#6.もうそこには私の世界は無いのに?
 
私一人になって、しんと静まり返る土方副長の部屋。
耳を澄ませば遠くの方で賑やかな声が聞こえるような気がして、今からでも合流出来るんじゃないかと思った。
だけど、名前を名乗った上に許可されていないのに部屋を出ていったらマズイかな、という気持ちもある。
それに私に"仕事"させてくれるって言ってたから、やる事やらなきゃ…。

「それにしても…どこに行ったんだろう…。」
待ってろと言われてからもう十五分は経ってる。
あれ?これって俗にいう放置プレイ?
あはは、そんな馬鹿な。
…布団敷いておこうかな。
部屋の隅に置かれた布団を抱き上げ部屋の真ん中まで運ぶ。
ふわりと煙草の匂いが漂った。
布団を広げて綺麗に整える。
「うん、これで準備は万端ね。」
「…何だ?眠いのか?」
振り返ると土方副長が私を見下ろしていた。
その手にはお盆に乗った丼と湯呑み。
「?? お夜食ですか?」
「違ェよ、…お前のだ。食え。」
土方副長はお盆を机の上まで運び、私にそこに座るように促した。
「こ、こんな夜分に丼、ですか…?」
「腹鳴らしたの自分だろーが。」
いや、そうじゃなくて。
「あの…この時間に出前ってやってるんですか?あ、屯所の食堂って遅くまでやってるんですね?」
「何言ってんだ。やってる訳ねェだろ。俺が用意してやったんだ、残さず食え。」
嘘!?私の為にわざわざ!?
事前情報だと、土方副長は"鬼"って聞いてたけど、誰かと間違えてるのかな。
不覚にも、いい人だ、なんて感動してしまった。
…まぁ、冷静に考えたら、お腹鳴ってる女なんて抱きたくないよね、うん。

「い、いただきます…!」
丼の蓋を取ると、ふわりと湯気が上がる。
真っ先に目に飛び込んできたのは黄色い…。
黄色い…、え?何これ??
親子丼でもカツ丼でも、ましてや牛丼でもない。
「土方副長様、この…上に乗ってるのって…。」
「マヨネーズだが?」
至極当然のような顔で土方副長は答える。
……て、マヨネーズ!?
え、こんなにたっぷり乗ってるのは全部マヨネーズ!?
太る!というか、食べきれるの?これ。
そろりと土方副長の顔を覗き見れば、どうも私が箸をつけるのを待っている様子。
緊張の意味でごくりと喉を鳴らし、いざ一口。
「…どうだ?」
「あ、意外と…。」
見た目に反して、意外と美味しいかもしれない。
続けざまに二口目。
私本当にお腹空いてるんだなぁ…。
もそもそ食べ始めた私を確認してから、土方さんは私の横で煙草を吸い始めた。

始めに言っておくと、私は別にマヨラーではない。
実際、キツくなったのは早くも三口目を越えた辺りで、その後は「これって拷問?」とさえ思えた。
やはり空きっ腹の数口が奇跡だったようで、これはマヨ丼と呼ぶよりは、マヨネーズとご飯少々という感じの代物だった。
だからと言って残す訳にもいかず、かといって土方副長を待たすわけにもいかず…。
後半は味なんて全然分からなかったけど、掻き込んで食べた記憶だけは残っている。
「マヨ丼…ご馳走さまでした…!」
「おぅ、気に入ったみてェで何よりだ。」
ご満悦な土方副長に本当の事は言えなかった。
(うぅ…お腹が苦しい…。)
あんなに大量のマヨネーズ摂取したの初めてだ…。
土方副長は、これ好きなのかなぁ?

時刻は丑三つ時。
もう今さら大部屋なんて言ってられないくらいの時間が過ぎていた。
「真弓。」
私の名前を呼ぶ土方副長は先程敷いた布団を捲り、中に入るように誘導する。
いよいよ、だ。
緊張しながら布団に潜り込む。
大丈夫、私ならきっと出来る。
覚悟を決めていると、土方副長は私に布団を掛け、自分は机に向かった。
「え、…あの?土方副長様?あれ…??」
上半身を起こしながら聞くと、何だ、と低い声が帰ってくる。
「お、"お仕事"させて頂けると先程…。あ、分かりにくいですか?"お仕事"っていうのは体を、」
「アホか。斡旋所から来た女の仕事なんざ、一個しかねェだろ。言わなくても分かる。」
「…んん?えっと、じゃあ土方副長様?私、」
「ガキの"仕事"は食って寝る事だろうが。もう遅ェから、とっとと寝ろ。」
肩を押されて私はまた布団へ逆戻り。

……。
これは、本当に本気でマジで真剣にこのまま寝ろって言われてるの!?
こんなに露骨な据え膳を放置しちゃうの!?
あー、でも女の人に興味無さそうな雰囲気はある気がする。

「あの、ご飯頂いてその上お布団お借りするとか、申し訳無さすぎます!」
「心配すンな、お前は俺の部屋で"仕事"してたって事にしといてやる。指名代を金額上乗せしとけばオーナーもとやかく言わねェだろ。」
「それは…。」
土方副長はさらさらとオーナー宛に文書を書いてくれているようだった。
「……まだ納得出来ねェって顔だな。」
そう言って溜め息をつくと、土方副長はこちらを一切見ずに言葉を続けた。

「お前に支払う報酬だけ三倍にしといてやる。…だから、この仕事を辞めろ。」
「え…?」
「そんだけありゃ、二、三ヶ月は生活に困らねェだろ?馬鹿な真似は止めて、それで別の、真っ当な仕事に就け。」
「…。」
どうして、という言葉は声にならなかった。
なんで、という言葉は声にしてはいけなかった。
ねぇ、私から何もかも奪った真選組が、今さら私を元の世界に戻そうとするの?
もうそこには私の世界は無いのに?
「返事は?」
「…………はい。」
今の私に、それ以外に何が言えただろう。
ここで否定の言葉を口にすれば、あの文書は破棄されるに違いない。
ならば、嘘でも肯定するしかなかった。
私は苦い気持ちのまま、そのまま目を閉じた。

だからと言ってすぐ眠れる訳もない。
土方副長は文書が終わった後も別の書類を書いているようだった。
ふー、と長い息を吐いているのを聞く限り、一段落したみたい。
ふいに、ゆっくりと煙草の匂いが近付いてくる。
「……こんな生き方すンな。」
微かに聞き取れたその声は、絞り出すように弱々しくて。
指先が少し冷たい大きな手が数回私の頭を撫でた。
冷たいのに、何故か安心してしまって。

あの日以来、私は久々に穏やかに眠りに落ちていった。


next

 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -