#21.敵討ちなんて決心、本当にあった?
 
「土方さん…。」
「……。」
「聞いてますか?土方さん。」
「…おー。」
「土方さん、沖田さんのこと好きですか?」
「……。」
「ひーじーかーたーさー…、」
「煩ェ!!」

はあぁ、と私を牽制するかのような溜め息を土方さんに吐かれた。
「…真弓、今何時だと思ってる。」
「え?はい、お昼も食べたおやつ時です。」
「分かってンじゃねェか。お前は朝イチから今の今までずっと俺に同じこと聞いてる自覚はあンのか?」
「……だって。」
聞いてしまうのは仕方ないじゃない。
土方さんが総悟さんと仲良しじゃなくたって、お互いが信頼しあって頼りにしてるのは間違いないのだから。
仲間が死んだら悲しい、なんて極々当たり前なことを言ってくれた土方さんだからこそ、私は心配してしまう。
私は本当に総悟さんに復讐しても良いのだろうかって。
…土方さんが止めたからといって、この気持ちが整理される訳じゃないんだけれど。
「……ちょっと席外します。」
「迷子になンなよ。」
ぶっきらぼうに言うその言葉も、どんな顔をして言ってくれてるのかを思えば、やっぱり私の胸は正直に高鳴るのだ。

私は迷うことなくお手洗いに向かう。
大部屋の横を通りすぎる度に、何だか遠い昔のような実感が湧かない不思議な感覚に陥る。
ひとつ選択が違えば、私は土方さんと言葉を交わす事も無かっただろう。
今となっては、とても想像できないけれど。
そして、少し歩いた時、後ろから呼び止められる。
「おーい、真弓ちゃん!」
「あ!局長さん!お疲れ様です。」
相変わらず人懐っこい笑顔だなぁと、ついつられて頬が緩む。
「いやぁ、真弓ちゃんのおかげで、お妙さんとの会話がすごく盛り上がってなぁ!感謝してるよ、ありがとう!」
「いえ、私なんかで会話が弾んでくれたのなら、こちらこそ嬉しいです。…お妙ちゃん、変わらず元気みたいで安心しました。」
局長さんは本当に嬉しそうで、お妙ちゃんには悪いけど彼を応援したくなる。
まぁ、…局長さんが私の話をしてしまったという事は、お妙ちゃん達に屯所で働いていることがバレたわけだけど。
それでも、私がここに長く留まることはきっと無い。
何故なら欲しかった答えは私の手の中にあるから。

「…そういえば、真弓ちゃんの事を総悟が探してたぞ。」
「え………?」
突然出された総悟さんの名前に頭痛がする。
「私、何かしました、か…?」
「何かするもなにも、真弓ちゃんとは昨日会うのが初めてじゃなかったか?」
「そう、です…よね…。」
総悟さんとは本来なら昨日会うのが初めてになる。
それなのに私を探しているなんて、事情を知らなければ何事かと思うのが普通だ。
「昨日の件でって言ってたが…。」
昨日の件、…私は総悟さんに責められたのを思い出す。
総悟さんは最初から私を疑っていたし、昨日掛けられた言葉は決定的だ。
それもあって、そこまで警戒されている私が復讐を果たせる見込みは著しく下がるわけなのだけれど。
(それにしても…総悟さんが私を探している…?)
総悟さんの中で私の不信感が確信に変わって、私を殺しにくるのだろうか。
屯所内で大騒動を起こしたらどうなるかくらい、彼は分かっているとは思うけど。
(そういえば、総悟さん。局長さんの事すごく慕ってるっぽかったな。)
きっとその逆も然りで、局長さんだって総悟さんの事を大事にしていると思う。
土方さんと同じ。
きっと仲間が死んだら、当たり前に悲しい。

そう思うと、私の復讐は何なんだろう。
総悟さんを殺せたとして、嬉しいのは私だけ。
総悟さんが殺されたとして、悲しいのは土方さんや局長さん、山崎さん。
他の真選組の皆や、食堂にいる女中さん、斡旋所の沖田派の先輩達。
他にもたくさんいるに違いなくて、それに気付いてしまったら私は復讐を自分のエゴだけで押し切れるのかさえ分からなくなる。
私がやりたかった事、果たしたかった事はどれだけの価値があるのだろう。
他のたくさんの人達を悲しませてまで遂行すべきものだった…?

「…ごめんなさい。」
「お、おいおい、どうしたんだ?そんな顔しないでくれ。」
局長さんは、よしよしと私の頭を撫でる。
結局、私は中途半端だ。
敵だって分かっているのに、こんなにも優しくて温かい人達がいるこの場所が好きになりそうで。
向き合いたくなかったけれど、ただ単に…寂しかったのかな、私は。
父が殺されて、叔父さんが連れていかれて、そして独りぼっち。
敵討ちなんて決心、本当にあった?
独りぼっちが寂しくて、それを奪ったものに当たり散らしたいだけだったんじゃないの?
…そうじゃなければ私が真選組に、土方さんにこんな気持ちを抱くなんて有り得ないんだから。
それでも私は、復讐というエネルギーを失ってしまったら壊れて止まってしまう。
惰性でも構わない。
父が殺されたあの時、辛くて悲しくて憤った気持ちは本物だった。
今もそれが残っているのなら、やっぱり止まっちゃいけないんだ。
「…それじゃ、私もう行きますね。」
「ああ、引き留めてすまなかったな!また今度ゆっくり話させてくれ。」
ニカッと笑う局長さんの笑顔はやっぱり眩しくて、私は少し惨めな気持ちになった。

お手洗いに行く途中にある食堂の横を通って、その静かさを不思議に思って中を覗き見る。
明かりも点いてないし、料理の匂いもしない。
お昼にはおばちゃん達も居たし、本来ならそろそろ夕飯の仕度が始まる時間なのに。
「どうしたんだろ…。」
「慰安旅行らしいですぜ。ゆっくり休んでも構わねェのに、俺らが心配で夕方から一泊、明日の昼には戻ってくるんだと。」
「へぇ……。………!!?」
真後ろから声を掛けられて、私は身を固くする。
だって、この声は。
「探しやしたぜ、真弓。」
「…総悟、さん。」
そういえば局長さんが、総悟さんが私を探してるって言っていた。
こんなところで立ち止まらず、早く土方さんの部屋に戻れば良かった…!
ゆっくりと振り返り、総悟さんの姿を確認する。
当然といえば当然だけど、やっぱり帯刀している。
冷たい汗が背中を走った。
(逃げられないのなら、ここでやるしかない…。)
生憎、私の手持ちに武器は無い。
だけど幸か不幸か、ここは食堂だ。
私は力一杯総悟さんを突き飛ばし、食堂の奥へと走る。
シンクの扉を開けると、……あった!!
「っ、いきなり何しやがんでィ。」
一瞬だけ怯んだ総悟さんは眉間に皺を寄せながら私に近付いてくる。
「こ、来ないでッ!!」
私は調理用の包丁を両手で握りしめ、切っ先を総悟さんに向けた。
それでも総悟さんは表情ひとつ変えない。
女だから甘く見られているのか、実践経験の差か。
…私だって分かってる。
総悟さん相手に包丁を向けることの無謀さを。
だけど、仲良くなって毒を盛るという事が出来ないと既に知っている相手である以上、直接戦う以外に方法が無い。
「来ないで、ください…!!」
私の持つ包丁の間合いに総悟さんが入る。
だけど、完全に動揺してるのは刃物を構えている私の方。
総悟さんは抜刀するどころか、刀の柄にすら触れていない。
「…先に刃を向けてきたのはアンタだから、この後の俺の行動は全部正当防衛って事になりやすぜ?」
包丁の切っ先が総悟さんまで数十cmになった頃、彼は不敵に笑ってそう言った。
笑ってる…、刃物を向けられているのに。
これを異常と思うか思わないかが、私達一般市民と真選組との生き方の違いなのかもしれない。
それに気付いたら震えているのは私の方で、包丁を真っ直ぐ総悟さんに向け続けるのが難しかった。
「何それ、武者震い?…止めてやろうか。」
「や、…」
私が言葉を発するより早く、総悟さんが踏み込んできて包丁を素手で掴む。
驚いた私は入れ違うように包丁から手を離した。
「ぁ、…あ、…」
後退りをしたらそのまま壁にぶつかり、よろめいた私はその場に力無く座り込んでしまった。

ずっと怖いと思ってた。
殺されてしまうかもしれない事を。
ずっと復讐したいと思ってた。
殺してやれ、同じ目に合わせてやれ、と。
…今頃、気付く。
本当に当たり前の事に。
(私は、人を殺すのが、怖い…。)
殺すのも、殺されるのも嫌だ。
それは至極真っ当な思考。
じゃあ、攘夷浪士の皆さんにこの後の事をお任せする?
選択肢は無い。
私は、ここで総悟さんに殺されるのだから。

ああ、でも。
総悟さんを殺せなくて良かったのかな。
土方さんを悲しませずに済むのなら。
…お父さん、もうすぐ会えるね。


「簡単に武器を手放すな。刺し違えるくらいの姿勢でいけ。思い出せ、どうして復讐したかったのか。」
私の上から降ってきたのは、意外すぎる言葉。
包丁の刃を握った総悟さんの手からうっすらと血が見える。
…総悟さんは、もう笑っていなかった。
「自分より格上の相手と戦うには頭を使え。生死が懸かってんだ、汚いも卑怯もねェや。」
そう言いながら、総悟さんはその場で包丁を手放した。
包丁は刃先から床に刺さり、きっともう調理には使えないだろうと働かない頭で思った。
総悟さんは座り込んだ私と目線を合わせるようにしゃがむ。
「半端な覚悟しかねェなら、」
「!」
「こんな生き方はやめなせェ。」
何故かその言葉は、土方さんの声音で私の中に落ちた。
言われたことがある。
いつ…?
遡って思い出したのは、一番最初に屯所に立ち入って、土方さんに会った夜。
布団を用意されて、眠った振りをしていた私の頭を撫でながら、言った。
"……こんな生き方すンな"。
あれは間違いなく私を心配しての言葉だったから、同じ言葉を紡ぎ今すぐに私を殺さない総悟さんも、情けを掛けてくれているのだろうか。
鬼だ、人斬り集団だ、チンピラ警察だと言われるこの人達は、…ちゃんと血の通った人間だった。
「最近のガキは想像力が無くていけねェや。悪党の末路くらいは理解出来るだろ。…なァ?」
「……っ、」
思わず目を瞑る。
慈悲があるなら苦しまぬよう一思いに。
悲惨な末路なら、じわじわと嬲り殺しか。
直に訪れる痛みに備えて歯を食い縛った瞬間。

コツッ…

あまりにも弱くて軽い痛み。
「……え?」
どうやら何か頭にぶつけられたらしい。
うっすら目を開けてみると、私の前に小さい箱が落ちていた。
箱には堂々たる"酢こんぶ"の文字。
(え?なに?どういう事??)
私は酢こんぶを凝視したまま、思案を巡らせる。
これはどういう意味なんだろう。
分からない、何かの暗号?
私には馴染みの無いこの箱を見て、やっと一つだけ分かるとすれば。
(神楽ちゃんが好きだったなぁ、これ。)
思えば初めて会った時も食べていたような気がする。
あの日、恐る恐る踏み込んだ"万事屋銀ちゃん"はとても賑やかで温かい場所だった。
坂田さんはあれからも私の事を気に掛けてくれているし、新八君は若いのに気遣いの出来るとっても良い子、神楽ちゃんは元気一杯でこっちまで笑顔になっちゃうし、定春君はすごくモフモフ。
出会って少ししか経ってないのに、私にとって大事な人達だ。
きっと万事屋は、今日もわいわい賑やかなんだろうな。

「変な奴…。」
ぼそりと呟いたのは総悟さんで、私は自分の置かれている状況に引き戻された。
「あの、これ……、」
「初めて見た気がしやす、アンタが笑うの。…なるほどねィ。駄菓子ってのは意外だったが、これはなかなかレア情報だったらしいや。」
「??」
総悟さんは有無を言わせず私の手を取って、その箱を乗せた。
「え、と…??」
「あと、これとこれと…。」
酢こんぶの箱の上に置かれるのは、んまい棒と五円玉の形のチョコと…駄菓子屋さんで見るお菓子達。
あっという間に私の両手には駄菓子の山が出来上がっていた。
どうやら全て総悟さんの隊服のポケットに入っていたらしい。
状況が飲み込めない私を見て、総悟さんは悪戯っぽく笑った。
「わざわざ真弓の為に買ってきてやったんでィ。感謝しなせェ。」
「っえ、あ…。あ、ありがとうございます。嬉しいです…。でもあの、私、今すぐ斬られるので、」
「ははっ、馬鹿だろお前。最初からそんなつもりはありやせん。」
「でも、私を探してるって…!」
「ん?あぁ、もう用件済みやした。」
それ、と総悟さんが指差したのは私が受け取った駄菓子。
総悟さんは私に駄菓子を渡す為に探していた?
私を殺す為じゃなくて??
「一応、昨日ビビらせちまった詫びっつーか…。いや、殺す覚悟も斬られる覚悟もねェくせに、よくここまで辿り着いたと感心してんでさァ。」
まるで私の心を読んだかのような総悟さんの言葉に声を失っていると、彼はそのまま続けて言った。
「アンタを殺すつもりはありやせん。…今は。」
「どうして…。だって、昨日は…。」
「あぁ。確かに近藤さんに何かするつもりでいるなら即刻その首を斬り落としてやりやすが、土方さんの専属秘書だって言われりゃ俺らが易々手を出すわけにはいかないんでさァ。」
そういえば土方さんが、副長秘書って肩書きがあれば他の隊士に手を出されないって言ってたっけ。
「何つーか、土方のヤローに助けられやしたねィ。…こうなるのを分かっててやってんのか分からねェのが最高に腹が立ちやすが。」
「土方、さん…。」

初めて総悟さんに会って襲われそうな時、心で助けを求めても貴方は助けには来なかった。
昨日、総悟さんに追い詰められて絶望している時、土方さんに助けを求めてしまう事に自嘲した。
貴方は無意識だろうけれど、一時的に助かった。
そして、今日。
私は土方さんに守られている事を知った。
(胸の奥が熱い…。)

ねぇ、だったらもうひとつ助けて欲しいの。
復讐したい。
けれど、総悟さんに死んで欲しくないの。
…ううん、本当は誰も死んで欲しくない。
大切な人を失う悲しみを、私は知っているから。

ねぇ、土方さん。
私は、どうしたら良いの?


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