#7.それは責める事でも褒める事でもなく
 
「いやぁ、真弓ちゃん、すごいよ。僕の目に狂いは無かったなー。」
オーナーは土方副長の書いた文書を読みながら、上機嫌だった。
さっき、この文書を渡すまでサボり疑惑が出ていた私を責めた顔からは想像がつかなかったほど。
「鬼の副長っていう位だから無理強いられたんじゃない?体大丈夫?」
「はぁ…、強いて言うなら、胃がもたれてます…。」
「え、何やったらそうなるの?」
キョトンとするオーナーを見てると昨日の事は夢だったんじゃないかと思う。

結局、私は朝まで眠っていて、起きた時には土方副長は居なかった。
枕元に例の文書と、「気を付けて帰れ」というメモがあっただけ。
土方副長にはご挨拶出来なかった。
あれだけ優しそうな雰囲気を出していたし、もしかしたら遠回しに父の事が聞けたんじゃないかと後悔したけど、そんな簡単にいくわけない。
一瞬でも、真選組に心を開きそうになった自分に溜め息。

「で、相談なんだけど。この文書には"報酬三倍の対価に離職"って書いてあるんだけど、真弓ちゃんはどうしたい?」
「………お金は要りません。だから、続けます。」
私がそういうとオーナーは満足そうに頷く。
「分かった。…今後の真選組案件はどうする?」
「受けます。土方副長が関わっていなければ。」
「あぁ、それは大丈夫。彼は利用した事無いからさ。隊士のは黙認してるみたいだけど、利用は今回が初めてだよ。…ところで。」
オーナーの声が低くなる。

「真弓ちゃんの真選組への執着はファンのそれとは明らかに違うよね。…何?復讐とか?」
「!!」
心の深い所に隠したものが暴かれる。
オーナーの正体も不明なのに、言っても良いのか分からない。
「驚かなくて良いよ。今までにもいるんだ、そういう人が。攘夷浪士の奥さんとか娘とか。でも大抵は一度真選組案件をすると、復讐よりお金に負けるんだよ。昨日の中にも確かいたはずだ。」
「!」
私と同じような人がいるんだ…。
だから、オーナーは真選組の対策にも詳しいのかと感心してしまった。

お金に負ける、か。
日に日に薄れていく復讐心より、現実的なお金の存在が勝った。
…少し、分かる気がする。
復讐を誓う事は、すごく心も体も疲れてしまうから。
それは責める事でも褒める事でもなく、ただあるだけの事実に違いない。
「まぁ、僕は皆の動機なんてどうでも良いんだ。ここはギブアンドテイクの店だからさ?」
オーナーは決して深入りしてこない。
それが今の私には居心地が良くて、救いだった。


それから、一週間。
私はまだ色んな人の相手をしながら仕事を続けていた。
「いたたた…。」
今日のクライアントさんは縄を使ってみたいとの事だったので、要望に応えてみたものの。
(手首に縄の痕が残っちゃったな…。)
赤々しく刻まれたその痕は暫くは消えそうにない。
クライアントがそれなりの良識で、乱暴はされなかったし、最後には痕が残った事を謝ってくれた。
時々とても非情なクライアントもいるらしいのだが、この斡旋所はかなり力を持っているらしく、本当に悲惨な目に合った子はいないらしい。
…合意の上で、ならあるらしいけれど。
そういう意味では、この仕事に嫌悪を感じる事はあっても、恐怖を感じる事は無かった。

「真弓ちゃん、真選組案件来たよ!こないだの先輩達がかなり高評価みたいだね。同じメンバーで、だってさ。」
「そ、それ…私いなかったけど、大丈夫なんですか??」
「いやぁ、副長殿が気に入った女なら見てみたいって事で、むしろ真弓ちゃんメインみたいなところもあるから平気だよ。」
「はぁ…。あの、その時間、土方副長はどちらに…。」
「夜間見廻りに出ているらしいから出くわす心配は無いと思うよ。」
それなら、と私はこの案件を受ける事にした。

前回は大部屋に辿り着けず、結局情報調達が何も出来なかった。
誰か一人で良いから繋がりを作っておかないと。
新しい決意と、何故か土方副長に抱く罪悪感に挟まれながら、当日を迎える事となる。

(叔父さん、ここに居るのかな…。)
屯所の入り口に立ち、ふと思った。
真選組の自白強要の拷問は、まさに地獄だと聞いている。
有村の娘が生きていると知られているなら、捕まえるまで拷問は続くかもしれない。

そんな私の耳元で嫌味ったらしい声が聞こえる。
「前回は本当にすごかったんだから。新人のアンタに務まるかしらね?」
私が土方副長に抜け駆けした、という風に先輩方には伝わっているらしい。
どうやら斡旋所には真選組ファンがそれなりに多いようで、派閥では土方副長派と沖田隊長派と分かれるらしい。
廊下ですれ違いたい!って気持ちだけで真選組案件してる人もいると聞いた時は本当に驚いたけど。

いつも通り、入り口の見張りに挨拶して中に入る。
すると、
「あぁ、すみません、皆さん。」
ふいに横から声を掛けられる。
見ると、ちょっと気弱そうな私服姿の隊士がいた。
「今、天人ウイルス性の風邪が流行ってるらしいんで、検査させてもらって良いですか?」
「検査ぁ?」
今までにこういう事は無かったみたいで、皆動揺している。
「大丈夫な方だけ大部屋にご案内します。風邪を隊士に伝染されても困りますので、御了承下さい。」
恭しく頭を下げた隊士に付いて行くと、一人一人問診を受けるように言われ、新人の私は一番最後になった。

「アンタはこのまま帰されちゃえば良いのよ。」
異常無しと判断されて、すれ違い様に私にそう言い放ったのは、かなりの土方副長ファンの先輩だ。
他の先輩達も続々異常無しって事で大部屋へと移動していく。
(こんな仕事してるんだから、健康管理は私も先輩方もしっかりやってる。…慎重なんだなぁ、真選組。)
そんな事をぼんやり考えていたら、いよいよ私の番だ。
「君で最後だね。名前は?」
「真弓です。」
「! 真弓さん、ね。口開けて?」
言われるままに口を開けると、じっと覗き込まれる。
「あー…、ちょっと感染してるかも。もっと詳しく見たいから、医師呼んでくるね!悪いんだけど、このまま待ってて?」
そう言って隊士は部屋を出て行った。
(うそ…。どうしよう、せっかく屯所に入れたのに、また何も出来ずに帰るの…?)
それだけじゃない。
何回もキャンセルかけるなんて、許されない。
下手したら、もう…私には真選組案件が回ってこない事だって有り得る。
そんなのは、絶対に嫌…!!
(どうか誤診でありますように…。)
祈るように胸の前で手を組む。


確かに、すぐ戻ってくる、とは言わなかった。
もう三十分はこうしている。
こっそり大部屋に行こうにも許可が無いまま行って、もしもの事があれば一大事だ。
(前も、そうだったな…。)
大部屋に行きたくても、許されてないから行けなかった。

…それに気付いた段階で、私はきっと逃げるべきだった。
この状況の既視感に答えを求めるべきだった。

だって、あまりにも不自然な流れだって、頭の片隅では思っていたのだから。


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