#9.その優しさは、どこか父に似ている
 
連れていかれた先は案の定、土方副長の部屋だった。
微かに煙草の残り香がある。
(あの時、この部屋の前で…。)
もし立ち止まらなかったら。
土方副長が私に気付かなかったら。
…きっと真選組案件に関わらない土方副長と出会う事は無かったんだろう。
(出会わなければ私の復讐はスムーズだった…?)
可能性の話をしたって仕方ない。
今は、今辿ってしまった道で生きるしかないのだから。

「お邪魔、します…。」
土方副長に続いて室内に入る。
机の上には先日以上の書類が高く積まれていた。
この書類の中に父の件があるんじゃないか。
そう思うと心臓がどろりと重く血を吐き出し、目眩がした気がした。
悔しいのは、それを今すぐに調べる事が出来ないという事だった。
「真弓、…逃げるなよ?」
「っ、逃げません。」
大部屋へと気持ちが急く私に念を押してから、土方副長はどこかへ向かった。
(一晩、言う事を聞け……か。)

………。
…いやいや!
え、何、私何か期待してるの!?
確かに年齢の誤解は解けた。
私の手首の痕を見て、割りとキツめのプレイにも耐えられる事も分かったと思う。
……なんたって、オーナーも言ってたけど「鬼の副長」だもんね。
それに苦し紛れとはいえ、さっき自分で言ってしまったじゃないか。
お金も欲しいし欲も満たしたいって。
そこに、逃げるな、と付け加えられれば、それしか考えられない訳で。
(今まで、この仕事でこんな気持ちになった事なんて無いのに…。)
嫌じゃない、なんておかしい。絶対に。
相手は真選組の中枢で、私も正体がバレたらどうなるか分からない。
好きなのか、と聞かれれば絶対に違う。
…違うはずだ。
だってまだ会ったの二回目(正確には三回目)だし。
ただ、惹かれているのは事実で。


スラッと襖が開かれると、グラスと瓶を持って土方副長が入ってきた。
「お酒ですか…?」
「あぁ、…成人してンだろ?ちっと付き合えよ。」
私の向かいにどかっと座り、お酒を開けようとする土方副長を慌てて制す。
「あの!私、御酌出来ますから…!」
人生何が役に立つかなんて分からないもので。
キャバクラでお妙ちゃんやおりょうちゃんに教えてもらった接待がここで活きるとは思わなかった。
「手馴れてンな。」
「最近までキャバクラに居たので…。」
「…。」
お酒に集中していて、無意識に過去の事を話題に出してしまった事も、土方副長の眉が動いた事も、私は気付かなくて。
「…ずっとか?」
「へ?あ、いえ、半月くらいの体験みたいな感じでしたけど…。…どうぞ。」
注いだお酒を土方副長に差し出す。
土方副長はそのまま口を付けず、一度自分の横に置いた。
「お前のは俺がやってやるよ。」
自分で注ごうとしたそれを土方副長に奪われる。
「あ、だ、大丈夫です!自分でやります!」
「…こういうのは信頼関係だろうがよ。」
「信頼、関係…?」
「酒を交わすってのは、互いの腹を割るも同義。怪しい奴の注いだ酒は飲まねェだろ?…何が入ってるか分からねェんだからな。」

それは私への牽制だったのか、それとも警告だったのか。
きっとどちらでも無かったのかもしれない。
そして、真っ直ぐ馬鹿正直に、相討ちか刺し違えでの敵討ちしか思い付かなかった私には、…衝撃であり、穢れた希望だった。
ずっと、隊士から父の情報を得て相手を特定して奇襲するつもりだったけど、何も真正面から戦う必要なんて無かったんだ。
何なら父を殺した隊士と信頼関係を築けば良い。
そうすれば、食べ物なり飲み物なりに毒物を混ぜるだけで殺せる。
…私でも、十分に可能性のある作戦だった。
そんな事を私が考えているなんて、目の前の土方副長は知らないのだろうけれど。
「…信頼関係だなんて。それって口説き文句ですか?先輩方ならイチコロだと思いますけど。」
黒い考えを悟られないように、薄く笑いながらそう答える。
だけど土方副長の目は真剣で。
「お前が落ちねェなら意味無ェな。」
「! お戯れを…。」
「まァ、お前の注いだ酒なら飲んでやっても良いと思ってるのは本心だ。」
そう良いながら、土方副長はグラスに注ぎ終わったお酒を私に手渡す。
「それは、どういう…、」
私の言葉を断ち切るように、土方副長は自分のグラスと私のグラスを合わせ、そのまま一気に飲み干した。
それに倣って私もお酒に口を付ける。
(土方副長が御酌してくれたなんて知れたら先輩に何を言われるか…。)
それが憂鬱感じゃなくて紛れもなく優越感だという事実が、私を苦い気持ちにする。

土方副長は、どうして私なんかを気に掛けるの?
どうして私なんかに優しくするの?
ただ優しいだけでもない。
私に良くないと判断した時は怒ってくれるその優しさは、どこか父に似ている。
私はどこか心の中で、真選組は悪、という思いがあった。
だけど実際には警察だし、危険と知りながら犯罪者を検挙するのだって、私たち市民の生活の為。
やり方がめちゃくちゃだから正当な評価を得難いだけで、彼らに知らずと助けられている人は多いはずだ。
(…父の時も、そうだったの?)
誰かを助ける為に、父は裁かれるべき存在だったの?
その言葉が唇から零れそうで、思わず唇を噛み締める。

「…はぁ。やっぱお前、こっち側の仕事向いてねェよ。…ンな泣きそうな顔されちゃ気持ち良く飲めねェだろうが。」
「! も、申し訳ありません…!」
はっと我に返る。
土方副長には何も聞けない。
私が訳ありなのに気付いて、お互い詮索しない、と決めたばかりなのだから。
「正直過ぎンだよ。…お前は。」
そう言って、土方副長は懐から煙草を取り出して火を付ける。
聞き流すしかなかったその言葉の真意が私には分からない。
正直?私が?土方副長の前では嘘しかついていないのに?
「あー…、それからよ。こないだから思ってたんだが、」
「はい…。」
「役職で呼ぶの終いにしてくれるか?俺はお前にとって副長じゃねェしな。」
「えぇと…、分かりました。…土方、様。」
私の言葉を聞いて土方副長は、煙草を灰皿に置きながら、あー、と低く唸る。
「分かった。様もやめろ。」
「え?なっ、…無理です!」
「お前、一晩言う事聞くし、逃げねェんだろ?」
「それとこれとは…!あ!…ひ、土方、殿?」
「何でそっちだァァァ!!」
ずっとクールだとか鬼だとか言われてた人から激しいツッコミをもらって面喰らってしまった。
「だっ、て…!もう、土方さん、しか思い付かないですもん…!」
「…出来ンじゃねェか。今日はそれで通せ。」

なんていうか、衝撃。
お客様と対等でいてはいけない云々じゃなくて、土方副長…土方さんがこんなに強引だって事に。
「…約束ですもんね。そう仰るなら、その様に呼ばせて頂きます。」
「よし。いい子だ。」
そう言って土方さんは私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
この歳でこんな子供扱いなんておかしいのだけど、何故かそれが心地よくて、私はされるがままになっていた。


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