#14.ただ、笑う事を許して
 
「真弓ちゃんさぁ…。ちょっとこの仕事休んだ方が良いんじゃない?」
斡旋所の社長室に呼び出された私はオーナーにそう告げられた。
「な、何でですか!真選組案件に失敗したからですか!?他のお仕事も頑張ってますよ!?」
「ちょ、分かったから!ね、落ち着いて!!」
ぐいぐい迫るとオーナーは体を仰け反らせながら私を宥める。

総悟さんに襲われてから早三日。
結局、文書もあの紙も見付けられなかったし、多分思い当たるのはあの場面しかなくて、総悟さんから何らかの脅しめいたものがあるかと思っていたけど特に何もなかった。
理想としては、誰もあの紙に気付かなくて女中さんが捨ててくれてる事なんだけど…。
さすがに都合が良すぎるか。

「いや、ほら、真弓ちゃんは真選組が目当てな訳でしょ?最近は連続してたから分からなかったかもしれないけど、真選組案件って本当は滅多に無いんだよ。まぁ、個別呼び出し、みたいなのはあるけど…。」
「何だかすごく言いにくそうですね。個別呼び出しも滅多に無いって事ですか?」
「あー…真弓ちゃんの場合はほぼ確実に無いと言えるね…。」
「ど、どうしてですかッ!?」
思わず詰め寄ると、オーナーは真っ直ぐ私を見つめて言った。
「それは真弓ちゃんが土方副長専属って言われてるからだよ。」
「………………はい?」

オーナーが言いたかったのは、こうだ。
真選組案件二回とも、私は途中で消えてて、土方さんの部屋に出入りしているのが知れ渡っているらしい。
で、今となっては"副長の女に手を出すべからず"みたいな暗黙のルールが出来上がっているとか。
噂はさらに加速して、土方さんのプレイが激しすぎて明け方まで解放されなかっただの、私が土方さんを誘惑して骨抜きにしてるなんて話もあるらしい。
(土方さん、すごく誠実で良い人なのに申し訳ないな…。)
そう自然に思えるようになったのは、本当にここ数日の話。
私の中で一つ仮説が立ったのだ。
土方さんは副長だから、きっと忙しすぎてあんまり現場には出られない。
だって、あんなに事務作業もあるんだもん、それが普通のはず。
現場で人を斬るのは、総悟さんみたいな隊長と隊員に違いない。
それで、大体の事が終わってから現場に来る。
…あの日の、父の時と同じように。
つまり、土方さんは私の父の件とは関係無かったんだ、最初から。
事件の事は知っているかもしれないけど、土方さんは直接関係無い。
うん…きっと、そうだ。

「…でね。数日ぼんやりしてるし、真弓ちゃんはお金じゃなくて真選組案件が目当てなんだから、その仕事が無い以上、働かなくても大丈夫じゃないかなって。」
「まぁ、頂いたお金があるので少しくらいなら普通に生活出来ますけど…。有給取りたくても取れない社畜さんがいる中で、何て緩い会社なんですか、ここは。」
「はっはっはー。…ま、カタギの仕事じゃないからね。もし、真弓ちゃんに仕事が入る事があれば連絡するからさ。それまでゆっくりしてなよ。」
仕事もオーナーも胡散臭いのに、ここが居心地が良いなんて不思議だ。
私はお言葉に甘えて帰宅の準備を始めた。


帰り道、少し回り道をして歩いた。
大通りでも無く、それでも人の往来があるこの道で、何やら賑やかな声。
(路上ライブやってるのかなぁ…?)
それにしては、何て言うか、リズムが違う感じ。
「攘夷がJOY!攘夷がJOY!!」
ラップかな?
歌ってるのは髪の長いお兄さんと…、何だろう、あの白いの。
着ぐるみ?すごく大きいな。
皆、聞こえないふりして通り過ぎてるけど。
私も通り過ぎるつもりだったのに、長髪のお兄さんとバチッと目が合った。
「お嬢さん!一緒に攘夷しませんかァー!?」
気付いたら目の前に移動して、私の手を握っている。
「あの、…攘夷って、」
「ほう!興味があるか!なかなか見所があるな!」
「えっ 、いや、あの、」
近くで見ると、すごく綺麗な人だなぁ…。

ってそうじゃなくて!
攘夷って言葉をこんなとこで聞くなんて思ってなかった。
"攘夷志士"…私の父と同じなんだ、この人は。
…という事は。
「幕府や…、真選組の敵、って事ですよね?」
「うむ。戦うべき相手ではあるな。…何だ、その顔は。」
むにっと頬を摘ままれる。
この人、すごく綺麗な顔立ちだし、立ち振舞いも優雅なのに、…何か変だ。
やたら距離感近いし、そもそも初対面の女の頬を引っ張ったりする!?
「ちょっと、真選組に対して、色々あったものですから…。」
「まさか、…駐禁やられたのか!?」
「………はい?」
「それとも頻繁に補導されているのか?でもそれはお前が遅くまで出歩いているからであって、さすがに肩は持ってやれぬが…。」
あ、…この人もか。
話が飛躍しすぎて一瞬理解出来なかったけど。
「あの、私、未成年じゃないんで。」
「む、そうであったか。それは失敬。」
「…あの。私にも、攘夷、出来ますかね?」
いざ私が攘夷活動に興味を持つと、お兄さんは目を丸くした。
私が断ると思ってたみたい。
「うむ、…しかし、」
「…私の父、攘夷志士だったんです。」
「だった、か。……お前の父親の名前は?」

「お?真弓チャン?」

…本当に。
この人はいつも私が予想していないところで現れる。
「坂田さん…!」
「おぉ、銀時。」
「げっ!ヅラ!?」
三人同時に声をあげた。
どうやら、坂田さんとヅラさん?は知り合いのようだ。
「貴様もついに攘夷活動を始める気になったか!」
「馬鹿言うンじゃねェよ。この御時世、攘夷活動なんて流行ンねェの!つーかお前、もう攘夷なんて持ちネタみてェになってる事に早く気付け!」
ヅラさんにそう言ってすぐ坂田さんは私に向き直る。
その瞳が真面目なものだったから、一瞬息が止まった気がした。
「…、…元気そうで安心した。」
「坂田さん…?」
「あン時お前、死にに行くような目ェしてたから、礼も言わせてもらえねーのかって思ったンだよ。ピザ美味かった、気ィ遣わせて悪ィな。」
あぁ、あの晩の事。
坂田さんは律儀に覚えてくれていたんだ。
「いえ!あれで喜んでくれるなら、また配達しますね!」
「………おう。」
にっこりと笑い掛けると、坂田さんは短い思案の後そう曖昧に返事をした。
私にはまだ、その曖昧さの意味が分からなくて。

その時、白い着ぐるみがヅラさんの肩を叩いた。
何やら文字の書かれたプラカードを持っている。
「どうしたエリザベス?」
『近くに真選組が居ます!』
「…仕方無い、退くぞ。…えぇと、真弓殿?攘夷の話はまたいずれ!」
ヅラさんは私の右手をぎゅっと両手で握り締め、にこりと笑う。
あぁ、やっぱり綺麗な人だなぁ。
ヅラさんが私から手を離すと、入れ替わりにエリザベスさんが左手で私の手を握る。
右手の看板には『いつでも歓迎する』という文字。
そして二人はあっという間にその場から走り去り、遅れて真選組が見廻りに歩いてきた。

…真選組。
私の知らない人たちばかり。
土方さんの仲間で、私の敵。
「…アイツ等には関わるな。」
低い静かな声でそう私に告げた坂田さんはどこか遠くを見ていた。
「アイツ等?」
思わず聞き返したけど、坂田さんは聞こえなかったのか答えてくれなかった。
坂田さんが見ているのは、ヅラさんが逃げて、真選組が通って行った方向だ。
ヅラさんとエリザベスさんには関わるなって事?
それとも、真選組には関わるなって事?
どうして、そんな事を言われたのか私には分からない。

坂田さんと二人並んで沈黙していたけど、先に喋ったのは坂田さんだった。
「…あのよォ。」
「何でしょう?」
言いにくそうに坂田さんがちらりと私を見る。
「この後、時間あるか?買い出ししねェと何もねーけど、うちに飯食いに来いよ。」
「!」
突然のお誘いに心が揺れる。
…もしかしたら、この人は。
「新しい職場とか仕事で悩んでンだったら愚痴くらいは聞いてやらァ。…だから、一人で抱え込むンじゃねーぞ?」
もしかしたら。
もしかしたら、この人は私の不安とか恐怖とか見えてるんじゃないかと思う。
父の仇を討つ為の復讐心と、それが風化していく恐怖感。
土方さんに抱いてしまう安心感と、時折どうしても頭にチラついてしまう不安感。
それと、私のこれからの生き方。
ぐちゃぐちゃで苦しい心でいる事を、この人は気付いてしまうのかもしれない。
「ありがとう、ございます…。」
坂田さんは、いつも私が苦しい時に手を差し伸べてくれる。
私の依頼はとうに完了していて、もう関係無いはずなのに。
まるでヒーローだ、私の救世主なんだと思ってしまう。
「ねぇ、坂田さん。」
「ん?」

万事屋って、どんな依頼でもこなすの?
私の父を殺した人間を見つけてくれますか?
見つけたら、その人を殺してくれますか…?
助けてほしい。
私じゃどうにもならない事ばかり。
ねぇ、坂田さん。
こんな事を望んでしまう愚かな私にも、まだあなたは笑い掛けてくれますか?

「私がご飯作っても良いですか?何かリクエストがあれば何でも作りますよ!」
「マジでか!」
きらきらと笑う坂田さんに、私はそんな事を言えるわけ無いと実感する。
私は優しくしてくれるこの人に無意味に重荷を背負わそうとしているんだ。
「愚痴は…、うん。それより万事屋さんとか、皆の楽しいお話が聞きたいです!あ、あと、あの大きいわんちゃん触りたいです。」
「んじゃ決まりだな!キャバクラ初日はガチガチだったけど、今日はちゃんと酌してもらいてェしィ?」
「ふふっ、指名料とお酌代いくらもらおうかなぁ…。」
「おまっ、…ま、いーわ。そうやって笑ってくれンなら安いもんだしな。」
「!」
私は思わず両手で顔を覆った。
笑うなんて久しぶり。
特に、真選組案件以降はこんな気持ちになれなかったのに。
「そんな、冗談です!お金なんて取りませんよ!…私は、もっと素敵なものを坂田さんに頂いてますから必要ありません。…早く行きましょ!」
ぐいっと腕を引くと坂田さんは驚いた顔をしたけど、振り払う事もなく私の後に着いてきてくれた。

…今日だけ、今日だけだから。
復讐の事も土方さんや真選組の事も忘れさせて。
ただ、笑う事を許して。


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