#1:俺がどんな気持ちで興味無ェフリしてたか
 
ジリリリと、けたたましい音を立てたのは万事屋の黒電話。
時計を見るとまだ8時過ぎ。
つまり、この電話に起こされた訳だ。
くそっ、俺の眠りを妨げやがって…!!
「…あー、もしもしィ?営業は9時からですぅー。その時は眼鏡が出るんでお掛け直しくださいー。」

『…はぁ…、はぁ……ぅ…、』
え?何これ?
朝っぱらから変態電話かよ、勘弁しろよ。
『…は、…っあ、』
「何?"どんなパンツ履いてンの?"ですかコノヤロー!青だ青、青のトランクスですゥー。女じゃなくて残念だったな、この変態野郎!」
『…!!』
大方留守番電話に入れるつもりだったんだろうが、甘いな。
うちの電話には留守番機能付いてませんんー!!!
……。
…って何で俺がダメージ受ける感じになってンのォォォ!!?

『あ、…あおの、…!!』
電話から聞こえる声は、呻き声も混じって分かりにくいが女のものだった。
女のものだったというより、この声…。
『ぎ、銀時さんの…!う、うぅ、青っ…!青の、トランクス…!す、すごいスクープです、たいちょ、…いッ!?』
電話の相手は変態だが、男ではない。
この声は忘れたくても忘れられねェだろう。
…その位には、特別な女だ。
「どこの変態かと思えば真弓チャンじゃねェの。何?ンなハァハァしてどうした?発情期ですかコノヤロー。」
『ひぎ、…ゃ、沖田隊長っ!そ、そこは触らな、…ッ!ゃぁ、んんー…ッ!』
いつも俺に向けられているのとは違う種類の悲鳴が上がる。
つーか、え?沖田??
「…は?…はぁァ!!?ちょ、おま、今何されて、」
『ほれほれ、もっと啼きなせェ。真弓の情けねェ声を旦那に聞かせてやりな。』
『痛っ…、や、やだ…。銀時さ、…助け、』
「真弓…ッ!!」
俺が名前を呼ぶのと同時に電話が切れた。
「…オイオイ、目ェ覚めちまったじゃねェか。」

俺の知っている有村真弓という女は、例えるなら闘牛か猪。
まぁ、それは中身の話であって、見た目はもっとこう…割りと俺の好みドストライクな訳だが。
(って、今はそれはどうでも良くて!)
刀と勇気が友達みてェな性格で、本人は戦う為に生まれてきたなんて言いやがる。
それは生い立ちが関係してるらしいが、男勝りというか恐れを知らないというか。
どんな敵がいても単身斬りかかるわ、その柔肌が傷付こうが気にも止めねェし、あろう事か戦いの上でなら死も厭わないとか言い出す始末。
高杉とやりあって死の淵を彷徨っていた時は正気じゃいられなかった、ってのも今は笑い話で済むのだが。
…そんな女が、呻きながら俺に助けを求めてるとして、放っておけるわけがねェ。
俺は身支度もそこそこに、真選組屯所へと向かった。


押し入るように屯所にやって来た俺を見付けたのは、土方だった。
「あァ!?おま、何しに、」
「それはこっちの台詞だコノヤロー!預けてるだけだっつったろーが。何勝手に傷物にしてくれてンだ、ゴルァ!!」
「……は?」
駄目だコイツじゃ話にならねェ。
俺は土方に背を向け、深く息を吸って叫ぶ。
「そーいちろーくーん?あーそびーましょー?」
「…銀時さん?」
背後から掛けられた声に脊髄反射で返答する。
「真弓!?無事か!?」
「っ!ぎ、銀時さ、……あ、幸せすぎて死にそう。」
「ちょ、え?なん、…真弓ー!!?」
ちょっと両肩を掴んだだけだぞ!?
そんなんで失神されたら、それ以上の事したらお前本当に死にかねねェよ!?

だけど、冗談みてェな真弓の反応に少しだけ安心する。
コイツは一度、俺の事を諦めると宣言している。
つまり、いつか俺を好きじゃなくなる可能性があるわけで。
当たり前のそれを今まで考えてこなかったくらいには天狗になっていた。
…だから今更焦るわけだ。
真弓がちゃんと俺を好きでいてくれるうちに、真弓を手に入れておかねェと取り返しがつかなくなりそうで。
そりゃ、端から見たら真弓が俺に対して好意を向けているのを、俺が無下にしているように見えるだろう。
(そう見えるように努めてンだから、そうじゃねェと困る。)
でも実際、真弓の事が好きで身動きが取れないのが俺の実状だ。
…俺がどんな気持ちで興味無ェフリしてたかなんて、真弓には分からねェだろうな。

「旦那ァ、何勝手にうちの副隊長気絶させてんですか。これから見廻りがあるのに、これじゃあサボるしかねェや。つー訳で俺ァサボりやすぜ。」
「オイ、総悟テメッ、何堂々とサボる宣言してンだコラ。真弓を叩き起こしてとっとと隊務につけ!!」
「は?つーか何?真弓よりによってサディストの隊に配属されてンの!?ダメダメ!銀さんはそんな危険なこと認めませんからァァァ!!」
今まで真弓はどの隊にも配属されず、ゴリラから直接隊務を受けることがほとんどだと聞かされていたが、どうやら正式に一番隊の副隊長に就任してるらしい。
…確かに、剣の腕は沖田君と互角だっつーンならその地位に文句言う奴もいねェんだろう。

「つーか万事屋、テメーは何しに来やがったンだ、あァ!?」
「っそうだ!オイコラ総一郎君!テメ、何朝から真弓にいかがわしい事してンだコノヤロー!」
「…はぁ、朝っぱらから煩ェ人達でさァ。可愛い悪戯電話じゃねェですかィ。それとも、何?興奮しちまいやした?おーい、真弓ー。旦那がお前に欲情し、」
「おぉおぉ沖田くぅぅぅん!!?ちょーっと黙ろうかァァァ!!?」
「…はっ!?あ、いけない、本当に気絶してた…。銀時さん今日も好きです!!青のトランクス良いと思います!!あ、私も下着の色言わないとフェアじゃないですか!?むご、」
突然マシンガントークを始める真弓の口を手で塞ぐ。
ほっとくとマジで下着の色を言い兼ねねェぞ、コイツ…。
俺の前だけならまだしも、他の男がいるこんなとこで言っちゃ駄目だろ!
恥じらい持ちなさい、女の子なんだから!
…って俺、お母さんんん!!?

「つーかよ、朝の電話は何なの?説明によっては俺、総一郎君シバき倒す事になるンだけど。」
「旦那、総悟でさァ。」
「あ、あれは、私と隊長が副長の部屋で暴れて、反省として正座させられてたんですけど、足が痺れちゃって…。なのに、隊長が!」
なるほど、痺れてる足を沖田君にオモチャにされてた訳ね。
…いや、何か卑猥だなっつーか、勝手に触ンなよ。
(なんて言えねー関係にしちまったのは反省だわマジで。)

「いやぁ、斬られても苦痛の声ひとつあげない真弓が呻くのはレアだったんで、ドSの旦那にもお裾分けしなきゃいけねェやと思いやして。なかなか良い啼き声だったでしょう?」
「そーな。すげー良かったから、もう総一郎君にも聞かせたくねェわ。焦った俺が馬鹿みてェだろうが。…んじゃ、帰るわ。」
最後にでっけェ溜め息を吐いて三人に背中を向けると、後ろから袖をぐいと引っ張られた。
「何、」
振り返ると、何か言いたげな顔の真弓と目が合った。
真弓が俺に遠慮するなんて珍しい。
猪よろしく俺に追突してくるのが基本のパターンなんだが…。
「……、っと、……朝から、お騒がせ、しました。」
は?…え??
ちょ、何この可愛い生き物!
え、真弓!?真弓なのコレ!?
いやいや、違ェんだよ?真弓は最初から可愛いんだって!
何か瞳も潤んでるっつーか、ンな可愛らしい言動されっと銀さん困るだろうが!
警察の前だけどマジで誘拐すンぞ、コラ。
俺の着流しを掴んで離さない真弓と、動けない俺。
…あー、コイツ様子が変だと思ったら葛藤してンのか。
俺をここに引き留めたい気持ちと、今から見廻りだっつー職務を天秤に掛けてるらしい。
本当に真選組が特別なんだというのが分かる。
だが、それを当人達より先に察したのは土方だった。

「オイ、真弓。お前、有給手付かずだったよな?ちょうどいい。今日消化しろ。」
「え?ふ、副長…??」
「だから今日は屯所に帰ってくンな。…たまには羽根伸ばしてこい。」
「副長…っ!!」
「おー、土方さん太っ腹でさァ!んじゃ俺も羽根伸ばさせてもらいやす。」
「総悟テメェは真弓の分まで働け!!…オイ万事屋、間違えンじゃねーぞ。今日一日だけ真弓をテメェに預けてやンだ。この意味、分かってるよなァ?」
文句をぶつぶつ言う総一郎君の頭を押さえ付けながら、俺を睨む。
何ですかァ、年頃の娘を悪い男に取られないか心配になっちゃうお父さんですかァ?
…へェ、随分と過保護だねェ。
「別に俺は頼んでないけどォ?ま、真弓がどうしても俺と居たいって言うなら預かってやっけど、どうする?」
「一生一緒に居たいです!!!!!」
「うん、最初の方の単語は聞かなかった事にしてやるとして!…お前の休暇なんだからどこでも付き合ってやるよ。」
俺の言葉に真弓は目をキラキラ輝かせて、着替えてきます!、と疾風のように走り去った。

その場に残ったのは男三人。
つーか、早く仕事しろ!この税金泥棒共め!!
「多串君は本っ当、真弓に甘ェなー。実は甘党なんじゃね?今度、宇治銀時丼食わせてやってもいいぞ。」
「誰があんなグロいもん食うか!!…真弓に甘ェのは俺だけじゃねーよ。その意味を理解出来ねェなら真弓の事は諦めろ。」
「は?なに?真弓が魅力的だって話?……ンな事ァ、俺が誰より知ってンだよ。」
「………泣かせたら殺すからな。」
冗談にしては過ぎる殺気を土方が放つ。
その斜め後ろでは総一郎君、屯所の奥からも小せェ殺気を感じ取った。
おいおい、お前ら真弓ファンクラブかよ。
「…と思うのは本心だが、応える応えねーはテメェの問題だからな。ただ、あんま長いこと生殺しにしてやるな。こっちが見てらンねェんだよ、真弓のあんな顔は。」
「なにフォロー交えながら攻撃続けてくれてンの。俺が一番真弓の事を分かってやれるってかァ?」
確かに一緒にいる時間は俺より長いだろうから、俺より真弓の事を知ってンのは仕方ねェ。
…俺だってな、真弓が真選組じゃなかったらもっと楽に受け入れてやれたンだよ。
ただ、あの猪が仕事と俺を両立出来るわけねェだろ。
それに銀さんの独占欲ナメんなよ。
すんげー束縛すっからね?真選組とか即退職させっからね??
(ま、それは俺もアイツも望まねェ結果だし、今の距離から動きようが無ェのが現実だな、うん。)

「山崎さん、ありがとー!!」
遠くで真弓の声が聞こえる。
「銀時さぁぁんんん、お待たせしましたぁぁ!!あーもうヨダレ止まらないです!!銀時さんとデートデート!!うひゃああぁ!!」
奇声をあげながら近付いてきた真弓の声に振り返って、完全に思考が停止した。
どうやらそれは土方達も同じらしい。
「デートなんだから腕とか組んじゃっても許されますよね!?キャーッ、なーんちゃって!あやめじゃないけど、離れろって冷たくあしらわれるのも最近興奮するようになって…、銀時さん??」
俺の腕に全身で抱き付いてきた真弓は引き剥がされない事を不思議に思ったらしく、俺の顔を覗き込む。
オイィィ!誰か何か喋れよ!!!
「や、やっぱ、朝の電話、怒ってます、よね?銀時さん寝起き悪いし、下着の色知られちゃったし、寝起き破壊的に悪いし、寝起き悪いし…。」
「真弓チャン?本当は銀さんのこと嫌いだろ…!?」
やっと紡げた言葉はたったそれだけで、無駄に口が回る俺のアイデンティティーは死んでしまったらしい。
そのくらいに"それ"は破壊力があるってこった。

「馬子にも衣装、ってやつだな…。」
「いやいや、完全に詐欺のレベルでさァ。」
そう、着替えてきた真弓はいつもの真弓じゃなかった。
確かに会う時はいつも隊服だし、髪もざっと一つ括りにしてることがほとんどだった。
(何で急に本気出してンの、お前ェェェ!!)
淡い桃色のいかにも女子な着物で、髪も軽やかに風に揺れている。
どうやら化粧も手順を踏んできっちり仕上げてるとくれば、もう可愛い以外の言葉が思い付かねェよ!!
「山崎さんが着付けと髪とメイクしてくれたんですよ!!つまり全部ですけどっ!へ、変ですか?山崎さんは可愛いって言ってくれたんですけど…。」
「……良いんじゃね?変じゃねーし。」
むしろ、可愛いし綺麗だし文句無ェし最高なんですけど。
ただ、別の男の手で女らしさが増すっつーのが、どうにも飲み込み切れねェわ。
まァ今回だけはジミー、グッジョブ!って事にしといてやらァ。

「土方副長、沖田隊長、…有村真弓、行ってきます!!」
大袈裟に挨拶をすると真弓は俺の横に並んで、そのまま見上げてくる。
…その格好で上目遣いとかなんつー破壊力、まさに一撃必殺。
「本当に好きなとこ行って良いんですか?」
「おー、あんま変なとこじゃなきゃな。それこそ、」
「下着売り場とかラブホテルとかですか?」
「ッ!!」
意外とけろりと発言した真弓に対して、逆に動揺させられたのは俺の方だった。
その慣れてる感は何だ。
べ、べつに気にしちゃいねーけどよ。
「そういうのは、正式に銀時さんが私のこと好きって言ってくれるまでのお楽しみにとっておきます!!」
「……その時が来ねェかもしンねーって考えねェの?」
「! ポジティブだけが取り柄ですから!未来に楽しいこと考えるのは大切ですよ!!…叶う叶わないじゃないですもん。」
「……。」
…あー、分かった。
土方が言ってた"あんな顔"ってこれだな、多分。
「ンな顔すんじゃねェよ。…今日は特別銀さんデーだ!どこにでも付いてくし、お嬢様の仰せのままに?」
たったそれだけの言葉で笑顔になる真弓を見て甘い気持ちになるこれが"好き"じゃねェなら、俺は未来永劫、誰かを好きになることは無ェって思う。
ただ、それは今は言ってやれねンだわ…ごめんな。
「…はい!今日はよろしくお願いします!」
俺の気持ちなんか知りもしない真弓は今日も愚直だ。
いつも市民の為に頑張ってるコイツのご褒美になるなら地獄まででも付き合ってやらァ。
背後から変わらず刺すような殺気を受けつつ、俺達は屯所を出た。

真弓の横を並んで、違和感を感じながらゆっくり歩く。
というのも、本来真弓の足は早い方だと思う。
俺に飛び掛かってくる時は、完全に獲物を追うチーターの如しだからなコイツ。
ただ、それでも俺とは歩幅が違うし、何より今日はあからさまに着慣れてねー着物なんだから足は自然と遅くなる。
(あー、なんつーか甘酸っぺーなコレ。)
ちょうど肩口の高さにある真弓の頭を見下ろす。
(小せェ。こんなんで立ち回ってるとか、信じらんねーわ。)
当たり前ェだけど、女なんだよな…。
俺とは違う生き物だ。
肌だって白いし、触れれば柔らかい。
しかもそれは手を伸ばせば手に入るものだからこそ、簡単に手は出せない。
多分だけど、俺の方が真弓に惹かれてる。

「…銀時さん。」
「っ、何だ?」
呼ばれた声にギクリとする。
大丈夫だよな?今の声に出てたなんてオチじゃねェよな?
「今日は何でもいうこと聞いてくれるんですよね…?」
「オイ勝手に事実捻じ曲げンな!どこにでも付き合ってやるとは言っ、」
「どうしても叶えて欲しいお願いがあって…。」
視覚情報ってのは本当に厄介だ。
女らしい格好になった真弓がおずおず俺に話し掛けてくるだけで、こっちが折れちまいそうになる。
「あー…、分ァった!言うだけ言ってみなさい!」
譲歩しているフリをして、そう答えると嬉しそうに真弓が微笑む。
…多分どころじゃねェな、俺の方が完全に真弓に惹かれてるわ。


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