「なあ、リチャード」

「なんだい?」



「お前は、俺のどこが好きになったんだ?」



突拍子も無く出たアスベルの言葉に、リチャードは持っていた本から手を離した。些か大きかったその本は見事リチャードの足の上に大打撃となって落ち、痛みに息を詰まらせた彼にアスベルが心配の声をかける。


「大丈夫か?リチャード」

「あ、あぁ。それにしても、いきなりどうしたんだいアスベル。そんな事を聞くなんて」


いや…ただ、なんとなく。
けろりとした表情で答えたアスベルに、リチャードは溜息をついた。どうやら裏があるわけではないようで、本当にふと気になったから聞いてみただけらしい。
自分に何か落ち目があったとか、知らぬ間に何か失態を犯しただとか、彼を不安にさせるようなことがあったのではと思いを過ぎらせたが、そういうことではないようだった。

全く、この恋人はドのつく天然で、そういった言葉を思いついたがままに発言するものだから気が抜けない。


「…おいで、アスベル。君の好きなところを告げるから」


リチャードは椅子に腰掛け、アスベルに自分の膝へ座るよう促す。最初こそ戸惑っていたものの、此処最近は逆らえない事を分かっているのか特に抵抗無く座ってくれるようになった。それでも、未だ慣れず恥ずかしいのか顔が朱に染まるのはどうにもならないようだったが。

膝の上にいることで、いつもより少し高い位置にあるアスベルを見つめる。



「僕は、君の全てが好きなんだよアスベル」

「リチャードはいつもそうやって言うじゃないか」


全てじゃ曖昧で伝わらない。
アスベルの目が、そう訴えかける。


「全て、は全てだよ」


す、と手を伸ばして、髪を撫でる。


「このふわりとした、柔らかい髪も」


手を徐々に下げて、その部分を触れながら彼に伝える。


「儚くて、壊れてしまいそうな守りたくなる肩も」

「剣を使うには細すぎる、折れてしまいそうな腕も」

「白く、小さくて愛らしい手も」

「抱き寄せやすい、細いこの腰も」

「綺麗でしなやかな脚も」


ぴくり、ぴくりと触れるたびに反応するアスベルが愛らしくてくすりと笑みを漏らす。
だが、それを聞いているうちにアスベルの眉が八の字に寄せられていった。


「…なぁ、それ全部、俺のコンプレックスじゃないか…?」


「君に、コンプレックスに思うべきところなんて一つもない、っていつも言ってるだろう?」

「お前が気にしなくても、俺は気になるんだ」


うぅ、と困ったような顔をするアスベルに、アスベルはそのままがいいんだよ、と更にフォローを入れてみるが聞いてはくれないらしい。体格のいいアスベルなど、想像できない。自分の中の彼は細身のイメージがしっくりきていて、それすらもとても愛らしいというのに。


「それよりリチャード、…お前が好きなのは俺の身体、だけなのか?身体目当て…だったのか?」

「どこでそんな言葉を覚えたんだいアスベル…。それに、僕の話はまだ終わってないよ」


困った顔はいつしか悲しみの色を翳らせて、アスベルはリチャードを見つめた。アスベルに、そんな顔をさせたくなくて腰あたりまで下ろしていた手を、彼の頬へ持っていき自分の顔を近づける。


「…蒼く澄み切ったコバルトブルーの右目も、高貴なアメジストのような左目も」

「リチャード…」

「愛らしい、この唇もね」

「え…、んぅ…!」


ちゅう、と吸い付くと、アスベルはびくりと身体を強張らせた後ゆっくりとキスに身を委ねた。リチャードは、頬を撫でていた手を彼の頭へ回してより深く口付ける。舌を絡めるような淫蕩なキスではなく、唇を触れあわせるだけのキスだが、角度を変えて何度も何度も柔らかな唇の感触を味わった。

しばらくして、口を離すと顔を真っ赤にして目を瞬かせるアスベルと視線がかちあう。もう先ほどの悲しみを翳らせたような顔は何処にも無かったが、それも結局外見じゃないか、と呟いた。


「僕はね、アスベル」



白く、自分よりは幾分か小さなその手を取って、細い彼の指と自分の指を絡ませて、慈しむように、彼に言い聞かせるように、ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「頑固で、絶対に僕を取り戻すことを諦めなかった君を」

「強くて優しくて…でも、孤独に弱く時に儚く見える君を」


無自覚な天然で、僕の愛を気づかずこんな風に不安になる君を


「君が君であることを、凄く、愛してるんだ。君の、全てが、愛おしい」


君があまりに気にするから、あえて外見の事も挙げたけれど。
本当は、どんな君でもいいんだ。君が、君であることが大切なんだから。



にこりと微笑めば、アスベルは顔を更に真っ赤にして俯いた。



伝わっただろうか。僕の気持ちは、彼の心に響いただろうか。



しばらく彼の様子を見ているとアスベルが、ぎゅ、と絡めた手に力を入れた。だが、それ以上は何も反応が無い。覗き込むようにして、名前を呼べばぴくり、と彼の肩が動いた。


「そんなに黙りこくって、どうしたんだいアスベル」

「…なきゃ、…った」


小さく小さく呟かれたその言葉を聞き取ることが出来なくて、リチャードは聞き返す。

「聞かなきゃ、よかった」

今度は聞こえるように―それでも、充分に小さな声だったが―アスベルが言う。表情が伺えず、どう返していいものか分からずリチャードが戸惑っていると、再度アスベルが口を開いた。





「恥ずかしい。今凄く恥ずかしいんだ。こんな…どうしようもなく恥ずかしくなるなら、聞かなければよかった」




あぁ、全く。
人を不安にさせておいて、
そんな可愛いことを言うなんて。

これだから、君を愛するのは止められない、止まらない。



君の全てが魅了する!




ねぇ、アスベル。

今度は、君の番だよ。


君は、僕の、何処が好き?




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