#23. こんな真実なら、要らなかった
 
「…はぁ。」
近くの自販機で土方さんの煙草を買った。
コトン、と落ちてきたそれを見つめながら、私の気持ちもこのくらいシンプルに吐き出せれば良いのに、なんて思う。
用事は終わったのに屯所に戻る気がしない。
だって、また土方さんの顔を見たら何かを口走ってしまいそうで。
…言っちゃいけない。
そもそも、好きになっちゃいけなかった。
(手遅れ、だけどね…。)


次はいつ外に出られるのか分からないから、私の足は自然とアパートに向かった。
私は持っていたメモに分かるだけの事を書いた。
叔父さんが釈放されること。
父を殺した犯人が沖田総悟であること。
見廻りの強化が続いていること。
土方さんは書類に追われて、恐らく見廻りには出ないこと。
山崎さんが張り込みをするらしいから、心当たりがあるなら注意すること。
食堂のおばちゃん達は明日の昼まで戻らないこと。
…まぁ、最後のはいらないかもしれないけど、一応。

そしてメモには一番大事なこと…、いや、私の願いを書いた。
"私は刺し違えで沖田総悟を殺すつもりでいるけど恐らく叶わないこと、そうなった時に私の代わりに敵討ちを託したいこと"。
これで私が出来る最善は全て。
あとはもう私自身で成すだけだ。
私が敵を討てなくて、他の人も無理だったとしたら…それはもう逆に諦めもつく。
切り替えよう。
屯所に戻って、やらなきゃいけないこと全部やろう。


「遅い。」
「すみません、なかなか煙草の自販機見つけられなくて…。」
土方さんの部屋に戻って煙草を手渡すと、返ってきたのは労いの言葉じゃなくてお叱りだった。
「あ?この銘柄ならすぐそこの自販機にも、」
「えっと…売り切れてて。遅くなって申し訳ありませんでした。」
話を断ち切って私は作業を再開させた。
土方さんの方も大分書類を片付けたようで、何となく部屋がすっきりして見える。
(…うん、少しは気持ちが落ち着いた。)
未練とか執着とか、そういうものを全部あのアパートに置いてこれたのかもしれない。
土方さんは一段落したのか大きく伸びをする。
「あ…、煙草吸っちゃって大丈夫ですよ。少しだけ襖を開けても良いですか?」
「…あー、いや。ちょっと気分転換に外で吸ってくる。お前も休憩挟んで良いぞ。」
「まさか。土方さんの監視が無くても働きますから、ご安心を。」
「……本当によくできた部下だよ。」
土方さんは目を細めて笑うと、私の横を通りながら軽く頭を撫でて出ていった。
私より一回り以上は大きい手。
優しくて安心する手。
ここの人達の手は嘘みたいに優しいと思う。
でもそれは、誰かを殺す手だ。
(私に気を使わずに、ここで吸っちゃえば良いのに…。)
その手の感覚を消す為に、わざと自分で髪をぐしゃぐしゃにしてから作業を進めた。
…土方さんが屯所の外に出たなんて、知らずに。


「あァ!?」
「はァ!?」
「何しに来たテメェ!屯所の周辺うろつくたァ、ついにお縄につく決心が出来たのか?白夜叉ァ?」
「バカヤロー、たまたまここで人を待ってるだけだろうが!とっとと見廻り行きやがれ!この税金泥棒が!」
「…チッ。」
「ちょ、何その舌打ちィィィ!?あとテメ、こっち見て話しやがれ!自販機越しに見ンじゃねェェェ!!」
「………。売り切れ、か。」
「は?お前、マヨとニコチン摂取しすぎで視力落ちてンぞ。売り切れなんてひとつも、ってコラ待て無視すンなァァァ!!!」


書類を揃えて、ふぅと息を吐く。
一通りの仕事も終えて、何ならそれ以上の仕事を終えた充足感。
こんな時、すごく実感する。
私は普通で平凡な生活が一番合ってるんだって。
(今が真逆過ぎて、実感無いな…。)

それにしても、土方さん遅いな。
一本吸いに行くだけだと思ってたけど、他に用事もあったのかな。
土方さんと一緒にいられる時間が減っちゃうなんて、一瞬頭を過って苦笑。
馬鹿みたい。
…本当、馬鹿みたい。

力無く笑ってみたその時、土方さんが戻ってきた。
「何だお前、本当に休憩入れなかったのか。」
「え?…はい、やれる分はやっちゃいたいですから。」
「そんな焦らなくても、終わンねェやつは明日に回しゃ良いンだぞ?」
「………ですね。」
明日も土方さんとお仕事出来たら、きっと幸せなんだろう。
でも、私が選んだ未来はそれじゃない。
土方さんは私の気持ちに気付くはずもなく、私の横を通り過ぎて机に向かう。
(あれ…?煙草の臭いしないな…。)
結局吸わなかったのかな。
戻るの遅かったし、煙草吸う前に誰かに捕まって指示出しとかしてたのかもしれない。
副長って大変なんだろうなぁ…。
「…土方さん、お体大切にして下さいね。」
「お前も体調管理気を付けろよ。何か今日は様子おかしいし、熱でもあンなら早退しても、」
「しません。…しませんよ。」
仕事に関しては鬼だった土方さんがそんな事を言ってくれるなんて、私はそんなに様子がおかしいのだろうか。
土方さんは人の心を察するのが得意なようだし、私は顔に出やすいとも言われているから、…そうなのかもしれない。

自分でも意外だった。
確かに私は殺す覚悟も殺される覚悟も中途半端だったかもしれない。
でも、父の死に関する事実が分かるかもしれないのに、達成感も復讐心もあまり湧いてこない。
それどころか、悲しんだり残念がったりする自分がいるなんて。

その後は、何事もない振りをして勤務を終えた。
あれから土方さんは特に何も言ってこなかったし、私も何も言えなかった。
(書類やっぱり全部は終わらなかったな。)
まさか、そんなものが未練になるなんて全く想像してなかったけれど。
「…………お疲れ様でした。」
「おぅ、また明日な。」
「……っ、」
私は答えられなかった。
その代わりに深々と応えるみたいなお辞儀をして、土方さんの部屋から出た。


「失礼します。…総悟さん、いますか?」
私は約束通り、総悟さんの部屋を訪れた。
きっとゲームだったら"この先に進むと引き返すことが出来ません。進みますか?"って案内が表示されるんじゃないだろうか。
残念ながら、ここにはセーブポイントなんかなくて、本当に一発勝負。
(落ち着いて、これはゲームなんかじゃない。)
ゲームだったらハッピーエンドもバッドエンドも用意されているけれど。
私の人生というゲームは随分と前にバッドエンド以外選択できなくなってるじゃない。
…なら、躊躇ったって仕方ない。
「開けますよー?」
襖を開けて中を覗くも、灯りはついてないし総悟さんも居ないようだ。
「……自分から来るように脅迫したくせに。」
「まったくでさァ。」
「!?」
突然背後から声が聞こえたと思ったら、そのまま膝裏を蹴られて私はその場で転んだ。
「脅迫されたと理解してて、こんな無防備なんざ、やっぱお前馬鹿だろ。…あり?マジに屍姦希望してやす?」
「………最低。」
「ハッ、冗談でさァ。つーか、丸腰で来るってのァ予想外でしたがねィ。」
総悟さんは私が起き上がる前に覆い被さってきた。
この暗さや体勢は二度目で、怖いというより諦めの感情が先に浮かんだ。
私は総悟さんの瞳をじっと見る。
総悟さんはそれに気付くと、同じく私の瞳を見下ろしていたけど、程なくして溜め息を吐いた。
「何でィ。こんな至近距離大サービスしてやってるのに、鋏すら持ち込んでねェのかよ。」
「…何?どのタイミングで教えてくれるの?犯す前?それとも犯した後?…殺した後なんて言わせないから。」
「真弓さァ、何か勘違いしてやせんか?」
「ッ、」
総悟さんの指が私の首と鎖骨をゆるゆると撫でる。
「どうせ外に漏れてねェ事件調べてんだろ?…そんな重要な内容、タダで聞けるとは思ってねェよな?」
「……。」
それは理不尽なようでいて、正論だ。
私は撫でられ続けている首元のくすぐったさに、身を捩った。
「分かりました。…要求によっては飲みます。私はどうすれば良いですか?」
「素直だねィ。斡旋所在籍って過去があるなら罪悪感も抱かずに済みやす。」
「…つまり、体、ですか?」
何となくだけど、それは想定していた展開だから驚きはほとんど無かった。
ただ、実際にそうなるといよいよ堕ちるところまで堕ちたんだなと、自分の汚さを笑うしかない。
「…ま、そう言いたいのは山々なんですが、如何せんアンタの役職はあまりに厄介なんで辞退しまさァ。」
「え……?」
「だから、こっちから要求するのは"真弓の事実"だけにしてやりやす。全部ここで吐きなせェ。意味も分からず命狙われたままってのも釈然としねェしな。」
総悟さんはそう言うと、私を解放して座布団を投げて寄越した。
私は座布団を掴んで、慌てて起き上がる。
どかりとそのまま畳の上で胡座をかいて、じっと私が座布団に座り直すのを待つ総悟さん。
この、然り気無さ過ぎて通り過ぎてしまいそうな優しさを受けると、沖田総悟という人物の真意なんてますます分かるはずがないと思う。

総悟さんに向き合ってきちんと座ってから、私は彼の瞳を見た。
「私が貴方を狙ったのは、…父の、仇だから。私の人生を狂わせた元凶だから。」
「でしょうねィ。敵討ちってのは想定内でさァ。…で?アンタはどこの誰で、いつ家族を殺されて、どうやってここに辿り着いた?」
…本当に、話して大丈夫なの?
いや、ここまで来て悩むのはやめよう。
なるようにしかならないのだから。
「この春…。私の家で、父を含むたくさんの人が真選組に殺されました。どうも、有村邸事件って呼ばれてるみたいです。」
「! その事件…!」
「ええ、もうお察しでしょうけど、…私は有村の娘です。もしかしたら、あの日に一緒に殺されるはずだったんでしょうけど。」
「…死んでる。」
「はい…?」
「有村真弓って娘は死んでるって言ってんでィ。」

…はい???

総悟さんが何を言っているのかさっぱり分からない。
死んでる?誰が?私が??
「え、私、死んでるんですか??」
「有村邸の関係者で生きてんのは、入院中の婆さんだけって聞いてやすが…。なるほどねィ。」
混乱する私を無視して、総悟さんは一人何かに納得したようだった。
「その言い方だと…、私を殺したのは総悟さんなんですか?」
「まさか。だってアンタ生きてるし。…つーか、何で俺が親父さん殺ったって思うのか教えてくだせェよ。」
「何でって…。あの日、一番最初に斬り込みに行ったのは一番隊だって聞いて。」
「それ、俺じゃなくても成立すんだろ。憶測で命狙われちゃ堪んねェや。」
そう言われると、それもそうだ、と妙にすんなり思った。
何で総悟さんだと思ったんだろう。
…それが一番説得力ありそうだったからなのかな。
「すみません…。総悟さんが他の隊士に遅れを取るのが想像できなくて…。」
「リアクションに困る回答じゃねェか。まぁ、結果はどうあれ、誉め言葉として受け取りやす。」
「で、…結局、…。」
言い掛けて言葉を飲み込む。
いや、飲み込むというより、音にならなかった。
心の中では何度も何度も恨み辛みを込めて言ってきた言葉。
改めて声にするのは、誰かにぶつけるのは、初めてで。
私がずっとずっと知りたかったこと。

「結局、…誰が父を殺したんですか?」

自分の声を聞いて、何故だか父が亡くなったのを再認識してしまって少し苦しい。
総悟さんは、ただ真面目な顔で私を見据えていた。
「………それ、情報屋には聞いてねェんですか?」
「情報屋?…あの、万事屋さんのことですか??」
問われた意味が分からなくて聞き返したけど、総悟さんは返事をしてくれなかった。
情報屋って何のことだろう。
「一番詳しそうな人間の傍に居ながら、その正体を聞かされてないって事ァ、アンタにこの道に堕ちて欲しくなかったんでしょうねィ。道理で甘ェはずでさァ。」
独り言を呟きながら総悟さんが頭を掻いた。
指の隙間からさらりと流れる亜麻色の髪が綺麗だ。
「確かに現場に一番早く到着したのは、一番隊に違ェありやせん。従って中に踏み込んだのも俺達でィ。」
「じゃあ、」
「…残念だが、俺ら一番隊は誰一人斬ってねェ。到着した時には、全員死んだ後だったんで。勿論、アンタの親父さんもな。」
「父が、既に殺されてたって言うんですか!?真選組以外に!?そんなはずない!だって叔父さんはっ、」
叔父さんは真選組がやったって言ってた…!
私もそれが一番真実に近いと思ってた。
真選組が殺してないなんて言うなら、真実は何なの?
「あぁ…、一人だけ、この事件の全部を知ってる男がいまさァ。口を割るとは思えやせんが。」
「! だ、誰ですか!?攘夷志士の人ですか!?」


「土方十四郎。」


「………え?だって、真選組が到着した時には、」
どうして、ここで土方さんの名前が出るの?
土方さんは、関係無いはずでしょう?
ぐらぐら目眩を起こしそうな程、全身がこの言葉の意味を拒否している。
「土方さんだけ、先に現場に着いてた。門のところで煙草吸ってて"騒ぎを聞いて先に駆け付けたが見ての通り全部終わってやがった"って言ってやしたが…。それじゃ、あの返り血の説明が付きやせん。ま、黒の着流しじゃあ誰も気付かなかったかもしれやせんがね。」

聞いてしまった。
土方さんが現場に誰よりも早く居たこと。

ねぇ、返り血は誰のものなの?
…土方さんだったの?
嘘でしょ?
なんで、今さら…。
今になって、貴方が私の敵になってしまうの?

土方さんが、父を殺したの?
私が欲しかった真実は、こんなのじゃない。
こんなのじゃないよ。
…こんな真実なら、要らなかった。


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