#15.どうしてこのタイミングで
 
「長居しちゃってすみませんでした。」
「真弓、また来るヨロシ!」
結局、私は一晩万事屋で過ごした。
あの日一度会っただけなのに、神楽ちゃんはずっと横に居てくれたし、新八君はお料理を手伝ってくれた。
何だか家族みたいな気分だった。
坂田さんは私が望んだ通り、今まで万事屋で解決してきた面白い話をたくさんしてくれた。
チラチラと真選組の名前が出る度に息が止まりそうになるのだけど、そこに土方さんの名前が出ると心臓が跳ねる自分に気付いて苦笑。
前に土方さんが顔をしかめた『坂田』は、この坂田さんの可能性がある事にも驚いた。
仲は良くなさそうでも腐れ縁となると、やはり父の件は万事屋には話せなかった。
「あー…頭いてェ。」
二日酔いなのか坂田さんは眉間にシワを寄せて呻く。

昨晩、坂田さんを途中まで介抱していた新八君は日付が変わるか変わらないかのところで帰っていった。
私は何だか帰るのが惜しくてリビングに居座っていたら、皆そのまま寝てしまい、目覚めたら床だった。
たったそれだけの事なのに、すごく幸せな事に感じる。
玄関から外に出て、くるりと振り返ってお別れの挨拶をした。
「それじゃ、また!」
「!」
私の言葉に坂田さんは目を丸くした後、にたりと笑った。
「おー、"また"な。」

賑やかな万事屋を出発して、少しずつ寂しさが押し寄せてきた。
自分の家に帰るのが嫌になる。
…私の本当の家はまだ封鎖されたままなんだろうか。
時間もあるし、こっそり確認しに行こうかな。
そう考えていた時、携帯が鳴った。
ちなみにこの携帯はオーナーが私に持たせてくれている所謂社用の携帯なので、登録されているのはオーナーの番号だけだ。

「もしもし?真弓です。どうかしました?」
『休みなって言ったそばから悪いんだけど、指名で仕事が入ったから連絡したんだ。受けたけど大丈夫だよね?』
「あ、はい…。真選組案件ですか?」
『いや、別件。依頼者のプライバシーを一応尊重するから誰とは言えないけど、今から行ってもらいたくて、』
「えっ!こんなお昼前からですか!?暫く体関係はやりたくないんです…すみません…。」
『あー、違う違う!ランチだけだってさ。…それが本当かどうかは行かないと分からないけどねぇ。じゃ、今から言う店に行って"坂田"って言えば通してもらえるらしいから。頑張って。』

オーナーはそう言って電話を切ってしまった。
(坂田…?万事屋さん??)
さっき別れたばかりなのに不思議な話だ。
お昼食べるなら、リビングの片付けがてら私が作るのにな。
……まぁ、別の坂田さん、だよね。
もしかして土方さんが嫌な顔をしていた坂田さんがこの人だったりして。
私を名指しした理由はよく分からないけど、ランチだけなら。
富裕層だと本当にご飯だけ、散歩するだけなんて案件もあるからおかしな事ではない。
むしろ、それだけに大金を出す人がいる事に驚いている。
大概は斡旋所から引き抜いたり、本気で好きになっちゃったから、なんてのもあるらしいけど。
…でも、私が知ってる坂田さんは彼だけなんだよなぁ。
そもそも何で私を指名したんだろう。
腑に落ちないけれど、私は指定されたお店に向かった。

指定されたお店は繁華街から少しずれた落ち着いた料亭だった。
気軽にランチだと構えていたけど、私には馴染みが無いので緊張で暫く立ち尽くしてしまった。
「すみません、"坂田"で予約かお話がいってると思うのですが…。」
「はい、お待ちしておりました。奥に御案内致します。」
女将さんのような方がわざわざ出向いてくれて、私を奥の個室に通した。
(お…落ち着かない…。)
もっと入り口近くにラフなテーブル席もあったのに。
「もう間も無く御到着されると思いますので、どうぞお寛ぎ下さいませ。」
完璧すぎる美しい笑顔で女将さんは退室していった。
部屋にはぽつんと私一人。
「寛げって言われても…。」
無駄に広いし、どこにいれば良いんだろう。
そもそも、こんな豪華な奥座敷に通されてランチだけのはずは無い。
(オーナーに騙された…!)
私は何させられるんだろう…。
怖いのとか痛いのは嫌だし、そういうのに特化した先輩方はたくさんいるのに。
それとも、素人の反応が楽しみたい加虐嗜好の変態さんなのかも…。
「はぁ…。」
溜め息を吐いてはみたものの、逃げ場なんて無い。
とりあえず、どこかに座って待とう。
上座はクライアントさんだとして、私は下座にいれば問題無いかな?
まるで宴会が出来そうなテーブルを見回そうと、襖に軽く背中を預けた瞬間だった。

「!? ひ、ゃ…ッ!!」
「っと、あぶね。」
音もなく襖が開いて、私はぐらりと後ろにバランスを崩した。
クライアントさんが襖を開けたらしく、倒れてきた私をしっかりと抱き止めてくれた。
(あ、れ…?この匂い…。)
私の頭より動悸がその答えを出す。
「…やっと捕まえた。」
この声も体温も全部知ってる。
「土方、さん…?」
胸がきゅうと苦しくなるこれが恋だというのなら、私は、…恐らく。
「っていうか!く、くるし…!土方さん、離してください…!」
「きちんと反省しろ。仕事を途中で放棄した上に、無断で帰りやがって。お前が隊士だったら切腹だぞ。」
「うー…!ギブ!ギブです土方さんっ!っく…、」
意識が飛びかけて、足の力が抜けた。
「…ったく。よっと。」
土方さんはひょいと私を横抱きに持ち上げる。
急な浮遊感に驚いて、私は土方さんの首に腕を回してしがみついた。
酸素が足りなくて、ぼーっとした頭のまま考える。
一体、今はどういう状況なの?
何でここに土方さんが??
「っ、ひじかたさ…、」
「息整えてから喋れ。俺を誘惑してるンじゃないならな。」
「……、」
そんなつもりじゃないけど、今は黙った方が良さそうだ。
すっと土方さんに降ろされた場所は座敷の上座。
土方さんはその向かい側に座った。
「あの!私、」
「あー…、変な気は使うな。ちょっと頼みてェ事があるから呼んだ訳だしな。」
「頼み…?」
ちょうどそのタイミングで料理が運ばれる。
なんとか和膳だって聞こえたけど、高級懐石料理フルコースみたいな感じの物が並べられた。
高そう…っていうか、絶対高いよねコレ。
「ひ、土方さんっ!!」
「分かった、待て。俺が全部言うからよく聞け。…まず、料理は気にするな。普段真選組でも接待で使うから経費で落ちる。今回の内容は食事と話だけだ、それ以外をお前に望むことは無い。坂田はお前の名字なんだろ?俺の名前出すとお前が来ない可能性もあったからな。…まだ何かあるか?」
「い、いえ!全く!ちっとも!!」
首をぶんぶんと横に振ると、土方さんは満足げに笑う。
「まぁ、まずは食え。話はそれからだ。」
「はい…。」

改めてテーブルに並べられた料理を見ると、細部までこだわった品々なのが分かる。
煮物ひとつとってみても、私が作るのと全くの別次元。
きっと普段、お金持ちや偉い方が食べるような料理なんだろうなぁ…。
「…すごく、美味しいです。私には勿体ないくらい。」
「お前もマヨネーズ使うか?」
そう言った土方さんの料理皿には全てマヨネーズが掛けられていた。
これじゃ味が台無しだろうなぁ…料理長泣いてるかも…。
「私はこのままで十分なので!…で、お話とか頼みっていうのは?」
私の言葉に土方さんの眉毛がぴくりと動く。
「その前に説明しろ。あの日、何で帰った?」
「………。」
言えない、言えるわけがない。
廊下で総悟さんに会って襲われたなんて。
それ以前に、土方さんの顔をまともに見る自信が無かったなんて。
「…あの日は、夢見が悪くて…体調もつられて悪くなって…。屯所で倒れたらご迷惑になると思って、そのまま車を捕まえて病院に行きまして…、その、ご連絡が遅れて申し訳ありませんでした。」
もちろん嘘だ。
でも土方さんは総悟さんと仲良しって雰囲気でも無いようだったから、余計な事は言わない方が良いと思った。
「体は何ともなかったのか?」
「あ、…えと、はい。疲労とかストレスとか、…一時的なもの、です。」
「………相変わらず嘘が下手だな。」
土方さんは一旦、箸を置くと煙草に火を点けた。

「…斡旋所で働くのをやめろ。」
「! そ、その件は、」
「金と欲っつってたけど、今のお前見てたら問い詰めずとも分かる。金銭感覚は一般的だ、金にそこまで執着は無ェ。知らねー男に組み敷かれるのは本当は恐ェんだろ。…試しに押し倒してみたら完全に怯えてたもんなァ?」
私の心の中を見透かして射抜くような視線。
土方さんに押し倒された、というのは、あのウイルスの一件の時に違いない。
だとしたら、あの時、土方さんは酔ったフリをして私に事実を喋らせようとしていたんだ!
(やられた…ッ!!)
さすが真選組の頭脳。
だって、お金と欲が嘘だってバレたなら、混ぜ込んだ真実は晒されたも同然!
「名前は当然偽名だろうよ。それを承知で調べさせたがお前に該当する事は無かった。」
「う、うそつき…。特定するつもりは無いって…!」
「特定はしてねェさ。何故ならお前が"坂田真弓"だと証明するものが見付からなかったんだからな。」
心臓がバクバク嫌な暴れ方をする。
「消去法で分かる事といやァ、…お前の目的は金でも欲でもなくて"真選組そのもの"だって事だ。」
「………っ。」
目の前が霞む、視界が暗くなっていく。
おしまいだ、何もかも。
どうしてこのタイミングでこうなった?
私が土方さんに心を許してしまって、もしかしたら好きかもしれないと確信しそうになったこのタイミングで。
こんなの、あんまりだ…。

坂田さん、ごめんなさい。
私には、"また"が訪れることは無さそうです。
「目的に関しては何とも言えないが、お前が真選組で何かの情報を得たかったのは間違いねェだろうしな。」
「…………斬り捨てますか?」
絞り出した声は震えた上に掠れた。
恐る恐る土方さんの顔を見ると、鋭い視線にぶつかって思わず目を逸らす。
「そうだな。」
向かいからぶつけられる肯定の言葉に目眩がする。
逃げなきゃ、殺される。
そう思うのに体が動かない。
恐怖だけじゃない、この気持ちは、絶望。
「………、」
じわりと涙が出た。
心のどこかで気付いてたのかもしれない。
私には復讐なんて出来なくて、一番近付いた土方さんに殺される事を。
「…逃げねェんだな。」
「っ、逃げても…無駄じゃないですか…。それに…体が、」
私の言葉を聞いて、土方さんは立ち上がる。
息がうまく吸えない。
目を瞑って俯いていると、土方さんが私の横に座ったのが気配で分かった。
「真弓。」
低く呼ばれて体を固くしていると、ふわりと土方さんに抱き締められる。
あやすように背中を優しく叩いてくれる。
この人は、こんなに優しい手で、人を殺す事が出来るんだ。

…あぁ、嫌になっちゃうな。
私、土方さんの事が好きなんだ…。
他人事のようにそう思った。


next

 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -