#20. 仲間が殺されたら、悲しいですか?
 
少し歩いて連れてこられた場所は、大衆食堂だった。
「前みたいな料亭より、こっちのが落ち着くンだろ?」
「は、はい…!」
昨日のような料亭はやっぱり私には敷居が高い。
それならこの食堂の方がまだ落ち着くのは間違いなかった。
中間管理職だからなのか、土方さんは相手の事を察する能力が高いように思う。
…私の場合は、察せられると色々不都合があるのだけど。

中に入ると夕飯の時間には遅いけれど、まだまだ沢山の人で賑わっていた。
「まぁ、最近見なかったわねぇ!土方さん、お仕事忙しかったの?」
「ん、まぁそんなとこだ。俺はいつもので。」
馴染みのお店なのか配膳をしていた年配の女性とにこやかに話す土方さん。
厨房には年配の男性が料理を作っていて、ここが夫婦で経営している店だと分かった、
どうぞ、と差し出されたお品書きに目を通す。
「すみません、焼き魚定食で。」
「あいよ!」
活気のある返事を受けて、店内を見回す。
配膳をしているのは年配の女性だけじゃなくて、若い女性が二人。
「家族で経営してンだと。」
私の心の中を読んだかのように、土方さんはぽつりと言った。
なるほど、じゃああの娘さんは姉妹なのかな。
(家族、か。何だか…温かいな…。)
もう私が持っていないから余計にそう感じるのかもしれない。
これで祖母と叔父さんがいなかったら、心が壊れていたかも…。

「真弓。」
「わ!?すみません、考え事してました。…また顔に出てましたか?」
「…まァ、腹が減ってンならそういう顔にもなるだろうよ。」
土方さんは煙草を取り出して咥えながら言った。
今日、私が来てから一度も煙草を吸わなかった土方さんだけど、やっぱり我慢してくれてたんだ。
煙草を持つその姿を見て、土方さんはこれだなぁ、なんて改めて思う。

「お待たせ致しました。」
少しだけ生まれた沈黙を破って、店員さんが配膳してくれた。
心なしかその顔が赤いのは、…理解できる。
確かに土方さんの容姿だったり雰囲気はモテる要素ばっちりだもの。

でも、それはそれ、これはこれ。

「………デジャブだわ。」
目の前に、黄色い物体が乗った丼が運ばれて来た。
見覚えがある、というより忘れられない。
私が土方さんと屯所で初めて会った時に食べさせられた、あの恐怖の食べ物だ。
「…土方さん、本当にマヨネーズが好きなんですね。」
「あぁ、愛してる。」
やけに実感の籠ったその言葉に店内の女性が一斉にこちらを向いた。
(違いますよ、土方さんが愛してるのは私じゃなくてマヨネーズですよー!)
土方さんはそんなことお構い無しに、煙草を灰皿に押し付けて火を消すと箸を握った。
私もそれに倣うように箸を持って、目の前の焼き魚定食を見る。

…この庶民の味方感というか、家庭の味みたいなのを体現してる料理に愛着すら湧く。
一人暮らしになって、なかなか魚を焼く機会も無くなったから、何となく心があたたかくなる料理に飢えていたのかも。
(美味しいものを食べてる時って等しく幸せなんだなぁ…。安心するような、悲しいような。)
掌を合わせて、いただきます、と呟いてから定食に手を付けた。
シンプルなんだけど、だからこそ美味しい煮物やお味噌汁は自然と胃に落ちて馴染む。

「美味しいです。」
「なら良かった。」
土方さんを見ると、丼は半分ほど減っていて一気にそれだけ食べて気持ち悪くならないのか心配になる。
「…それ、この店の名物か何かですか?」
「いや、これは俺専用メニューだな。土方スペシャルだ。」
「………。」
「オイコラ何だその目は。」
「あ…いえ、今の笑うところなのかと思って…。」
「ンだよ。お前も言うようになったじゃねェか。」
そう言う土方さんの顔はどこか嬉しそうで、私も何故かつられて嬉しくなる。

その後は他愛もない会話をしながらご飯を食べた。
好きな食べ物の話とか、好きな色の話とか。
どうでも良いような、だけどお互いが詮索しなくて良い浅いものを話題にした。
そんなこんなで、食後のお茶を頂いたりしながら今に至る。
店内も少し落ち着いてきて、店員さん達は厨房の片付けに向かったし、お客さんもさっきお会計が終わって出ていった人で、残りは私たちだけ。
ずっと店内に掛かっている有線だけが変わらず賑やかに聞こえる。
…あ、お通ちゃん、新曲出すんだ。

「真弓、今日は初日ご苦労だった。」
「え?あ、はい。こちらこそ、ありがとうございました。明日からもお願いします。」
「…つーわけで、大サービスで"臨時ボーナス"出すことにした訳だが。」
「あっ、そんな毎回毎回ご馳走になるわけにはいきません!むしろ、ここは私が払い、」
「お前が知りたいこと。」
「え…?」
「俺の知っている範囲の事は必ず答える。嘘は吐かねェ。…この店を出たら、何を聞かれたかも忘れてやる。」
「!!」
「こんな機会はもう二度と与えてやらねェから、よく考えて聞け。」

土方さんの真摯な瞳を見るに、その言葉は嘘ではないらしい。
私が何を聞いても本当の事を教えてくれるし、しかもそれを聞いたことを無かった事にしてくれる…?

「お前が調べてる人物、事件、…他にも何かあれば一つだけ答えてやる。」
「…それ、は…、誰が誰を斬ったのか、でも…?」
「あー…、主犯じゃなくて取り巻きなら分からねェが、何番隊が出動したかぐれェなら…。繰り返しになるが絶対に嘘は吐かねェ。信じるかはお前次第だが。」
土方さんは私の質問を待つ為に、また煙草を手に取った。

ひとつだけ。

あの時も、一つだけ教えてくれると言った。
"土方さんは事件の事を誰よりも把握している"。
それが、父の事を聞けずに私が土方さんからもらった質問の答えだった。
今、父の事を聞けば、土方さんは確実に答えてくれる…?

きっと主犯扱いなのだろうと思うから。
父を殺したのは誰ですかって。
でもそれを聞けば、私がその後、仇討ちに出るのは容易に想像出来るから土方さんが本当に見逃してくれるとは思わない。
もちろん、私の力で隊士に勝てないと理解していても。
私が攘夷浪士で仲間がいるって可能性を考えない人じゃないから。
それでも、今このチャンスを逃せば父の事は分からないままになるかもしれない。
「土方さん…。」
「…決まったか?」
「……。」
「決まったら言え。」

誰が私の父を殺したの?
どうして父を殺したの?
土方さん達が指示したの?
残された人の気持ちは考えないの?
真選組の人も被害を受けたの?
私が復讐しても見逃してくれるの?
…なんて、ぐるぐるぐるぐる。

「嘘は、吐かない…?」
「おぅ、約束する。」
「……土方さんは。…仲間が殺されたら、悲しいですか?復讐しますか?」
「真弓…。」
何故私は自分の生き方が合ってるのか確認するような事を土方さんに聞いてしまったのだろう。
きっと、自分自身よく分からなくなってるのだと思う。
「馬鹿野郎、ンな顔するなって言ってンだろうがよ。」
滲んだ涙に気付かれて、土方さんの親指が私の睫毛をなぞった。
「…はぁ、質問それでいいのかよ。俺の事を聞いたってしょうがねェだろ。もう一度よく考えろ。」
「いえ…、これで良いです。…今は。」
「……。辛くねェ訳あるかよ。それでも俺達は、大義の為に前に進むしかねェ。結果的に敵討ちになる事はあるだろうがな。」
「……、…そうですよね。ありがとうございます。」
(あぁ、本当に本当の気持ちを言ってくれてる。)
土方さんの瞳に嘘は映らない。
きっと私が本当に何を聞いても同じ瞳で答えてくれたに違いない。
そう思うと、土方さんの瞳を見詰め続けるのは困難で、私は思わず視線を下げた。
(当然だよね、仲間が死んで悲しくないわけがない。)
私がやろうとしている事は、土方さんを悲しませてしまう事なんだ。
「これは聞き流してくれて構わねェが…。」
「…はい。」
「俺は、お前がそういう顔すンのも見てて辛ェよ。」
「!」
「もう店出るから支度しとけ。」
私が顔を上げた時には正面に土方さんは座っておらず、振り返ると既にお会計を始めていた。
私は湯呑みに残ったお茶を全部飲み干してから席を立った。

「またご馳走になってしまって…、すみません。」
「そういう時ァ申し訳なさそうな顔すンじゃなくて、礼言って笑っときゃ良いんだよ。斡旋所の女の十八番だろうが。」
「う…、覚えておきます…。」
食堂を出て、傘を差しながら夜道を二人で歩く。
今日降りきってくれるなら、明日は晴れるのだろう。
結局、土方さんが与えてくれたチャンスを私は有効活用出来なかった。
今となってはそれが正しかったのか間違えたのか、よく分からない。
私が土方さんの秘書を受け入れたのは、欲しい情報が取れるかもしれないと言われたのも大きい。
…けれど、初日働いた感じでは難しいと思う。
仕事量が半端じゃなくて、とても目当ての資料を探せる状態じゃない。
というか、今日はほとんど総悟さんの報告書と始末書しか見てないし。
それもかなり雑に書かれていて、…さすがにあれで全部だよね?

「じゃ、ここで解散な。もう遅ェし、送ってやれねェ代わりにタクシーで領収書切って良いぞ。」
「へ!?い、いえ!歩いて帰れます大丈夫です!!土方さん、何か…っ!!」
「ンだよ…?」
「…、…何か冷え込んできた気がしますから、お体気を付けて。」
「……お前もな。」

何か、変だ。
何で土方さんはこんなにも私に甘いんだろう。
思えば、それは最初からで。
私が怪しいと気付いてからも、変わらなくて。
今日一日、一緒に過ごしてみてそれはほぼ確信になった。
…仕事に関しては一切甘くなかったけど。

土方さんの背中を見送り、私は暫くその場に立ち尽くした。
周りは静かで、雨音だけ。
あの日、全ての始まりの日に咲いていた桜は、私が俯いて過ごしているうちに、いつの間にか散ってしまった。
雨に打たれながらそんな事を思うと何となく切なくなる。
この切なさは、恋に似ている。
もう、とっくの前から分かっていたこと。
私にとって土方さんがどういう存在になったのか。
でも、それを認めてしまうと、…私は。
「これが恋だと言うのなら…、何て不毛。」
叶えてあげられない恋を温めても仕方無いのだけれど。
頭で理解するのと、心で納得するのはきっと別なんだ。

こんな風に心が迷った時の逃げ道が出来たことは本当に助かった。
私は一人じゃない。
攘夷浪士が潜伏している、あのアパートへと向かっていた。
出払っているのか、大家さんの部屋に明かりは点いていない。
私は手帳から無地のページを千切り取るとメモを残す。
『真選組、見廻りを強化中。沖田総悟も出動、要注意。』
これで、真選組に斬られる人が減ればいい。
だけど、逆に斬られる真選組は増えてしまうだろうか。
そうしたら、土方さんはやっぱり悲しむんだろうな…。
ちくちくと痛む胸の癒し方は分からない。
私はやれる事を全部やるだけ。
真選組を探るのも、攘夷浪士の活動の手伝いも。
(そういえば、ヅラさん達は元気なのかな…。)
あの人は、このアパートで会った攘夷浪士とは雰囲気が違った気がする。
そんなヅラさんの知り合いだったような坂田さんもまた、攘夷浪士だったりしたんだろうか。
…だとしたら、意外と世間は狭いのかもしれない。
まだ止まない雨に溜め息を吐きながら、私はアパートを後にした。


「………眠れなかった。」
翌日、雨はすっかりあがって朝日が眩しいくらいに輝いている。
眠れなかったのは、昨日色々あった事を改めて考えたりしたせいもあるのだけれど、一番は総悟さんの提出書類が夢にまで出てきたからだ。
直しても直しても終わらない報告書と始末書。
あれと今日も戦うのかと思うと、就業二日目にして出勤拒否したくなる。
とは思いつつ、休むわけにはいかない。
「今日も頑張るね、…お父さん。」
そろそろ結果を出さなくちゃ、ね。


土方さんから言われた通り、午前九時に屯所に来た。
けれど、どうやら朝の定例会議が長引いてるようで私の仕事は始められずにいた。
そりゃ、土方さんがいないのに書類整理なんてさせてもらえないよね。
「おはよう、真弓さん。」
「山崎さん!おはようございます!」
土方さんの部屋の前で座ってぼんやりしていた私に山崎さんが声を掛けてくれた。
「…眠そうだね。昨日は遅くまで作業してた?副長は女の子相手でも厳しいからなぁ。」
「いえ、そんな。……土方さんは優しいですよ。本当、こっちが困るくらい。」
ぽつりと零れた最後の言葉は山崎さんには聞こえなかったようだ。
「気を遣わなくて良いよ、まだ副長は会議でいないんだし。あ、そうだ。」
山崎さんは持っていた袋からコーヒー牛乳を取り出し、私に差し出した。
どうやら眠気覚ましに、ということらしい。
余計な気を遣わせてしまって申し訳なく思いつつお礼を言うと、山崎さんは柔らかく笑う。
「昨日の飴のお返し。…なんて、今日は張り込み初日になりそうだから買い溜めって感じかな。」
「…お仕事お疲れ様です。最近は大きい事件もないですし、これも皆さんが頑張って江戸を守ってくれてるからですね。」
コーヒー牛乳のパックにストローを刺しながら、本当に…、本当に何気無く言った言葉だった。
だから、まさか山崎さんからその言葉を聞くことになるとは、思っていなかった。

「そうだねー。最近で一番大きい事件はちょっと前の"有村邸事件"かなぁ。俺は現場を見に行ってないけど、結構大変なことになってたみたいで…。って、あー!これはまだ報道されてないのか…!真弓さん、今のは聞かなかったことにしてくれる!?」

あまりの衝撃に、私は呼吸するのを忘れてはいなかっただろうか。

「………誰にも言いませんよ。そんなに大変な事件だったのに…報道されなかったんですね…。」
声が震えているのが自分で分かる。
頭がクラクラして、心臓がバクバクしてるのが分かる。
その動揺を何とか隠したくて、私はストローを噛み締めた。
「まだ解決してないし、何より不思議な点が多いからかな。まぁ、この事件で嫌疑掛けられた人達も今日釈放されるから、その件もあって会議が長引いてるのかも。」
「!!」
もしかして、叔父さんはこれで解放される?
「それは…、その人に罪が無いことが証明されたからですか…?」
私がこんなに後先考えずに聞いてしまえるのは、土方さんじゃなくて山崎さんだからだろうか。
それとも、土方さんに対する気持ちを払拭したくて、無理矢理頭に事実を捩じ込みたいからだろうか。
「あー、罪が無いことを証明されたというよりは、罪があることを証明出来なかったって感じで…。そう言うと、警察は無能だと言われるんだろうけどね。」
「その事件…どんな事件だったんですか…?」
「はは、いやぁ…これ以上はちょっと…。」
「っ、山崎さん…!」
縋るように山崎さんを見つめると、彼は困ったように眉を下げた。
「…ごめん。言えないし、俺も正直詳しくないんだ。最初に斬り込みに入ったらしい沖田さんなら何か知ってるかもしれないけど…。」
沖田さん、…沖田、総悟。
「…無理に話させてすみませんでした。ちゃんと他言無用守りますから安心してください。ありがとうございました。」
「う、ううん。お互い仕事頑張ろうね。」
山崎さんは私にひらひらと手を振ってから奥の廊下に行ってしまった。


最初に斬り込みに入ったなんて、もう決定的だ。
彼なら他の隊士に遅れを取ったりしないだろう。
(総悟さん…。)
あなたが、私の仇なんですね。
予想を全くしなかった訳じゃない。
そして、その手強さから出来れば一番的中して欲しくない人物。
「それでも、やっと…辿り着いた…。」
パニックだった頭はやけにスッキリしていて、まるで私じゃないみたい。
想像の中で何度も総悟さんに復讐を果たす。
どうすれば良いのか、どうすれば成功しやすいのか。
幸い、総悟さんには嫌われているのか優しくされなかったのが救いだ。
妙な情を抱かずに済む。

ただ、それは総悟さんに対してであって。
…想像の中で倒れた総悟さんの近くに土方さんを思ってしまって、彼のその表情に胸が締め付けられる。

分岐点。
ここを過ぎると、もう、今の関係には戻れない。

それでも、私はー…。


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