#22.きっともう土方さんには会えない
 
複雑な気持ちでいっぱいだ。
私の目の前にいるのは父を殺した人物。
本当なら今にも復讐したい。
けれど、その実力差はあまりにも大きい。
土方さんの機転のおかげで、私はまだ斬られずに済んでいるだけだ。
…まぁ、それはいつでも殺せるって意味を含んでいるのだろうけれど。

「ちょっと話やしょうぜ。拒否権なんて与えねェけど。」
「………はい。」
そう答えると総悟さんは満足げに笑いながら、私の顔を覗き込んで言った。
「つーか、アンタらデキてんの?」
「…へ?…あ、私のんまい棒ー!!」
「俺の金なんだから、別に構わねェだろ。」
私にくれたはずの駄菓子の山から、んまい棒をひとつ取って総悟さんは涼しい顔して食べ始めた。
どういう状況なんだろ、これ…。

私は貴方を殺したい。
それは貴方も理解している。
私は貴方を殺せない。
それも貴方は理解している。
…理解の観点は違うのだろうけど。
私が殺せないのは私の心の問題、だけど総悟さんから言わせれば実力差の問題だと言うのだろう。
だから私は、今、どう行動すれば良いか分からない。
だって、総悟さんが見逃してくれるなんて思わなかった。
もちろん、土方さんの件が無ければ見逃してなんてくれてないだろうけれど。
復讐に失敗して生きていられる可能性を考えてこなかった。
それを思うと、改めて総悟さんを部下に置く土方さんの立場のすごさが分かる。
もし私が副長秘書を辞めたら、その瞬間から私を守るものは無いということ。
ううん、総悟さんが今起きた事を報告してしまえば、退職せずとも私はすぐに窮地に立つ。
総悟さんが真面目に土方さんに従っているから私は殺されないだけで、本来なら斬ってしまいたいのが本音だろう。

「…で、実際どうなんでさァ?」
考え込む私の横に総悟さんが並ぶように座った。
触れている肩からは敵意を感じない…気がする。
それは訓練で会得するものなのかもしれないけれど…。
「私と土方さんは、」
言いかけて、言葉に詰まる。
(…私と土方さんの関係って一体何なんだろう。)

上司と部下、が現在のお互いの契約。
でもそれは表向きのもの。
真選組と攘夷志士?
クライアントと斡旋所の女?
敵討ちの対象組織と復讐者?
どれもしっくりこなくて、結局のところ私と土方さんの関係を明確に表す言葉なんて出てこなかった。

「私と土方さんは、…ご存じの通り上司と部下で、それ以上でも以下でもありません。」
「…あーあ。予想以上につまんねェ答え。」
私がそう答えるのを想定していたように総悟さんは退屈そうに言った。
もう私に興味を向けている風でもないのに、総悟さんが私から離れる様子はない。
私は手元の駄菓子を膝の上に置き、五円玉に似せたチョコレートの包みを開けて口に放り込んだ。
高級チョコの味には程遠い、この安っぽさが何だか懐かしい。
それは遠い昔を思い出す味のような気がして、少し郷愁に浸ってしまった。
「…そんな噛み締めるように駄菓子食う奴ァ初めて見やした。それ美味ェの?」
「はい、美味しいですよ。まだありますから総悟さ、」
ふいに横の総悟さんに顔を向けると目の前に総悟さんの顔があって、近いと思った時には既に遅く。
「…甘ェ。」
「ッ!!?」
一瞬だった。
気付いた時には目の前に総悟さんの顔があって、気付いた時には総悟さんに舌を捩じ込まれていて、気付いた時には…全部終わった後。
「せ、セクハラです!警察呼びますよ…っ!」
「残念、俺が警察でさァ。…そんなんでよく斡旋所にいられやしたねィ。」
「それとこれとは…!」
「…男は女と違って、愛やら恋やら関係なく性欲だけで手ェ出せる生き物なんでィ。油断してると、アンタ全部食い尽くされちまいやすぜ?」
総悟さんの瞳が妖艶な色を濃く映していて、私は慌てて立ち上がる。
その拍子に膝に置いていた駄菓子が軽い音を立てて落ちた。
「何ですか、それ…。脅してるつもり、ですか…?」
「どうなんでしょうねィ?」
相変わらずこの人が何を考えているのか、私には理解できない。
総悟さんは舌舐めずりをしながら、ゆらりと立つ。
「こっちはアンタに殺されかけてんだし、報復に犯されるくらいの覚悟はあるんだろ?」
「…っ、だったら殺せば良いでしょ!?元より死ぬ覚悟は、」
「何。俺、今もしかして屍姦勧められてる?…そもそも、死ぬ覚悟も殺す覚悟もねェくせに、そんな事よく言えやすね。」
「!」
自分でもやっと気付いた事実を剥き出しに突き付けられると、反論のしようもない。
(死ぬ覚悟も殺す覚悟もない、か。)

じゃあ私はどうすれば良かった?
父の突然すぎる死を、お行儀良く受け入れれば良かったの?
それが出来なかったから、こうなったんじゃないの?
足元に散らばった駄菓子をただ見詰める。
顔はあげられない、少しでも動いたら泣いてしまいそうだ。
…私は、あの日から、泣いてばかりね。

「冗談でさァ。バレたら俺が土方さんに殺されちまいやす。」
明るめのトーンで告げられた言葉に思わず顔をあげる。
「……。」
「ま、いいや。俺に包丁を向けた罰は今のチューでチャラにしてやりまさァ。」
ころころと表情を変える総悟さんは、やっぱり何を考えているのか分からない。
「今日の仕事が終わったら俺の部屋に来なせェ。どうやらアンタは真選組じゃなくて俺に用があるみてェだしな。…来なかったら、土方さんに報告入れやす。」
「…分かりました。」
そんな事を言われてしまえば逆らうなんて出来ない。
確かに総悟さんは、私が副長秘書であるうちは殺さないと言った。
でもそれは、私にひどいことをしない、という事とは別だ。
どうにも手が早い印象だし、発言は不穏。
ただ、事実に向き合えるかもしれない機会が巡ったのだと考えれば、私が望んだ結果なのかもしれない。
私の身がどうなるかは分からないけど、父の事件の真相はこれで分かる。
その結果、私がまた総悟さんに刃を向ける可能性はある。
…二度は見逃してもらえないだろう。
それでも私を殺さないのかもしれないけれど、土方さんに報告はいくだろうし、私も無事では済まないだろう。
奇跡的に私が総悟さんに復讐を果たせたとして、ここにはいられない。
今日の仕事が終わってあのアパートに連絡するのが一番理想的かもしれない。
総悟さんの見廻りルートを探れば、万が一でも総悟さんを殺せるかもしれない。
本当はそれが一番理想的で、…一番汚くて卑怯。
(土方さん…。)
私はどれを選んでも、きっともう土方さんには会えないだろう。
ううん、どんな顔して会えっていうのだろう。
それなら、今日一日を大事にしなきゃ。
受けた恩は計り知れない。
それを少しでも返せるように過ごそう。
私は食堂を出て女子トイレに向かうと、鏡の前で何回か笑う練習をしてから土方さんの部屋に戻った。


「土方さん!こっち終わりました、次の書類下さい!」
「ぉ、おう。…何か急にやる気出したな。さっきからやたらハイペースじゃねェかよ。…何かあったのか?」
「…駄菓子もらいました。」
「駄菓子だァ?」
土方さんは怪訝そうに額にシワを寄せてから、書類の束を私に差し出した。
「私、頑張りますから今日は任せてください。」
出来る限り数をこなして土方さんを楽にしてあげたい。
昨日あれだけ格闘した総悟さんの書類は他にもあって、とりあえず今ある分だけでも終わらせたい。
…これだけは言わなきゃ、総悟さんに。
"土方さんを困らせないで下さい"って。
もちろん、聞き入れてくれるとは到底思えないけど。

土方さんは暫く私を見ていたようだけど、それにはあえて気付かない振りをした。
視線を感じなくなってから土方さんの方を向くと、真剣な横顔。
こんなの、土方派の先輩方じゃなくたって格好良いなって思っちゃうよ。

(どうなるんだろ、私。)
総悟さんの言葉全てを信じるわけじゃない。
私を油断させておいてグサリ…、なんて可能性が無いなんて誰が言えるだろう。
(…言いたいな。)
土方さんにお別れの言葉、ちゃんと言いたい。
(馬鹿か私、…土方さんには何も言えない。言っちゃいけない。)
それでも。
もし、総悟さんの部屋に行くことを言ったら、止めてくれるのかな。
もし、総悟さんの部屋に行くことを言ったら、守ってくれるのかな。
…そんなの、ただの私の願望で、現実味なんてありはしない。
だからせめて、サヨナラくらいは伝えたいと思うのに。

「…………………すきです。」

「んァ?何か言ったか?」
「ッッ!!何にもッ!!?」
ビックリしたビックリしたビックリした!!!
何で声に出しちゃったの!?
っていうか、私、今なに言った!?
(うわ、顔あっつ…。)
私、相当さっきのこと動揺してるんだな…。
じゃなきゃ、あんな言葉、土方さんの前で出るわけ無いんだから。
土方さんに聞こえなかったのがせめてもの救いだ。

出来ることなら、もっと一緒にいたいなぁ。
行くの止めようかなぁ、総悟さんの部屋に行くの。
取り戻せない日々の為に死にに行くより、全部忘れて自分に優しい日々を生きる方が良いんじゃないの?

あぁ、きっとそれが正しい。
だから私はそれを選択できない。
だってもう、間違えてると思う道を歩いてるんだから、引き返すなんて今更。
(大丈夫、私の片想いだもの。未練なんて…。)
一時だけかもしれないけど、確かに私は幸せだったんだ。
こんなに温かい気持ちになれたのだから。
「土方さん。」
「? どうした、改まって。」
「…私が突然いなくなったら、また副長秘書を募集掛けてくださ、」
「おま、ふざけンじゃねェぞコラ!!バックレか?入社二日目で退職申請たァ良い度胸じゃねェか。あァ!?」
「ひっ…!う、うそです、ごめんなさい、あ、土方さん煙草切らしてますよね、買ってきますね、メーカー分からないからカラ箱借りますね、行ってきます!!!」
「オイっ、真弓…!!」
土方さんが呼び止めるのを無視して、私は屯所を飛び出した。

声に出したら、余計に意識してしまった。
土方さんが好き。


「っうぉ!?こら、飛び出し注意しろ。車と銀さんは急には止まれねェぞ。」
「え!?坂田さん!?」
屯所の門を出たすぐ、スクーターに乗った坂田さんに会った。
速度が出てれば跳ねられたのは私だ。
「あはは…。」
「真弓チャンンン?どっか頭ぶつけた!?」
そっか、人っていつ死ぬか分からないんだ。
当たり前か。
「急いでいるので、これで!」
私はあと何回坂田さんに会えるのかな。
坂田さんにもサヨナラ言った方が良かったのかな。
迷った心に振り回されないように、煙草のカラ箱を握り潰して私は走る。


「……とんでもねェ場所から出てきやがって。」
呆れにも似た重い溜め息を吐く。
振り返らなかった私はそんな事知る訳もないのだけれど、私はまた坂田さんに心配を掛けたような気は、何となくしていた。


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