#10.父を殺したのは、誰?
 
「も、…無理です。…っ許して下さい。」
「…嘘つけ。まだイけんだろうがよ。」

あの後、まったく色気のある展開にはならず、ひたすらお酒の瓶を空にしていくのに付き合っていた私は限界だった。
これはキャバクラでの経験が無かったら、もっと早くダウンしていたかも…。

「ひ、酷い…。」
「あァ?俺の酒が飲めねェってーのかぁ!?」
「土方さん…、酔っぱらってます?」
私自身も決して酔ってない訳じゃないけど、まだしっかり意識はある。
口調が変わってしまっている土方さんはすっかり酔っているようで。
「んだとコラ。やんのか?」
「や、…ち、近いです、土方さん!」
腕っぷしがあればやっていける真選組には不要のものかもしれないけど、格好良いなぁと思わずにはいられない。
…もっと別の出会い方が出来なかったのが残念だと考えた時点で、思わず自嘲する。
彼が魅力的に思えてきているのは否定出来ない。
だけど、彼が真選組なのは今までもこれからも変わらないんだから。

「なァ…、聞きてェ事があンだけど…。」
「な、何でしょう?」
お酒の熱で潤んだ瞳で真剣に見つめられると、それだけで心臓が跳ねる。
「…………なまえ。」
「…へ?」
「お前の、本当の名前。なに?」
「っ、」
「答えろ。」
言葉に威圧感は無い。
何だか土方さんらしくない間延びした声と言葉。
(どうしよう、答えられない。)
だって、フルネームを答えれば私の正体はほぼバレるだろう。
父を用意周到に斬り伏せた真選組が、その家族構成を知らないはずがない。
名前の完全一致は決してありえない話じゃないけど、私に誤魔化しきれる技量があるのかどうか。
「真弓、が本名ですけど…。」
それが私の精一杯の答え。
うん、嘘は吐いてない。
だけど、土方さんの表情は不服そのもの。
「あー…?別に、お前がどこの誰かを特定しようって訳じゃねェよ。…ただ、一緒に飲んでる奴の名前を知らねェってのも、寂しいだろうが。」
少し拗ねたような口調の土方さんを見て、あぁ本当に酔ってるんだなぁ、とぼんやり思った。
土方さんは私の素性を本当に調べたりはしないのかもしれない。
それに私も、この人には嘘を吐きたくない。

…けど、やっぱり。
当然、有村とは名乗れない、最初のアパートの名前も危険だ。
そうして、ふいに思い出したのは真選組案件の前日に見た、月明かりに光る銀色。

「坂田…、坂田真弓、です。」
困ったら助けてくれると言ってくれた優しい万事屋さん。
お名前借りてすみません…!
「坂田ァ…?」
土方さんは眉を寄せて、その表情は疑うというよりは嫌悪感を表していた。
(あれ?坂田さんっていう嫌いな人でもいたのかな?)
だったら失敗だったかも…、ごめんなさい万事屋の坂田さん…。
「…………真弓で呼ばせてもらうわ。構わねェよな?」
「は、はい!」
無かった事にされた!!
どこの誰か知らないけど、坂田さんって人、相当な嫌われようだ。

「…ひとつ。」
「え?」
「ひとつだけ、何でも答える。対等じゃねェし。」
「……。」
斡旋所の女なんかに対等を貫く土方さんは、本当に紳士だ。

ひとつ、かぁ…。
私が悩んでいるのは、どれを聞こう、じゃない。
ひとつしか無いこれを、どう聞いたら私に都合が良いのかという事。

父を殺したのは、誰?

(そのまま聞けるわけがない…。)
土方さんは私の言葉を待っている。
いっそ、聞きたい事なんてありません、と言えれば。
それが出来ない私は、何て言えば正解なの…?

「土方さん、は……。」
「おぅ。」
「真選組が関わった事件とか、小さいものでも把握してるんですか?そういうのって他隊士も知ってるものなんですか?」
「…俺に、じゃなくて真選組についてかよ…。」
「え?」
「や、何でもねェ…。ん、そーだなぁ…。報告書はほとんど俺がチェックしてるし、覚えてるかは別として、…一番把握してンのは、…、やっぱ俺か…。」
「!!」
やっぱり末端じゃ駄目だったんだ。
結局、私は最終的に土方さんに辿り着く運命だったのかもしれない。
「ニュースになってない、事件、も…?」
「あァ?ひとつだけだって言っ…、まぁ構わねェか…。マスコミに言うか言わねェか口止めするかは、基本的に俺か近藤さんの判断、だな…。あとはもっと上の人間か。そういうのは、一部の隊士しか知らねェな…。」
「そう、ですか…。」
父の件は、知っている人間が少ない。
情報を集めるのにも苦労しそうだけど、これはかなり大きい収穫だった。

「……対等に。」
「ぅえ?」
「…俺も追加だ。確認させろ。…本当に、金と欲か?その先には何がある?」
「………。私の、生きる意味が、あります…。」
「それはまた…、随分、」

土方さんは言葉を途切って再びお酒に口を付ける。
その先に、何があるんだろう。
…考えた事無かった?
ううん、考える余地なんて無い。
私の生きる意味は破滅の道だと理解はしている。
そこに行き着くまでの隠れ蓑に、お金と欲を利用する必要があるだけ。
(でも、何だか土方さんにそういう人間だって思われたくないな…。)
斡旋所に属してる私が言うのも変な話だけれど。

「だーから…っ、その顔なんとかしろって…!…もういい、寝るぞ。」
土方さんはお酒を部屋の隅に追いやって、畳に投げ付けるように布団を敷いた。
急展開で頭が追い付かない私の手首を掴み、布団へと投げる。
当然、その力に負けた私は布団の上に倒れ込んだ。
「土方さ…、」
「逃げんな。」
ハッとするようなその低音に全身が固まる。
土方さんがゆらりと近付いてきたかと思うと…
「駄目だ、疲れた…。」
「…え?へ?ひ、土方、さん??」
どさりと私の横に倒れ込んだ。
そしてそのまま、抱き枕よろしく私を抱き締める。
土方さんの顔が近い!
お酒のせいなのか温かい、というより熱い!
私に触れる指も胸元も男の人のそれで、仕事柄珍しくもないのに何でこんなにドキドキするの!?
「…三徹…で、明日休み、だから、…朝ま、で…。……。」
土方さんは言葉途中で力尽きて眠りに落ちた。
(三徹って…徹夜三日目って事…!?)
私なんか放っておいて、早く休んだら良かったのに…。
仕事を辞めるという口約束を破った私に対しても、彼は結局優しかったように思う。
「…おやすみなさい、土方さん。」
「……。」
規則正しい呼吸を繰り返す土方さんの頭を軽く一度撫でる。
どうして、この人は私の敵なんだろう。
どうして、私はそれを悲しいように感じているんだろう。

何かを確かめたくて、土方さんの背中に腕を回す。
そうしてそのまま私も微睡みの中、眠りへと落ちた。


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