」
僕は女が理解できない。
今、人生で一番そう思う。
僕がお化けが怖いと知るや否や、勧めてきたものが
お化け屋敷のチケット。
意味がわからない。
…いや、理由は説明されたのだけど。
(嫌だなぁ…)
気が重い。
自ら苦手なものの所へ行くなんて、本当にありえない。
…いっそ破ってしまおうか。
そうすればただの紙切れだし焼却でき…
「失礼しますヨ、ヴィンセントー」
がたん。
なんの前触れもなく、テーブルの下からザクスが現れた。
椅子にぶつかって「あいたー」とか言っている。
タイミングが…悪くない…?
そう思うのもつかの間、チケットを持っているのに気付いて慌てて隠す。
しかし彼は目ざとく見つけ、姿勢を変えて覗き込んでくる。
「何を隠してるんデス?」
「な…なにも…?」
近寄る彼から逃げようと椅子を立ち、下がるけれど追い詰められる。
もういっそここで千切ってしまえ、と思い力を込めると、彼がそれを引っ張り上げる。
僕と彼の力が加わり、チケットが音をたてて破れた。
「……紙?」
右上部分を千切ったのか、情報が少なくチケットとわからないらしい。
僕はその隙に余り部分を細切れにしていく。
何が何でも行きたくない。
その僕を不審に思ったのだろう彼は、僕の両手を引っ張った。
けれどもう遅い。
バラバラの紙片は、もう使い物にはならないだろう。
「なんです、これ」
「…いらないものだよ」
しらばっくれる僕が答えないとわかったのか、彼は数瞬止まる。
すると何か閃いたらしく、僕の手を手で包む。
「ヴィンセント」
「…なに…?」
「紙片の処理はワタシがしましょう」
にこー、と平坦な笑顔を浮かべ、そう言った。
何か嫌な予感がして断っても、彼は饒舌に喋る。
「開いてくれないのなら仕方ありません、では…」
先ほど自分が破りとった紙片を丸めた左手に入れ、三回ほど指で弾いた。
そして開く、と
「ハイ完成ー☆」
「……?!」
チケット型になった紙が出てくる。
僕の手を開けてみれば、バラバラになったはずの紙片は、ない。
頭の中が真っ白になっている僕に、チケットを見た彼は悪戯っぽく笑った。
その後、行くハメになったのは言うまでもない…。
後日。
「ヴィンセントー」
「………。」
僕の眼前に現れたのは、屋敷並みの大きさがあるお化け屋敷だった。
看板には“これぞまさにお化け屋敷☆”とか書いてある。
それを書いた人間を袋叩きにしたい感覚に襲われる。
この中を…進めと…いうの?
僕は入ってもいないのにもう涙目だ。
やっぱり嫌だよ、と言って彼に懇願するも、聞く耳を持ってくれない。
半ば強制的に連れて行かれ、暗い館に足を踏み入れた。
「く、暗すぎない…?」
「お化け屋敷ですカラ」
ぎゅっ、と彼の手を握る。
見るのは怖い、けれど見ないことで溢れる恐怖を拭いきれず、僕は辺りを見回す。
…彼が笑っているのを、僕は知らない。
歩を進め暫く経つと、足下に灯りがついた。
反射的に視線をやると、そこに
顔が蛆虫に喰われた死人の頭部がゴロリ。
「………い……っ、」
懸命に叫び声を抑えるけれど、次いで横の壁から首のない胴体部分が倒れてきて。
首なし死体に寄りかかられる形になった僕は、金切り声をあげてザクスにすがりついた。
「ヴィンセント、ただの死体ですって」
何がただの死体ですなのか。
蛆虫に喰われて原型のない死体なんて、地中じゃないとお目にかかれない。
よくよく見れば、精巧なことに腐敗した筋肉や色褪せた骨が見えていたりする。
怖い。
もう早く出たい。
「行きましょう?」
そこで死体と仲良くしたいならいいですケド、と言われ、全力で拒否した。
扉を開ける。
あれからかなり経ったけれど未だに館の中を歩いていた。
怖さに歩が遅いにしても、長い気がする。
「ね、ねえザクス…出口まだ…?」
「まだ半分じゃないですカ?」
全部回るみたいですしネェ、とさらりと言う。
これで半分、冗談じゃない。
墓を模した部屋では鬼火だとかのっぺらぼうだとかに出会ったし、
骨と腐敗肉が絶妙に気持ちの悪い死体に蹴躓いたりしたし、
またその死体が起き上がって近寄ってきたり。
ホラーを有らん限りに詰め込みすぎだと思う。
早く出たい。
さっきから複数の扉の前で、ザクスが頭をひねっている。
何か謎解きだろうか。
「ヴィンセント」
「なに…?」
「左の扉を開けてくだサイ」
エネルギーを消費してぼんやりとしている僕は、その言葉に疑問を抱くことなく左の扉を開ける。
すると、がちょん、と変な音と共に目の前に白い物体。
見れば、目が赤くライトアップされた骸骨が、歯をカタカタといわせながら逆さまにぶら下がっている。
「……ッいやあああああ!!」
半泣きで床にへたり込むと、後ろから堪え笑いをする声。
狙われていたのだと気付き、後ろを振り返る。
「ザクス…っ、酷いよ…!!」
「あはは、すみまセン」
真ん中と左で迷ってたんです、なんて今更な言葉を吐く。
嘘だ。きっと嘘だ。
軽く彼を怨みかけた時、宥めるように肩に感触。
その硬さに一気に薄ら寒くなり、ゆっくり振り返ってみれば
ぶら下がっている骸骨が手を置いている。
しかも、何をそんなに無理をしたのか骨が歪に外れかけている。
悲鳴をあげて逃げようとしたけれど、骸骨はしっかりと掴んでいるし僕は力が入らないし、離れない。
泣きながら、外してとザクスに頼むと、あっさり骸骨を退けた。
安堵と恐怖が綯い交ぜになっている僕は、思わず彼に抱きつく。
「よしよし、怖かった?」
「………っ、ばか……っ」
過ぎた悪戯だと自覚しているのか、彼は気まずそうな表情で頬を掻いた。
「あ、もう少しみたいですヨ」
そう言う彼に、僕は青ざめながらテンション低く喜んだ。
もうすぐ出られる。
彼の後ろに隠れて怯えるのももう終わる。
一種の感動なのに、気分は上がらないくらい重かった。
さすがエイダ様が勧めるようなお化け屋敷、オカルトのような残虐で残忍なものや凄惨な死体が山のように出た。
僕はこんな世界、精神が保たない。
ぐったりとして返事のない僕を気にしたのか振り向いた彼は、「あ」と小さく呟いた。
何かと思いそちらを見やると同時に、轟音と小さな振動。
今し方僕らが歩いてきた道を、まさに様々としか言いようのないグロテスクな死体達が全力疾走して来た。
喉を空気が掠めて変な悲鳴が出る。
「最後の最後にまた、ハードなものが来ましたネェ…!」
「いや、いやあああああ!!!!」
走って逃げるも、足が速くもなくヒールのある靴の僕はまともに走れず転倒した。
しかし全力疾走のゾンビ達は止まらない。
迫ってくるそれに、僕は頭をかかえて叫ぶ。
その僕の横を軽いステップで走り抜けた彼は、ゾンビ達に向かってにこりと笑う。
「すみませんネェ」
刃を出していないステッキを構え、笑顔を崩した細長い瞳で目標を捉える。
「ワタシのヴィンセントに近付けると思わないでくださいッ!!」
そう叫びながら、彼はなだれ込むゾンビたちを剣舞でねじ伏せていく。
かなりの数いたそれらは、数秒後には全員床に転がっていた。
やれやれ、と小さく息を吐いた彼は、僕のもとに来て手を差し伸べる。
「出ましょうか、ヴィンセント」
にこ、と笑う彼が、いつになく格好よく見えた。
(あ、ヴィンセント様!)
(エ…エイダ様、なぜここに)
(エリオット君とお出掛けで…〃
…あの、なんでブレイク様に姫抱きにされているのですか…?)
2010.02.20
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>>あとがき