番外編【徒花の途中/あやめ友情】
 
「はいっ。納豆と、納豆と、納豆と、それから納豆と、こっちも納豆で、あとこれも納豆で、…ついでにこれも納豆で、」
「納豆のゲシュタルト崩壊起こすわァァァ!!!」
喫茶店のテーブルに並べられた納豆の山を見て、ダンッと机を叩いてあやめが叫んだ。
その拍子にいくつか机からころりと落ちる。
もー、食べ物は大事にしなきゃ。
「あやめは納豆好きなんでしょ?何で怒るの?」
「ねぇ、それ素なの?アンタ馬鹿なの?…馬鹿だったわ。」
あやめは眼鏡を直しながら自己納得した様子。
「そうなの、馬鹿なの。私、完全に銀時さん馬鹿なの。最近は銀時さんがただ格好良いだけじゃなくて可愛く見えてきて愛しさとせつなさと心強さと、」
「ちょ、私の方が銀さんの魅力を理解してるんだから、知ったような口聞かないで頂戴!!」
「ななな、なにをぅ〜!?」
そこからはお互い銀時さんの魅力をいかに理解しているかという口喧嘩。
口喧嘩?のろけ?自慢?うーん、何だかよく分からなくなってきた。


今回あやめをお茶に誘ったのは私。
例の高杉が絡んでいた取引の件で、あやめにお礼をしたくて。
あの時あやめが来てくれなかったら、私は大切な仲間を失っていたかもしれない。
…それは、私にとって自分が死ぬより恐いこと。
だから、私が直接助けられた訳ではないのだけれど、あやめは命の恩人なんだ。

真選組に入隊して、割りと早い段階であやめと出会った。
たまたま作戦で組まされて、その見事な仕事ぶりに尊敬すら感じたのを今でも覚えている。
今みたいに口喧嘩出来る関係になったのはもう少し後で、私が銀時さんを好きになってからだ。
それまでのあやめは絵に描いたような始末屋というか、すごくクールな印象だった。
けれど今では変態というかストーカーというか。
まぁ、銀時さんを前にして暴走するのは私にも身に覚えがあるから否定はしないでおこう。

そんな訳で感謝を込めて納豆をプレゼントしたのだけれど、最初のリアクションな訳です。
好きなものプレゼントされたら喜ぶと思ったのに、難しい。
今まで仲間というものと無縁だった私は、当然友達と呼べるような存在はいない。
(…あれ、何か私、切ないぞ?)
まぁ、それは置いといて…。
だから、誰かにプレゼントなんてした事なくて、どうしたら喜んでもらえるのかよく分からない。
「あやめ、納豆プレゼントされるの嫌だった?」
「…っ、嫌じゃないわよ。ちょっと言ってみただけでしょ?…ありがと、もらっておくわ。」
らしくない小さい声で私にお礼を言うあやめは可愛い。
多分、あやめは優しいから要らないものだったとしてもこうやって受け取ってくれるんだろうと思う。
「だから私、あやめが好き。」
「な、何よ、突然。どうせまた"銀さんと真選組全員の次に"とか言うんでしょ?」
そうだね、と答えて笑ってみたけど、…比べられないよ。
それは幸せなこと。
気付いたら私の周りは大切なものでいっぱいになっていた。
たったそれだけの事なのに、これ以上ないくらい幸せ。

「でも良かった。なかなかあやめに会えないから納豆腐るかと思ったよ。」
「は?納豆は別に腐ってるわけじゃ…、ちょ!アンタこれいつ買ったの!?賞味期限全部昨日か今日じゃないの!!?」
「やったね!今晩は納豆と納豆と納豆と納豆だね!」
「…ちょっと歯ァ喰い縛りなさいぃぃ?」
青筋立てながら笑顔だなんて、まるで副長みたい。
副長は今日も隊長の襲撃を受けてこんな顔してたっけ。
「まぁまぁ、納豆はおまけみたいなもので、本命はこっちだから。」
私は鞄からきちんと包装されたプレゼントをあやめの前に差し出す。
店員さんに"ご自宅用ですか?"と聞かれたから"いえ、大切な友人に贈ります"と答えたら、びっくりするくらい綺麗に包装してくれた。
その甲斐もあって、あやめは目を丸くしてそれをじっと見つめている。
「真弓にしては凝ったサプライズじゃない…。開けても良いかしら?」
「どうぞ。」
「まぁ、アンタのことだから壊れた文房具とかなんでしょ?銀さん使用済みなら喜んで…、……、」
「……ど、どうかな?一応あやめに似合うのを選んだつもりなんだけど。」
私があやめに贈ったのは櫛だった。
淡い桃色と紫色が透き通って、飾りに小さな花と蝶があしらわれている。
お洒落には疎いのだけど、店員さんが言うには今江戸で大人気のデザインらしかった。
「これ…。」
「うん、あやめ髪長いじゃない?私あやめのサラサラの髪、ずっと綺麗だなーって思ってて。私達はさ、仕事柄あんまりこういうのに縁が無いけど、非番の日とかたまには良いのかなって。」
「何?銀さんの興味が自分に少し向いたからって余裕のつもり?」
唇を尖らせてわざと拗ねたような顔をするけれど、別に言葉に悪意は感じない。
病院での大体の出来事は、言ってないはずなのにあやめは知っているらしい。
祝福も宣戦布告もしてこないのは、彼女なりの複雑な心境もあるんだろう。
…立場が逆なら、私はどうしただろうな。
もうあやめになんて会いたくない、とか我儘言ってしまうのかな。
だからこそ、あやめがこうやって誘って応じてくれた事がありがたい。
「そんなつもりはないよ。だって、私と銀時さんは付き合ってないもん。多分、きちんとお付き合いする事は…無いんじゃないかな、なんて。ははは…。」
言いながら、ずっと考えていたことが映像になって脳内に浮かぶ。
それは幸せな映像じゃなくて、少し、切ない。
「…聞いてるわよ?銀さんがアンタに好意があるって。」
「うん…。でも、ほら…。人の気持ちは変わるから。それに、あの時は状況が特殊だったし、銀時さん自身も冷静に考え直せば、」
「ふざけんじゃないわよ。」
私の言葉を遮って、唸るような低い声であやめが言った。
「アンタね。銀さんがそんな芯の無い男だと思ってんの!?恐くなったんでしょ!?他人と向き合うことが!銀さんに適当な言葉を返されるうちは流せるけど、真摯に向き合われたら逃げられないから!!銀さんの何を見てきたの今までッ!!」
急に声を荒げるから、他のお客さん達が一斉にこちらを向いた。
私が小さく会釈すると、一瞬凍った喫茶店の空気は溶けた。
「…あやめ、本当に銀時さんが好きなんだね。」
「はぁ!?何を今さら…!!」
「私ね、銀時さんには"真選組を辞めずに私の事を好きにさせてみせる"なんて言ったけど、叶わないのは何となく分かってるんだ。」

もし、銀時さんが私に言ってくれた"好き"が、私が銀時さんに抱く"好き"と同じならば。
真選組を辞めれば、銀時さんは本当にお付き合いしてくれるのかもしれない。
口では"真選組を辞めろ"なんて言うけど、銀時さんは私の為に真選組を続けることを応援してくれてるのを知っている。
だけど、私が真選組に居続ける限り、銀時さんに心配を掛けてしまうのは間違いない。
そんな危なっかしい女なのに彼女にしてなんて、到底無理な話。
だって私は万事屋で銀時さんの仕事の手伝いも出来なければ、家で家事をして帰りを待ってあげる事も出来ない。
彼の為に、何もしてあげられない。
世間でいう"彼女"としての資格は恐らく無いだろう。
くわえて、真選組という組織に属している以上、いつ死んでしまってもおかしくない。
私は局長や副長、隊長や皆を守れるのなら、絶対に無理をする。
きっと、銀時さんが無理をするなと私を叱ったとしても、こればかりは譲れない。
だから。

「だから敵に塩を送るの?馬鹿じゃないの、アンタ。」
「…違うよ。あやめになら、銀時さん取られても仕方ないかなって思うの。…応援はしないけど。絶対に応援はしないけど。絶対に。」
「取られて嫌だと思うなら、チャンスを手放すようなマネすんじゃないわよ。情けは不要。そもそもアンタに譲るつもりは無いし、私は私のやり方で銀さんと幸せな未来を築くんだから。」
あやめのこういうところ、本当に格好良いと思う。
尊敬というか、少し憧れる。
「お互い立場とか難しいのは分かる。でもね、真弓。一番最初に大事にしなきゃいけないのは、アンタが銀さんをどう思ってるか、じゃないの?…馬鹿の癖に難しく考えるから駄目なのよ。」
「…なんかそれ、前に副長にも似たこと言われた。」
でも、そっか。
確かに頭よくないのに、難しく考えたって答えなんか出ないよね。
それなら、今分かってるところだけでも充分なんだ。
私が銀時さんを好きな気持ち。
幸せな未来が来ても、不幸な未来が来ても。
これだけは、否定しちゃいけなかったのかもしれない。
「私、あやめがライバルで良かった。……負けないから。」
「私だって真弓に負けるつもりはないから。」
お互いに一瞬だけ睨み付けて、すぐに笑いあった。
うん、あやめと話せて良かった。
私は愚直で良いんだ。
だって私は"猪闘牛娘"だもんね。


支払いを終えて喫茶店の外に出ると、太陽の光が眩しくて思わず目を瞑った。
「あ。」
「ん?」
大変!私たぶん今、瞳孔ごっさ開いてるんじゃないかな。
"あ"、なんて一言でもう全部悟った。
きっと、あやめも同じだと思う。

「銀時さん!」
「銀さん!」
「げっ!?なんで揃って、」
我先にと銀時さんに向かって飛び掛かる私とあやめ。
こんなところで会えるなんて!
運命の赤い糸なんですね!きゃはー!!
銀時さんに抱き付こうと両手を広げて、その胸にダイブ!
「させねェよ!!?」
「ふぐっ!?」
私もあやめも、その頭を銀時さんに鷲掴みにされて押し返された。
「きゃー!これからは頭ポンポンじゃなくて、頭ガシッの時代なんですね銀時さん!思った場所と違うけど、受け止められちゃったー!!このまま私を離さないでー!!」
「銀さんったらつれないんだから!でも指先から愛が伝わるわ!そのまま髪を掴んで酷いことするんでしょ!?でも構わないわ、それが愛なら!」
「何なのコイツらァァァ!!マジ面倒くせェんですけどォォォ!!」

銀時さんがいて、真選組の皆がいて、あやめがいて、…素敵な人たちがいるこの江戸でなら。
どんな未来が来ても、きっと大丈夫。
徒花だったはずの私がこれからどうなるかなんて誰にも分からないんだから。
見たこともないような花を咲かせるのかもしれない。

「楽しみですね、銀時さん!」
「は?え?真弓、心の声は俺には聞こえねェから主語を、」
「銀さんが、銀さんは、銀さんで、銀さんに、銀さんを、」
「こっちはこっちで主語しか言ってねェェェ!!」
ふいに、あやめと視線がかち合って笑う。
あーあー、幸せそうな顔しちゃって。
…きっと私もあやめと同じ顔してるんだろうな。
「ねぇ、あやめ!このまま銀時さん家押し掛けて納豆パーティーしよう!」
「真弓にしてはナイスアイディアだわ!納豆パーティーしましょう!」
「何なのお前ら!!人の話聞きなさい!!何勝手に人ン家でレッツパーリィする気なのォォォ!!?」

儚く散ることはもう考えない。
この徒花はまだまだ成長の途中のようです。


end

 
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