#24. 土方さんを殺そうとする、私を殺して
 
総悟さんが言った真実は、私の妄想とは違って事実だと分かりつつも、…飲み込めない。
私の家で返り血を浴びていた土方さん。
そこにいるのは、彼以外は物言わぬ死体たち。
総悟さんの発言と、土方さんの身形には矛盾がある。
土方さんは総悟さんに"全員死んでいた"と言ったらしい。
でもそれならば、土方さんが返り血を浴びる理由がない。
それに、何で土方さんだけが誰よりも先にその場所にいたのだろう。

「あの日、土方さんは非番だったんでィ。なのに、その晩わざわざ屯所に連絡してきやして…。"攘夷浪士が暴れている"。人数も人数だってんで、すぐ動けた俺の隊が駆け付けやした。…ま、知っての通り、出番はありやせんでしたが。」
「攘夷浪士が暴れているって…。彼らが会合を開いていたところに、真選組が奇襲を掛けたんじゃないんですか!?」
「……この事件は、結局のところ俺らにだって真相が分からないままなんでさァ。…あぁ、捜査切り上げも土方さんの指示でしたかねェ。」

どうにも状況がはっきりしない。
(土方さん、どうしてしまったの?)
ううん、それとも総悟さんが私に嘘を吐いている?
…総悟さんはきっと嘘を吐いていない。
それならば、土方さんは、土方さんは…。

「あの、…土方さんって、その、…強い、ですよね?」
「それはヤローが何て呼ばれてるか考えりゃ、そのまま答えでィ。」
鬼の副長。
その言葉が頭に浮かんで、消えてくれない。
総悟さんの時にそう思ったように、土方さんも一人で立ち回ることが出来た?
「総悟さんは、どう考えてますか?この真相。」
「……分かりやせん。」
総悟さんは天井を仰ぎ見ながらそう答えた。
「ただ…、全部終わった後だったなんて言いやすが、あの日土方さんが有村邸で誰かを斬ったこと、その事件を闇に押しやった本人であることは事実でさァ。」
「その言い方じゃ、まるで…。」
まるで、全て土方さんが悪いみたいだ。
勝手に人の家に乗り込んで、人を斬り殺して、アリバイを作るみたいに一番隊を呼んで。
…そして、私の人生が狂ったあの日。
あの日、何食わぬ顔で私の家に上がり込んで捜査していたの?
自分が何もかもやっておきながら、関係ない顔で指示を出していたの?

「………っ、」
不意に頬を何かが伝って、私はやっと自分が泣いていることに気付いた。
「裏切られた?アンタが土方さんに何を期待してたかは知りやせんが、俺達は正義だの大義だの掲げたところで、結局やってる事ァただの人斬りなんでィ。」
総悟さんの言葉は私の心を抉る。
だけど、それは事実なんだ。
ここは真選組。
帯刀を許可された武装警察。
それは、目の前にいる総悟さんも、明るい局長さんも、穏やかな山崎さんも。
…厳しいところもあるけど優しい土方さんも。
攘夷浪士が暴れていればそれを斬って納めることもあるだろう。
それが偶々、私の父だっただけの話だ。
それだけの話だ。
…それでも、納得なんて出来るわけがない。

「今なら不問にしてやっても構いやせんぜ、真弓。」
ふいに掛けられた言葉が、何だか憐れみや同情の色を孕んでいて、思わず私は総悟さんを見詰めた。
「アンタが有村邸の人間だと知ってんのは俺だけだろうし、今なら過去を断ち切りさえすりゃ、新しい人生を送れるだろ。親父さんを殺した俺らは、アンタからすりゃ憎いでしょうがねィ。…見逃してやる。もう屯所には近付かねェ方がいい。」
「何よ、それ…。」
私に真っ当に生きろって?
過去を断ち切れって?
見逃してやる、屯所には近付くな?
行き場のない感情で、握った拳が震える。
「それが出来なかったから、こうなったんじゃないの…!貴方にとっては、たかが多数の中の事件なのかもしれないけど!私にとって…ッ!!」
嗚咽が混じって言葉にならない。
私の努力は?気持ちは?
今さら普通になんて生きられない。
「覚悟も無ェくせに、まだそんな事言ってんの?」
「ッうるさい!総悟さんには分からないんでしょ!?大切な家族を失う痛みなんて!」
「! …分からなくて済むなら、一生分かりたくありやせん。」
「っ、」
初めて見る、総悟さんの悲しそうな顔。
私は何を馬鹿なことを口走ってしまったのだろう。
危険と隣り合わせの仕事で、仲間を失ったこともあるだろう。
それに私は総悟さんの家族構成を知らない。
身近な誰かを失っているかもしれないじゃない。
「ごめんなさい…。取り乱しました。本当に、ごめんなさい。」
「いや、別に…。まさか、アンタがまだその意志を持ってるとは考えが至らなかっただけでさァ。」
「意志…?」
「今の最大譲歩の話が飲めねェって事ァ、まだ復讐したいと思ってるからなんでしょう?」
ここまで言われて、ようやく私は総悟さんの言いたいことを悟る。

「真弓、アンタは土方さんを殺す覚悟はありやすか?」

土方さんを、殺す…?
私が…?
だけど、土方さんが父を殺しているのだとすれば、私の敵は土方さんということになる。
(いつからだっただろう、私がその考えを捨てたのは…。)
土方さんは他の人とは違う、だからこの事件とは関係無い。
…根拠も証拠もない。
私がそうであって欲しいと願って、それを私の中で事実にしたんだ。
「…ま、ただの上司と部下の関係だっつーなら、出来るんでしょうがね。」
「それは…。」
「見てりゃ丸分かりですぜ。アンタは土方さんに想いを寄せてるし、土方さんもアンタの事をただの部下とは思ってねェ。」
否定しようがない。
土方さんは優しすぎる。
私が副長秘書になる前から。
土方さんが私を想っていてくれるなんて自惚れるつもりはないけれど。
そして私は、土方さんが……好きだ。
「土方さんがアンタの敵でも、復讐したい?」
「………。」
「今は優しくしてるかもしれやせんが、それはアンタが有村の娘だって知らないからでさァ。あんな事件を表に出さないと判断した男が、アンタの正体を知ったら、逆に殺されるのは…アンタかもしれやせんぜ?真弓。」
こんな時に限って総悟さんの表情に色は無くて、ただ事実を伝えられているという事だけが分かる。

土方さんに冷たくされたら、…単純に悲しい。
それどころか、殺意を向けられたら私はどうなるんだろう。
そんな悲しい思いをするくらいなら、この気持ちは抱えたまま、別の生き方をするべきなの?
そうすれば、土方さんの事は一時の迷い、綺麗な思い出で片付くの?
父のこと、祖母のこと、叔父さんのこと、…生きてる私だから出来ることもあるんじゃないの?
総悟さんは私の決断を待っている。
「…なァ、もし土方さん以外の隊士だったら、そんなに悩まないんじゃねェですか?」
「……。」
「俺、アンタに言わないでおこうかと思ってたことがあるんでさァ。…多分、聞いたらアンタもう戻れねェですぜ。それで俺の知ってる全部を話したことになりやす。」
総悟さんが、私にあえて言わなかったこと。
それは何だか決定的な事実の気がして、聞いてはいけないような気がした。
けれど。
「…それを聞いたら、私はどうなりますか?」
「どうなるんでしょうねィ。意外と平気なのか、ぶっ壊れちまうか…。」
「もう、どのみち私は戻れない道にいます。だから、教えてください。」
膝の上に置いた拳を握りしめて、恐怖に耐える。
それを見た総悟さんは一瞬言葉を選ぶように目を伏せて、私の様子を見据えてから言った。
「土方さんがあの日誰かを斬った、なんて言いやしたが、真弓の親父さんを斬ったのは土方さんだと断言していい。」
「!!」
「事件が腑に落ちなかったのは俺も同じで、若干は調べやした。浪士達の死体を改める時に見た刀傷は、ほとんどが土方さんの太刀筋に違いねェ。そんでアンタの親父さんは…、」
「…父が、何ですか…。」
「どの浪士より刀傷を受けてて、首は斬り落とされてやした。俗にいうオーバーキルってやつ。一番惨たらしく殺されてたんでィ。」
「っ!!」
想像してしまった。
傷だらけ血塗れで、首を斬り落とされた憐れな父の姿を。
…ねぇ、そこまでされなきゃいけなかったの?
痛かったに違いない。
苦しかったに違いない。
父は最期、どういう気持ちで死んだのだろう。
土方さんは、どんな気持ちで殺したのだろう。
私の中で積み上げてきた土方さんへの想いとか思い出が、ぐしゃりと歪んでいくのが分かる。
そして、いつか夢に見たあのシーンが頭に浮かぶ。
血塗れの父と、冷たく笑う土方さん。
あの夢は、最悪の悪夢は、…現実になってしまった。

「これで全部。…あとは真弓が自分で決めなせェ。」
総悟さんは立ち上がると私の目の前に刀を置いた。
「え…?」
「任せやす。その刀を無視して屯所から立ち去るか、その刀でアンタの正体を知った俺の口を封じるか、…アンタの復讐を叶える為に使うのか。好きにすればいい。」
「…立ち去れません。ここまで来て、とっくに引き返せない。総悟さんは、善意で私に色々話してくれました。口を封じるなんて考えもしませんでした。」
「ま、真弓が慣れねェ刀で俺の口を封じるなんて出来るとは思ってやせんけどね。」

愛憎。
愛しいのに憎い。
憎いのに愛しい。
よく分からない、もやもやグチャグチャした気持ちが胸を満たしている。
(土方さん、…好きです。…すきでした。)
心は不透明なのに、頭の中だけがやけにクリアだった。

「総悟さん、刀お借りします。私、行かなきゃ。」
「…それが結論か。どうぞご自由に使ってくだせェ。土方さんが死ねば副長の座は俺のものでさァ。」
総悟さんは笑顔だった。
自分の上司が、仲間が殺されるかもしれないのに。
「生きてたら、…私が刀を返しに来ます。」
私はそれだけ告げて、総悟さんの部屋を出た。
「………善意、ね。俺はどうやら完全に絆されちまったらしいや。」

重い。
前に総悟さんから奪った時にも思ったけど、刀ってこんなに重いんだ。
(私、これで今から土方さんを…。)
考えはまるで現実感が無いのに、この刀の重さがそれは現実だと伝えてくる。
…思えば、あの日。
斡旋所から初めて真選組屯所に入ったあの日。
私が足を止めたのは土方さんの部屋の前で、もうあの時既に、真相に辿り着いていたんだ。
そんなことを、今、土方さんの部屋の前に立って思う。
遠回りをした。
残酷な遠回りだった。
今の私が土方さんに出会っていたら、好意なんて持たなかったに違いない。
土方さんはまだ作業しているようで、部屋に灯りが点いていた。
もっと暗くなって、視界を悪くしてから戦う?
…ダメだ、そもそも戦い慣れしてない私により不利になるだけだ。
それならば、変な小細工はいらないし、そもそも出来ないと考えるべきだ。

(変なの…。)
ここに来て、奇妙な感覚に陥る。
私はどうしても土方さんを許すことは出来ない。
だけど、誰かに土方さんを殺そうとするのを止めて欲しいみたい。
(止めるって何を?…説得で?そんなんじゃ止まれない。…馬鹿ね、本当は分かってる。)
私は死ななきゃ止まれない。
もちろん死にたくなんてないけれど。
このままじゃ、土方さんを殺してしまう。
誰か。

―土方さんを殺そうとする、私を殺して。

そんな事を心の隅で呟いて、私は小さく息を吸った。
誰も助けてなんてくれない。
誰も父を助けてくれなかったように。
私は吸った息を細く吐き出してから、土方さんの部屋の襖に手を掛けた。


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