―――僕がやらなきゃ

―――ぼくがやらなきゃ


そう、きみのために。





Per che

結果論に縛られた者






私が見つけた兄弟は、ぼろぼろだった。
見目にもわかるほどの傷と創(きず)をかかえ、片方が片方を縛るように抱き締め倒れていて。
同じ眼をしているというのに、二人は同じ場所を見定めてはいなかった。
それは如実に、傷を晒しているようで。

兄弟は、きずだらけだった。





「ねえエリオット」
「なんだ」


とある昼下がり。
ギルバートに付き合ってナイトレイ家に来たオズは、そこの庭先でエリオットに会った。
私はそれを興味本意で伺い見ている。
よくないとは思うが、そこはご愛嬌…で済むといいなと思う。ひそかに。


だって気になるんだ。色々と。(言い訳)


「エリオットってギル嫌いなの?」
「好ましくは思っていない」


遠回しな表現だが、即答だ。嫌いと同義ととって差し支えはないだろう。
可哀想にギルバート…そういえば前も落ち込んでいたな。
このエリオットという子は随分とはっきりした性格のようだな、と思う。

軽く気分を害したのだろうかそっぽ向いた彼を苦笑いで見ながら、オズが続けた。


「じゃあ、ヴィンセントは?」
「…苦手では…あるが。嫌いではない」
「なにそれ」


どういうことかわからないんだけど?と首を傾げるオズに、彼は軽く視線を向けてまた別の方向へ視線をやる。
ざわざわ、と風に梢がざわめく。


「…オレは。
誰かのためにと言って自分しか見ないやつは嫌いだ。
…だが、自分のために誰かに尽くすやつは嫌いではない」


一息にそう言い切る。
それが瞬時に理解できないのか、オズはきょとんとしている。


「それって自覚してるかしてないかってこと?」
「違う。
前者は言い訳をしている偽善者だ、が
後者は…」


…とくにヴィンセントは。
良く言えば、純粋であるということ。
悪く言えば…


縋るしか方法を知らない、選択の余地がないだけの者。


そう、きみもそう思うんだね…と私は苦しい気持ちで微笑む。

私は、ギルバートが悪いなどとは微塵も思わない。
彼もまた、そんな自分に苦しんでいたのだから。
…以前言っていた、「ぼくは弟を見捨てようとする卑しい人間なんです」と。
それはつらかった彼だからこそ、抱いてしまった感情なのだと思う。

このエリオットという子はそれでも嫌なようだが。

ギルバートは、自分のためにやることを弟のためと称していた。
勿論、最初は本当に純粋にそうだったのだろう。
それでもこの世の中では、いつまでも純粋にそう想ってあげることができなかったのだ。

そしてその綻びに気付きながら気付いていなかったヴィンセントは、ようやく手にいれた安寧に安堵していた。
自らは何も出来ず、しかし起こる問題事はすべて自分から発生する。
自分を守る唯一の存在は大切であるのに、傍にいることで傷を増やしていく。
しかし手放すことは決してできない…そんな状況から、ようやく逃れられたのだから。

けれど現実は残酷にも、二人を引き裂こうとした。


遠くない未来、もしかしたら明日かもしれない未来に、自分を支える大切な兄がこの世から消えてしまう。殺されるという、理不尽な結末で。
…どんなに怖かっただろう?
そう思うと、切なくなる。

そして一番残酷なことは、
彼が知りえた唯一の「兄が生き残る道」である手段を、実行できる能力を…ヴィンセントが持っていたこと。
自分がした事の大きさを目の当たりにしたとき、彼はきっと壊れてしまったのだろう…


「オレはな、オズ
客観的事実ばかり見るのは嫌いなんだ」
「客観的事実?」
「そうだ」


お前の傍にもいるだろう、一人くらい。
そう問いかけられて、オズは少々首をひねっている。
思考が追いついていないらしい。つくづく話し手は言葉が足りないようだ。


『結果論と外見でしか判断しない者のことだよ、オズ』
「…ああ、」


なるほど…ってなんでジャックが話に混ざってんの、と心の声で言われる。
しまった、バレてしまったな。


「確かに事実は事実だ、否定はしない。
…だが、オレはそれに違和感を覚える」


縋るしかなかった者に、選択の余地はない。
…そう、選択の余地がないのだ。

起こってしまったのは事実なのだろう。
弱かったのは事実なのだろう。
悪いことだというのも事実なのだろう。

それが善かれ悪しかれ、


「事実は変わらない。どんなことであっても。
…では、それだけなのか?
おまえもそうだと思うのか、オズ」


それに、オズが小さく唸りながら考え込む。
これでそうだと思うと答えるなら、あのブレイクという者と同じ位置であるということになる。

エリオットが「苦手だが嫌いではない」という理由は、まさにここにある。


「貧しい者達に対してだって同じだ。
貧しいから悪いのか?
裕福な貴族は、下賤といって罵るしかしない」
「それは…たしかに、よくないね」
「それだ」


びっ、とオズに指を向ける。
鋭い瞳は更に険を増していて。

ああ、この子は聡いんだな。


「上位に踏ん反り返るやつらはいつだって上からしか見ない。
その時に本人が悩み抜いた最善を悪としか言わない。
結果論ばかりで判断するんだ。
…たしかに結果論で悪くないときだってある。だが…」


当事者である我々は、連鎖を止めなければならない。
この、道をひとつしかしらない幼子らの、手をひいて。


「撥ね退けるだけでは、何も救えないうえに何も解決しない」





「オズ、ここにいたのか…って…」


用が済んだのだろう、ギルバートが顔をのぞかせる。
しかし、そのオズの隣に居る義弟の姿に少々顔が青ざめている。
その当人もまた、嫌悪を露にしていて。
…がんばれ、ギルバート。

エリオットはとくに何も言うことなく立ち上がり、オズを背に一言だけ放った。


「覚えておけ、オズ
オレは奴が何をしたかは詳しく知らん
故に、この意見が個人的な同情であることは否定しない。
だがそれでもオレは、結果論と自己満足が大半を占める奴が大嫌いだ」


じゃあな、と言い、立ち去る。

翻る燕尾服を見つめながら、オズは「うん」と言った。
対してギルバートは言葉の意味がわからず疑問符を浮かべている。
自分に言われたのかがわかっていないのだろうが、あながち間違ってもいないのでフォローができない。


「帰ろっか、ギル」
「あ、ああ…」


オズの言葉に、二人も帰路につく。
その場に、私の少しだけの感慨を残して。





―――僕がやらなきゃ
(僕を必要としてくれる限り、)

―――ぼくがやらなきゃ
(なくしたくないんだ、)

―――そう、
きみの、ために
(僕のためにやる、飾り付けた卑しい言葉でも)
  ―――凝り固まった誇りでも、棄てたくない
(だって、ぼくのだいじなにいさんなんだもの)
  ―――ぼくをみてくれるのはにいさんだけ…









―――Chi maneggia una spada in causa?
(僕が必要とされるため、僕を必要とする弟のために)
(ぼくをまもってくれるにいさんのために)

(ふたりとも傷付いているというのに)
(どうして誰も気付かないんだろう?)

(だからオレは嫌いなんだよ、結果論ってやつがな)









製作 2009/07/01

珍しくあとがき