#5.真選組を語る上で欠かす事の出来ない人物
 
いよいよ屯所入りの当日。
真選組については、それなりに調べてきたつもり。
ただ、問題があるとすれば。
…末端隊士まで情報が降りてくれているのかどうか。
(ニュースにもなってないのは、真選組にとっては小さい事件だからなのか、それとも大きすぎて公表出来ない事件だからなのか…。)
前者ならきっと、全隊士に情報が降りたりはしないだろう。
でも後者だとしたら、父が本当に悪者の様で受け入れたくはない。

真選組からの要請はやはり性処理のようで、目的が果たせるまで終わりが見えない仕事になる事は本当に不安だ。
愛が介在しないその行為は虚しいだけで、満たされたように感じるそれは本当は満たされていない。
「ちょっと、何溜め息吐いてるのよ。真選組案件は報酬すごいんだから!新参のアンタが選ばれるなんて有難い事なのよ?…ボヤボヤしてると、アンタの仕事奪っちゃうからね。」
今日は私以外に何度も真選組に出入りしている所謂先輩達と一緒だ。
大部屋に私達10人が呼ばれてるって聞いてるから、想像するだけで今晩はえげつない事になりそう。
私は隠れてもう一度溜め息を吐いた。

特に特別な手続きもなく、入り口の見張りをしていた隊士に挨拶して屯所の中に入る。
すんなり入れるところをみると、結構な回数仕事で出入りしてるんだろうなぁと分かる。

廊下を歩くとギシギシと軋む音。
それがすごく大きく聞こえるくらい、屯所は静かだ。

私は一番後ろを歩いていた。
思ったより広いから、迷わないようにしなくちゃ。
そう思っていた私の足が、ある部屋の前でふと止まる。
(この匂い…。)
確か、あの日、私の家で嗅いだ匂いだ。
思わず拳に力が入る。
だが、部屋に明かりが点いてない所を見ると留守なのかもしれない。
大体の隊士は、大部屋にいるだろうから。
この部屋の人も多分大部屋に移動して、
(……って、え、やだ、嘘!?)

振り返った廊下には誰もいない。
前を歩いていた先輩達を見失った!!
私のバカ!せっかくのチャンスに何やってるの!?
耳を澄ませても足音はしない。
(ミスったら…、次は、無い…。)
誰かに、場所を、聞かなきゃ…。
でも、誰もいない。
とてつもない絶望が体を支配する。
私はそのままペタリと床に座り込む。
「………ぅ、……。」
涙がじわりと涌いてきた。
(馬鹿、泣いてる場合じゃないでしょ…。)
どこでも良い。
明かりの点いてる部屋を見つけて場所を聞かなきゃ。

その時。
スッと襖が開いて、暗闇から現れた大きな手が私の頭を握り潰すかのように掴む。
それは本当に気配も無く一瞬の出来事だったから、私が避けるなんて事は不可能だったわけで…。
「いッ…!!」
「……ここで何をしている。」
頭上から降ってくる声は、低くて明らかに怒気を含んだものだった。
「…?…お前、斡旋所の女か?」
反射的にバッと顔を上げると、声の主と視線がかち合う。

…ああ、そうだった。
これはこの人が吸う煙草の匂い。
この声も、この顔も。
あの日の私は彼の事を知らなかったけど、今はよく知っている。
真選組を語る上で欠かす事の出来ない人物。

「ひじ、かた…、副長…?」
「…、お前、何で。」
頭を掴まれていた手が離される。
「……とりあえず、中に入れ。」
その手でそのまま私の腕を掴み、私を立たせた。
「あ、でも、私…。大部屋を探し、」
「黙れ。お前に拒否権は無ェよ。」
ぐいっと部屋に引き込まれてしまえば、その力の差に改めて絶望する。
私は本当に無謀な事を成そうとしているんだ。

「そこに座れ。」
促されるまま、私は畳に腰を下ろす。
土方副長はあの日の隊服ではなく、黒の着流しで、今から休むところだった事が分かった。
「まず、お前が何者か説明しろ。」
「お、仰る通り"お仕事"で此方に来ました。ただ、うっかり先輩方と逸れてしまいまして、途方に暮れていました。…あの、申し訳ございませんが、大部屋まで案内して頂けると助かるのですが。」
何で普通に受け答えするだけで、呼吸が苦しいんだろう。
土方副長は、開いたままの瞳孔で私を見据えたまま、目を逸らさない。
早く解放してほしいのに。
「……駄目だ。認められねェ。」
「! そ、んな!私クビになるのは困ります…!」
思わず肩が震える、それは再び訪れた絶望。
この仕事が出来なければ、恐らく私はもう真選組に出入りするチャンスは巡ってこない。
その為に、こんな仕事を続けてきたのに。
「チッ。こんなガキまで裏に落とすなんざ、大した優良会社だなァ。…一度しょっ引くか。」
「あの、私、」
ガキじゃありません、と言おうとした瞬間だった。

ぐぅ…とお腹が鳴ったのは。

「!!!!!」
「…………お前、それ。」
緊張しててもお腹って空気読まずに鳴るんだね…。
確かに、今朝からご飯が喉を通らなかったってのはあるけど。
「す、すみません!」
本当にやる気が空回りし過ぎだ。
土方副長は暫く微動だにしなかったけど、ふいに笑い出した。
「ククッ、このタイミングで鳴らすかよ。」
「う…、本当にすみません…。」
「そんなんじゃ大部屋行ったところで体力保たねェよ。悪い事ァ言わねェから止めとけ。」
きっぱりと言われてしまうと望みばかり断たれる。
だって相手はここの副長。
そんな人が駄目だと言ったら、引く以外に何が出来るんだろう。

でも、ここで終わらせちゃ、駄目だ。
今出来る最善は尽くす。
先輩達とはぐれたのは失敗だけど、土方副長に会えたのは逆に言い替えれば幸運かもしれない。
この組織のナンバー2なのだから、私が欲しい情報もきっと持っている。
これが正真正銘、最後のチャンスだ。
うまく、やらなきゃ。

部屋の隅に布団が詰んであるのが目に入る。
「このまま帰る訳には参りません。土方副長様、私に"お仕事"させて頂けませんか…?」
恐らく土方副長は断るだろうと、何となく思っていた。
でも、これを言わずには帰れない、諦められなかった。

「………。」
土方副長は即答せずに、じっと私を見ている。
「……お前、名前は?」
「えっ、あ、真弓と申します。」
「真弓…。」
低い声で私の名前を呼ぶ土方副長は、きっと斡旋所なんて使う必要が無いんだろうな、と思えた。
先輩の中に土方副長ファンの人もいたし、彼が真選組じゃなければ狙った女の子もたくさんいそうだ。
そんな人が私の誘いに乗る可能性なんて…。

「そんなに金に困ってンのかよ…。」
「! …そ、それは。」
呆れるというよりは、心配に近い声音だった事に驚いた。
困ってはない、でもこの仕事を辞めると、後が無い。
「……分かった。ここで待ってろ。」
土方副長はそう言うと、部屋から出ていった。
「助かっ、た…?」
緊張で固まっていた体から力が抜ける。

それにしても…、なんて、惨め。

憎くて憎くて仕方ない真選組に、こんなに下手に出なきゃいけないなんて。
(まるで道化ね…。)
思わず自嘲してしまう。
でも、相討ちすら高望みなんだと、ただ捕まれただけの腕だけで理解できた。


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