#18.これで我慢してください
 
適当に鞄を探って掴んだのは、可愛らしい苺ミルク飴だった。
それを口に放り込んで空を見上げると、ちょっとずつ雲が出てきたように思う。
(オーナーにはちゃんとお礼したいんだけど、何が好きなのか、何をしてあげたら喜ぶのか分からないな…。)
出来れば、早めに。
…私はこれからどうなる身なのかも知れないから。

土方さんとのやり取りを思い出す。
彼は私が何かを抱えているのを勘づきながら真選組に迎え入れようとしている。
その何かを調べる為に私を監視下に置くのかもしれない。
(疑わしきは斬れ、じゃないのかな。もしかしたら、私は情けを掛けられてる?)
それでも、その理論でいくなら、父が斬られる理由は確固たるもので疑惑では済まなかったという事になるんじゃないだろうか。
一体いつから、真選組は父に目を付けていたんだろう。
口の中は苺ミルク飴の甘さが広がるのに、心は苦い気持ちのままだった。


「着いた…。」
屯所の前にはいつもの"真選組屯所"の文字。
この門をくぐるのは、これで三回目になる。
それでも一人でここを訪れるのは初めてで、緊張したまま動けない。
土方さんには直接部屋まで来いと言われているけど、場所を完璧に覚えている訳じゃないし、疑わしい私を屯所内徘徊させる意味が分からない。
そんな時、声を掛けられた。
「もしかして、真弓…さん?」
「あ、…あの時の。」
土方さんが私に仕掛けていたウイルス検査の時に居た隊士さんだ。
確か、名前は…。
「この前は騙すような真似をしてごめんね。土方さんが斡旋所の人に興味を示すなんて意外だったけど…大丈夫だった?」
「はい。…えっと、…山崎、さん?お願いがあるんですけど…。」
土方さんに呼ばれていること、部屋が分からないことを山崎さんに伝えると、案内してくれると言ってくれた。
初めて会った時から思ってたけど、真選組隊士だとは思えない物腰が柔らかい人だ。
「山崎さん、お仕事中でしたよね?…お手数お掛けします。」
「あぁ、平気平気。むしろ今、仕事が終わって報告に行くところだったから丁度良かったよ。」
「…あ、もしかして、監察ってことですか?」
山崎さんは、よく知ってるねー、と優しく笑う。
だって、調べたんだから…、真選組に立ち入れると分かったあの日に。
「監察っていっても、今日はよその会社に営業妨害しに行っただけだし。仕事内容は市民が思ってる真選組とは違うかもね。」
営業妨害…、そんなのも真選組の仕事なのは知らなかった。
どうしても斬り合いをする人たちってイメージがあるから…。
(山崎さんは前線で戦わない人なのかも。…それでも、きっと強いよね多分。)
今までならその事に頭を抱えていたけど、今は攘夷浪士の人たちが、父の仲間が私の味方にいる。
正攻法では勝てないかもしれないけど、奇襲ならあの総悟さん相手でも可能性があるかもしれない。
私の仕事は、誰が父を殺したのかだけ調べれば…手を貸してもらえる。
…それでも、色々考えたけど、やっぱり自分の手で決着をつけようという気持ちは変わらなかった。
例え…死ぬことになっても。

山崎さんの後ろを歩いていくと見覚えのある風景。
「副長、失礼します。例の件の報告と、お客さんです。」
「…あァ?」
昨日聞いた声、昨日と同じ煙草の匂い。
土方さんは長机に向かっていた体をそのままに、首だけこちらに向けた。
「それ、客じゃねェよ。今日付けで"俺の直属の部下"になった真弓だ。」
「え…?えぇェェェ!?」
驚く山崎さんに、今朝の会議でも言ったろうが、と土方さんが冷静に告げる。
「ああああ、斡旋所のこんな可愛い子を自分の直属って犯罪じゃないですか!!うらやまし、…副長のロリコン!!」
「人聞き悪ィこと言ってンじゃねェ。そいつ成人済みだし、事務員として雇ったンだよ。」
吐く溜め息が白いのは煙草の色。
…この部屋で作業するならこまめに換気させてもらわなくちゃ。

「真弓。」
「は、はいっ!」
突然振られて思わず背筋を伸ばす。
そんな私の様子を見た土方さんは、少しだけ表情を柔らかくした。
「もうすぐ鉄がここに来るから、屯所の中を案内してもらえ。基本的にはこの部屋以外に行くこたァ無ェと思うが、お前迷子になりそうだしな?」
「っ、子供扱いしないで下さい!」
いつも私は土方さんに振り回されてばかりだ。
何か反撃をしたいものだけど…。
「…あ、そうだ。」
私は鞄に手を突っ込んで飴をいくつか土方さんの机に置いた。
「煙草を吸うなとは言いません。でも吸い過ぎは体に毒です!口淋しいならこれで我慢してください。」
言った後に、しまった、と思った。
今の生意気だったよね…?
私がその表情を恐る恐る覗き見ると、土方さんは呆れたように笑っていた。
「…斡旋所に居たなら、もっと色気ある"口の塞ぎ方"の誘い文句もあるだろうに。…な?山崎。お前の想像してる羨ましい展開には程遠いンだよ、コイツは。」
何だか反撃にもならなかったし、全力で馬鹿にされてる気がするけど、…土方さんが楽しそうだからこれはこれで良いのかな?
確かにちょっと煙草量減らして欲しいなぁとは思ったけど、こんな軽口言えるような雰囲気になるとは思ってなかった。
私の正体を怪しんで監視下に置くって話だったから、恐い雰囲気になると覚悟していたのに。
「ま、初日くらい秘書の言うこと聞いてやるか。」
そう言って吸っていた煙草を灰皿へ押し付けると、黒い包みの飴を一粒口に放り込んだ。
ふわりと香ってきたのはコーヒーの香り。
まさか本当に食べてもらえるなんて思ってなかったから驚きが隠せない。
「あ、…ありがとうございます…。その、飴…っ。」
「くはっ、貰ったの俺なのにお前が礼言うのかよ。」
クククと喉を震わせて笑う土方さんと対比するようにポカンとしてるのは山崎さん。
「山崎さんも、良かったら!沢山もらったので!」
また適当に飴を掴んで、山崎さんの手に乗せる。
「あ、ありがとう。っていうか、鞄の中身ほとんど飴?」
「あははは…、そうかもしれないです。」
飴のせいで鞄の底が見えないし…、完全にオーナーの残り物処理班になっちゃったな…。
そんな事をしていたら、土方さんの小姓だという鉄さんが来て、私は屯所を案内してもらう事になった。


「…で、どうだった?」
「副長の言った通りでした。旦那達、何でか有村邸事件について調べ回ってるみたいです。誰かに依頼されてるんでしょうか…?」
「………。さァな。それで?」
「あぁ、はい。"この件から退く気はない、営業妨害だ"って睨まれましたよ。」
「…"坂田"真弓、ねェ。」
「あれ?真弓さんも坂田なんですか?もしかして親戚だったりするのかな…?」
「ンな訳ねェだろ、似てねェし。…報告ご苦労。下がって良いぞ。」


屯所を一通り案内してもらって、御手洗いに寄るからと、鉄さんと別れた。
男所帯だから女子トイレは一ヶ所しかない。
だから私は、この場所を知っている。
…あの時、全力で殴り付けても割れなかった鏡は今日も私を映す。
屯所にはいられないと逃げたはずなのに、結局またここに来た。
(確か、総悟さんと出会ったのもその直後だったな…。)
今日は出掛けているのか、屯所の中にはいないみたいだ。
その事に安堵して御手洗いから出ると、勢いよく誰かにぶつかった。
「お、…っと。すまん、大丈夫か?」
「っい、いえ!こちらこそ余所見してて…!すみません!」
私よりずっと背の高い男性にぶつかってよろめいたところを力強い腕に支えられた。
見上げると、そこには。
「こ、近藤、局長、ゴリラさん…。」
「え?あれ?何か変な単語混ざってない?あれ?」
真選組のトップ、近藤勲。
あの土方さんや総悟さんの上司だ。
ゆっくり私から腕を離して顔を覗き込まれた途端、驚いたように目を丸くされた。
「…ん?もしかして真弓ちゃん?」
「!? どうして私の名前を…?」
私の顔をマジマジと見つめる局長さんを見つめ返すと、やっぱり、と嬉しそうに笑った。
「お妙さんがよく褒めてたからな。新人にいい子が入ったって。まぁ、…突然辞めたって事で俺は君と話すことは無かったが、顔だけは覚えてたんだよ。」
「お妙ちゃんが…。」
懐かしいな、元気にしてるのかな、お妙ちゃんや店長や皆…。
でも、あの店は真選組が利用してたんだ。
(私が気付いてなかっただけなのかな。)
結構遠い存在じゃなかったのかもしれないな、真選組は。
「事情はあるだろうが、また顔を出すといいかもしれんぞ。きっと皆喜ぶはずだ。」
「……そう、ですね。」
会いたいなぁ、でも…それが未練になるのは嫌だ。
私には帰る場所があるなんて思ったら、生きたくなるよ。
「しかし、トシの奴。一人事務要員採用したって言ってたが、まさかキャバ嬢連れてくるとは…。どういう出会い方したらそうなるんだ?」
「…い、いえ。色々ありまして…。」
そうか、局長さんは私が斡旋所の人間だったって知らないんだ。
これ、土方さんの評価に響かないのかな…。
斡旋所だろうがキャバクラだろうが、そこにいた人間を引き抜いたとなると、余計な詮索もされるだろうに。
もちろん、それらを知っている隊士さんは少ないんだろうけど、どうしても土方さんに近い人は知らざるを得ないんじゃないのかな。
…取引の話をされた時から思ったけど、土方さんのメリットがあまりにも少ない。
「そうか。まぁ、何か困った事があればいつでも言ってくれ!」
「ありがとうございます…。」
人懐っこい人だな、とその笑顔を見て思った。
こんな人が、世間でチンピラ警察だの人斬り集団だの呼ばれている組織の長だなんて。
「すぐには慣れないと思うが、トシは悪い奴じゃないから頑張ってな。」
局長さんはグリグリと私の頭を撫でて廊下の角を曲がっていった。
(…あんなに優しそうな人でも、人を斬るんだ…。)
小さい溜め息を溢して、私は土方さんの部屋へと歩みを進めた。

土方さんの部屋に戻ると、窓は全開にされていて既に換気されていた。
煙草も私が部屋を出た時と数が変わらない。
「え…土方さん、煙草吸わなくて大丈夫ですか?ヘビースモーカーだって聞いてますけど…?」
「吸うなって言ったのはどこの誰だよ?…どうせ煙草苦手なンだろ、お前。体に障ったら監督責任問われそうだしな。"貰いモン"があるうちは我慢してやるよ。」
そう言って土方さんは机に乗せた飴を指で弾いた。
本当なら土方さんの優しさに感動のひとつでもするところだけど、その言葉は私の喉に引っ掛かって飲み込めない。
「………私、煙草苦手なんて言いましたっけ?」

初めて会った時から、土方さんは私の横で煙草を吸っていた。
確かに煙草は苦手だ、でも"今は"我慢出来るようになった。
小さい頃、父に連れられて近所の会合なんかに行くと、周りは喫煙者だらけで、一度呼吸が出来なくなって倒れたことがある。
それ以来、父は私を会合には連れて行かなかったし、外食も必ず禁煙席になった。
倒れたのは、あまりに凄まじい煙草の煙を子供が短時間で大量に吸ってしまって気持ち悪くなったからだ。
その件からすぐにはトラウマでもあったけど、それはもう過去の話で…。
(今思えば、あれは攘夷の会合だったのかもしれないな…。)

「…何つーか、苦手そうな顔してンだろうが。まァ、それはどうでもいい。とりあえず、そこに座れ。」
促された場所には一人用の小さい机が用意されていた。
「やる事ァ前回と対して変わらねェが、今回はこっちの清書を頼む。」
積まれた書類の山に、思わず目が点になる。
「えっ、こんなに…?」
「何言ってンだ、こんなの一部に決まってンだろ。」
「一部!?これで!?」
「…俺が何て呼ばれてンのか知らねェなんて言わせねェぞ。」
「お…"鬼の副長"…。」
そう言うと、土方さんはニッと意味ありげに笑った。

…そう、私を雇ったのは"土方さん"じゃなくて"鬼の副長"なのだと漸く気付いたのだった。


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