#2:オイオイ、なんつー殺し文句ですか、それ
 
「キャー!!私は風!風と一体になってるー!!でも本当は銀時さんと一体になりたいぃー!!銀時さん愛してますぅぅー!!!」
「うるせェェェ!!テメッ、振り落とすぞコノヤロー!!」
ギャーギャー騒ぎながら走るスクーターを道行く人々が白い目で見る。
速度出さずに走ってるもんだから、この視線が地味に辛い。
真弓の"叶えて欲しいお願い"とやらは何てことはない、スクーターに乗せて欲しいっつー事だった。
内容自体はこう言うと簡単だが、実際はそうじゃねェ。
まず、真弓をスクーターに乗せるのに苦労した。
普段着物なんて着ねェからだろうが、裾を捲り上げて跨がろうとしやがった。
晒された生足に一瞬ツッコミが遅れたのは男の性だと思う。
「……ッ露出狂かよ!降りろ!乗り方はそうじゃねェだろ!!?」
「え!?跨がらずにどうやって乗るんですか!?………ぎ、銀時さん?ちょ、近い近い!!」
真弓の不思議なところは、猪みてェに俺に突っ込んでくるくせに、逆に俺から近付くとすげー狼狽えるところだ。
最初はこの現象のせいで"口では好きと言ってるが実際はそうじゃねェ"説が俺を蝕んでたのも、当然真弓は知らない。
…もう病院で話しちまったけど、好きになったのは俺が先だった訳だから、ンな上手い話は無ェよなって思ってたからだ。

「暴れンな。」
俺はそのまま真弓を抱き上げてスクーターの後ろに座らせた。
「あ、の、銀時さん?この座り方安定しないんですけど…。こ、怖いんですけど…。」
「普段のお前ェの方が怖ェから心配すンな。ちゃんと俺に捕まっとけよ?警察なのに交通事故とか笑えねーからな。」
「……お腹と背中がくっついたら、ごめんなさい。」
「あ?何でそこまで深刻な…、え、まさか俺のお腹と背中って意味ィィィ!!?オイ、どんな腕力で俺にしがみつこうとしてンだ、テメェ!!」
「ぜ、絶対に離しませんからッ!!」
「ッ!!」
オイオイ、なんつー殺し文句ですか、それ。
…まァ、なるべくゆっくり走ってやりましょうかね。

というやり取りがあった訳で、今は真弓のリアルタイムナビで目的地も分からず走っている。
「銀時さんー!!もっとスピード出しても大丈夫ですー!!」
はしゃぐ真弓の腕の力が一層強くなる。
最初はどんな馬鹿力でしがみつかれるのかと思ったが、ちゃんと女の力だった事に安堵した。
日頃、神楽と一緒にいるせいでもう普通が何か分かンねーわコレ。
(つーか、あったけーし柔らけーし…。)
背中の感覚に神経研ぎ澄ませてるとか変態みてェだが、不可抗力だから諦めた。
そりゃ、惚れた女なんだからその存在を感じたいっつーのは普通だろ?
「銀時さんんー!!はやくー!!」
「はいはい、落ちンじゃねェぞ!!」
楽しそうにしている真弓を背中で感じながら、俺達は隣町へと移動した。


「ここです!!一度来てみたかったんですよね!」
真弓に案内されたのは江戸でも名高い有名ホテルだった。
「………真弓チャン?え、マジで?」
「? マジですよ?早く行きましょ!」
うぉぉおい!!どんだけ理性と戦いながら連れてきたと思ってンだ!!
いや、真弓がその気なら銀さんもその気になっちまうぞ?
…え、マジで?本当に良いの??
「銀時さん!受付そっちじゃないです!こっちですよー!」
気付いたら俺は真弓を追い越して全然違う方に歩いていたらしい。
「すみません、大人二名で!」
ホテルの受付と離れた場所で別の受付をしている真弓の横に並ぶ。
…こっちはレストランか?
「ふっふっふー!ここのランチビュッフェすごく有名なんですよ。スイーツも種類豊富だからいっぱい食べましょうね!」
にこりと笑う真弓とレストラン内へ入ると、そこは桃源郷だった。
(何なのこれ、そこらの食べ放題とはレベルが段違いじゃねェか!)
人生のフルコースがこのスペースだけで決まりそうだ。
ドーピングコンソメスープとかセンチュリースープとか。
…って全部スープぅぅぅ!!?
「あ、焼き菓子なら持ち帰り出来るみたいだから、チャイナちゃんと眼鏡君のお土産になりますね。」
指定されたテーブルに鞄を置くと真弓は、何食べようかなぁ、とキョロキョロし始めた。
「銀時さん!食べさせ合いっこしましょう!!」
「絶対にしねェェェ!!!」
「銀時さんの頬についたクリーム類は全部私が食べるんで、残してくださいね!?キャー!!………って無視!!?」
返しに困る時ァ、無視に限る。
さてさて。
うおー!肉とか久々なんですけどォ!!
せっかくだから、ここぞとばかりに食わせてもらうとすっか。
…あ、そういや。

「もー、銀時さんたら!お金の事は気にしないで下さいよー!ここまで運んでもらいましたし!…一緒に居れるなら安いものです。ね?」
俺の考えを見通したのか、先にそう言ったのは真弓だった。
もそもそとサラダを食べながら、この後はどこに行こうかなー、等とえらくご機嫌だ。
「つーかお前、あんま食わねェのな?」
「銀時さんとこのチャイナちゃんに比べれば食べない方だとは思いますけど。…あ、お仕事大丈夫ですか?突然こんな…。」
「心配すンな、うちには優秀な眼鏡がいるからよ。」
「なら安心しました。銀時さんは皆の銀時さんですからね!なーんて、最終的には私の物になるんですけど!うぇへへへ。」
「おま、何その笑い方ァァァ!?怖ェわッ!!」
俺等のテーブルだけやたら賑やかで、あーやっぱ俺は庶民派だわ、とか何とか思う。
別に負け惜しみとかじゃねェけど、うん。
(俺が真弓の物になるっつーよりは、真弓が俺の物になるべきだろ。…ま、あんま変わンねーか。)

「あ、私ちょっと副長に電話してきます。今日の隊務について引き継ぎしておかなきゃいけない事があったので…。」
「何、銀さんとのデート中に他の男に電話掛けンの?お前。」
「ぎ、…銀時さん!そそそそれ!!それってまさか、もしかして、もしかしなくてもそれって嫉妬、」
「おー、俺に構わず行け。お前ェの分まで食っとくから。」
「つれない!でも好き!!…すぐ戻りますね!!」
そう言って真弓は携帯だけ握りしめて、レストランから出ていった。
「…ったく。」
そんな簡単にほいほい好きって言うンじゃねェよ。
俺も言いたくなンだろうが。
「あー、甘ェ。ここの焼き菓子より甘ェわ。」
紛らわす様に呟いて新しい皿を手にとると、色取りどりの甘味を乗せていった。


「お待たせしました!もう大丈夫です!一人にして寂しかったですよね?私も寂しかったです!!抱き締めてくれても良いんですよ、ほらほら!」
「いや、静かだったし、すげー有意義に過ごせたわ。」
割りと電話に手こずっていたのか、思っていたより真弓が戻ってくるのは遅かった。
寂しかったと言われると違うが、場所が場所だし落ち着かなかった事は認めざるを得ねェか。
「…時間制なのであと一皿は行けますよ!私もプリン食べようっと。」
「お、おー…。」
違和感。
てっきり何か反論が返ってくると思ったけど、流された。
自惚れだと言われればそれまでだが、真弓が俺の言葉を取り零すとは思えねェ。
「銀時さん?」
プリン片手に笑う真弓は、いつも通り。…気のせいか。
「さて、お腹も満たされた事ですし!最後にヤることヤっておきたいのでホテルの別館に移動します!!」
「ちょっとそれ別の意味に聞こえるからやめてくんないィィィ!!?」


連絡通路を通ってホテルの別館へ移動する。
どうやら客室とは違う場所に出るらしい。
「えへへ、さっき予約取っちゃいました!」
真弓が押し開けた扉の向こうは…武道場?
だだっ広いそこは、もしかするとお偉いさん方に見せる試合をする為の場所なのかもしれない。
床は美しい木目に埃ひとつ見えず、手入れの行き届き具合に息を溢した。
「…つーか、こんな場所で何し、ッ!!」
道場に響く鈍い音。
木刀と木刀がぶつかった音だ。
誰のってそりゃ俺のと、……真弓が握っている、それ。
「オイオイ通り魔かよ。人間なんだったら言葉でコミュニケーションしようや、なァ?」
咄嗟に木刀で防いだが、一瞬遅れたら脳天に直撃してただろう。
そのくれェには躊躇いの無ェ重たい一振りだ。
(さすが沖田君とほぼ互角で、高杉を追い詰めただけあるわ…。マジで強ェな。)
と、暢気に分析してる状況じゃねーぞコレ。
未だぶつかり合ったままの木刀同士は欠けそうな程、ギリギリと鳴く。
「一度、銀時さんとお手合わせ願いたいと思ってたんです。」
うっすらと口角を上げる真弓の表情は、もしかしたら初めて見るのかもしれねェ。
真剣でいて、どこか恍惚としているような。
(…なるほどねェ、これが真弓の今までの生き方か。)
「本当に正面衝突が得意だな。この猪闘牛娘は…!」
「真正面から向き合って欲しいですもん。それに、銀時さんは向き合った分はちゃんと向き合ってくれる人だって知ってますから!」
「!」
コイツの俺に対する絶対の信頼みてーなのは、どこから来ンのかねェ…?
正直、ここで真弓と刀を振り合うメリットなんざ無いが、それを真弓が望むのだとすりゃ、叶えてやらねー訳にはいかねェよな。
「ハッ、食後の運動にしちゃヘビーだな。…吐くンじゃねェぞ?」
木刀を押し返す力を強めると、真弓の表情は明るさを増す。
「はい!!大好きです、銀時さん!!!」

ガガッと重い音を立てて、お互いの木刀が弾かれる。
真弓の目付きが変わったのが分かって一歩後ろに飛び退く。
捕物をする時の顔を、まさか自分に向けられるとは思わなかった。
俺が下がって生まれた隙間に真弓は一瞬で踏み込む。
(くそっ、早ェ…!!)
そもそも女である真弓には、他の男隊士のような力は備わってない。
その代わりに素早く立ち回り相手の虚を突き、勢いのある斬撃を流れるように相手に叩き込む。
新聞やテレビで真弓の活躍が取り上げられる時、よく「舞踏剣技」なんてよく分かンねェ名称で紹介されている。
(ちなみにメディアがそう呼んでいるだけで、真弓はその意識を恐らく持ってねェと思う。)
真弓の動きが舞や躍りに例えられる事が多いのは、動きに無駄がなく全てが繋がっているからだ。
いや、無駄な動きすら繋げて次の動きに活かすセンスがあるのだと思う。

「ッ!考え事するなんて余裕…っ、本気にさせてみせます…!」
のらりくらりと真弓の木刀を躱していたが、どうも逆鱗に触れたようだ。
「もう、この着物が邪魔…っ!」
「…へ?ちょ、真弓…!?」
突然、木刀を天井に向かって投げた真弓は自由になった両手で着物の袷を広げて帯より上を脱ぎ落とした。
胸元にはぐるぐるとさらしが巻かれていて、さっきまで女らしい着物を着ていたとは思えねェ…、っていうか鎖骨も肩も出しっぱなしだが、これまさか屯所でもその格好で彷徨いてンじゃねーだろうな…?
やっぱ、あんな所に預けたのは間違いだったわ。
(襲われる心配は全くしてねェけど、男所帯でこんな姿晒してンなら完全に夜の妄想に使われてンだろコレ。)
後で真弓を叱っとかなきゃなンねーな…。
つーか、着付けさせたジミーが一番この姿の真弓見てンじゃねェか!…潰す。
なんて言う思考は、真弓の木刀がその手に戻るまでの一瞬だったりするから、人間の脳ってすげーわ。

「しっかし、目のやり場に困ンなァ、それ!」
「キャッ、銀時さんのエッチ!後でじっくり見てください!今は、集中しないと!怪我っ、しますよ!」
「お前こそッ!調子悪ィんじゃねーの!?」
「! まさか!大好きな銀時さんを目の前にしてっ、最高に絶好調ですっ!!」
軽口を言い合うも、決して手は抜かない、いや、抜けない。
それが暫く続き、お互い息が上がってきた。
結局真弓は着物の裾も広げ、飛んだり踏み込む度に、太股の際どいところまで裾が捲れる。
「おまっ、ちゃんと短パンか何か履いてンだろうな!?」
「気になるならっ、見ても構いませんよ!私はその隙を逃しませんけどねッ!?」
自由に動けるようになった事で、真弓の速度は増して、一撃も格段に強くなった。
真弓の剣術は実践剣術に近く、型に添ったものとは違い読みにくい。
…まァ、それはお互い様か。

振っては躱し、躱しては振る。
(やべ、腕が微妙に痺れてきた。鈍ったかねェ…。)
どのくらい木刀を振ったかはもう分からない。
俺がそうなんだから、俺の木刀を受け続けている真弓の方が腕への負担は大きいはずだ。
(こんなとこで怪我させる訳にゃいかねェしな…。)
早く決着を着けたいところだが、如何せん真弓が強すぎる。
正攻法だとまだまだ勝負は着かないだろう、…それならば。
木刀を振りかぶって真弓の懐に飛び込む!、フリをした。
「その間合いは私、得意ですよッ!」
正面から立ち合おうとするのは、自信の表れかもしれない。
木刀を俺に向かって振り下ろすのを寸前で躱して、そのまま真弓の背後に回る。
「な、」
真弓が振り返った時にはもう遅い。
「木刀以外がアウトなんてルールは無かったよな!!?」
帯周りでゆらゆらと揺れている、本来なら首元に当たるはずの着物の襟を掴んで思いっきり引っ張った。
「っ!!?」
真弓の体は俺の力に負け、宙に浮く。
床に投げ出された木刀がカラカラと転がる音がしたのとほぼ同時に真弓の体も床に叩き付けられて、ダンッと鈍い音を立てた。
俺はそのまま左手で真弓の肩を床に押し付け、馬乗りになる。
右手に握った木刀を真弓の首の横に突き立てて、勝負が着いた事に浅く息を吐いた。

「…はぁ、…手こずらせやがって。あのな、お前が強ェのは分かってっから、……真弓?」
正直、最後は剣術でも何でもなく着いたこの勝敗を、真弓は認めないと思っていた。
だけど、俺が押さえている肩は暴れるどころか、ぴくりとも動く気配を見せない。
その顔を見ると、その両目は閉じられていて首は力無くころりと横を向いた。
「っ真弓…?」
打ち所が悪かったのか、どうやら気絶してしまったらしい。
(頭から落ちないようにはしたから大丈夫だとは思うが…。)
いざ冷静になってみると、真弓の細ェのに柔らかい肩とか、呼吸で上下する胸とか、汗のせいで触れたところが貼り付くような肌とか、知らずと喉が鳴ったのは自然現象だから仕方無ェ。
俺の理性を試すかのように薄く開いた唇に関しては、…見て見ぬフリだ。

「…おーい、真弓。真弓チャン?汗掻いたまま、そんな裸みてェな格好で寝てたら風邪引くぞォー?」
平常心を保つべくそう呼び掛けたが真弓は小さく、ん、と声を漏らしただけで起きる気配は無い。
「まさかマジで頭から落ちたンじゃねーだろうな…?オイ、真弓。しっかりしろ!」
何も考えずに、意識を呼ぶ為に軽くぺちっと触れた頬の熱に驚いた。
いや、お互い動き回った後だから体が熱いのは当たり前だ。
でも、これは…。
(嘘だろ…、すげェ熱じゃねーか…!)

「お前、いつから隠してた?まさか最初から熱出してたンじゃねェだろうな…!?」
…有り得る。
着物を着てたから分からなかったが、もしかしたら最初から熱のせいで歩くのが遅かったのかもしれないし、スクーターの不安定さをらしくなく怖がった。
食事中に席を立った時も戻るのが遅かったし、俺の言葉を取り零したり、あんま食べてなかったのも理由として考えられる。
動きにくいのは勿論あっただろうが、着物をはだけさせたのは自身の熱に耐えられなかったからじゃないのか?
(くそっ、…おかしいところだらけじゃねェか!何で俺は気付いてやれなかった!?)
後悔は後だ、先に介抱しねェとまずいか。
「暑ィかもしンねェが、ちっと我慢しろよ…。」
真弓の上体を抱き起こし、その腕に着物を通してやる。
今はきちんと着せてやるより、人前に出ても大丈夫な程度には直してやらねェと。
自分の木刀は腰へ、真弓が使っていた木刀はここのだろうから、壁に立て掛けておいた。

「…行くか。」
真弓の背中と膝の後ろに手を回して、そのまま抱き上げる。
ぐったりした真弓を腕の中に収めて思い出すのは、あの日のコンテナ倉庫の事だ。
(あの時は、本当に、……。)
きっと真弓に言うことは無いだろうが、すごく怖かった。
大事なものを失う怖さなんてのは随分昔から知っていたはずなのに、初めて気付いたと錯覚しそうになるほど、怖かった。
つまりそう思う程、俺にとって真弓がどういう存在なのか、いやという程思い知った訳で。
その後の四日間は正直どう過ごしたか覚えてねェ。
「………はは、好き過ぎて頭おかしくなりそ。」
自嘲混じりにそう呟くも、真弓本人にはこの言葉は届かないだろう。
意識が無い時にしか本音を言えないのは、何とも滑稽で卑怯だが仕方無ェな。
俺はこっそりと真弓の頭に唇を落としてから、武道場から出た。


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