#4.無理してるように見えますか?
 
その日の夜、私はあれから一度も寄り付かなかった家の前にいた。
当然、家には明かりなどついていない。
真選組の捜査とやらは、もう終了しているらしい。

すぐ隣の叔父さんの家の様子も見てみたけど、やっぱり明かりはついていない。
叔父さんは奥さんが早くに他界していて、子供もいない。
だからこそ、私にとても優しかった。
(どうか、無事でいて下さい。)
実は、叔父さんが捕らえられた同日、私のいたアパートにも真選組が来ていたらしい。
きっと、酷い拷問を受けて、口を割らされたに違いない。
それに関して叔父さんを責めるのは筋違い。
本当に悪いのは真選組なんだから。
泣きそうになるのを誤魔化すように頭を左右に振って歩き出す。

私の家の玄関にはもう表札は無かった。
…そうだよね、誰も住んでいないんだから。
入り口も打ち付けられていて、私の家は完全に封鎖されて、何だか違う人の家みたいだった。
悲しいという気持ちよりも、これが現実なんだなと切なくなった。
(お父さん…もうすぐ、だからね。)
密かにそう誓って、立ち去ろうと歩き出した時だった。


「真弓チャン?」
「ッ!」

心臓が、止まるかと思った。
ううん…、きっと一瞬止まったと思う。
こんな夜更けに人が往来するような場所じゃないのは、住んでいた私が一番よく知ってるから。
それに、ここからかぶき町は少し離れているから。
だから、こんな時間にこんな所で会うなんて予想すらしていなかった。

「こ、こんばんは。坂田さん…。」
金色に輝く月と、月明かりに光る銀髪の対比が幻想的なくらい綺麗。
キャバクラ初日以来だから、随分久しぶりな気がする。
それでも、半月ちょっとか。
久しぶりな気がするのは、私があの時より汚れてしまったからかもしれない。

「よォ。…店辞めたって、」
坂田さんが突然そんな事を言い出して、私は焦る。
「そ、そうなんですよ!やっぱりキャバクラは私には向いてなかったみたいで普通のお仕事に就く事にしました。勤務まだだから今は貯めたお金でニート満喫してるんですよね!あははは!」
「ちょ、真弓、」
「……。」
お店辞めたの、バレちゃったのか…。
まぁ、そうだよね。
紹介してくれたのが坂田さんなんだから。

「あ、あの…。辞めておいて、こんな事言うの、変なんですけど…。」
「おー。言ってみ?」
私は一呼吸おいてから、坂田さんに頭を下げた。
「キャバクラ、紹介してくれてありがとうございました!意外と楽しかったです。今まで私は知らない世界だったので、ちょっと偏見ありましたけど…。…うん、経験出来て良かったです!」
「お、おう…。いや、そんなに感謝される事でもねーけど…。つーか、頭上げてくれ。」
坂田さんの慌てるような声を聞きながら顔をあげた。
優しい目をしてる。
紅い瞳は存在感があるのに、威圧感を感じないのは坂田さんから感じる柔らかい雰囲気のせいかもしれない。
…本当に、感謝してる。
叔父さんに送り出された不安しかない私に親切にしてくれて。
それが仕事だと分かっていても、幾分救われたのは事実。

「で、次は何すンの?」
「……。え、と…。」
何て答えよう。
本当の事は言えない。
坂田さんが私の返答を待ってる。
「デリバ…、…た、宅配員です。」
うん、嘘じゃない。
ただ届ける商品が自分なだけで。
「宅配員んん?え、何の?ピザ?寿司??」
私の肩をガシッとつかむ坂田さん。
目が!全然柔らかい雰囲気じゃなくなってる!
「そ、そうですね、ピ、ピザかな!うん、ピザの宅配です!」
坂田さんの手を掴んでゆっくり押し返す。
…温かい。
その温度に、不覚にも泣きそうになってしまった。
「マジでか!」
「は、はい。…あ、今度ピザ届けますね?私が持って行けるかは分かりませんけど…。」
「約束したからな!?破ンじゃねーぞ!?」
坂田さん、必死。
そんなにピザが好きなのかなぁ…。

明日、真選組案件の前にピザの宅配頼んでおこうかな。
眼鏡君とチャイナちゃんがいるから大きめのやつ。
サイドメニューも付けてあげよう。
キャバクラで稼いだ分は全部振り分けちゃったけど、斡旋所の分がかなり余ってる。
念の為、稼いだほとんどが祖母の治療費に回るようには手配しているけれど。

そんな事を考えていたら坂田さんが一番最初と同じ声で私に言う。
「…なァ、…無理すンなよ。」
「!」
この人は、どこまで、何を知ってるんだろう。
…なんて、そんな訳ないのにね。
「無理してるように見えますか?私…。」
声が震えたかもしれない。
坂田さんが一瞬、息を飲んだのが分かった。
「……見えねーよ。」
「じゃあ、別に、」
「見えねーから言ってンだ。…お前、何をそんな必死に隠してやがんのか、全然見せようとしねェんだよ。」
「……っ。」
だって。
知られたくない、この人に。
私が酷いこと考えてるのを、知られたくない。
嘘ばかり重ねているのを、知られたくない。
だけど、…本当は。
本当は私だって。

「あのなァ、もっと頼れよ。一度受けた依頼なんだ。もう関わっちまってる時点で、とことん付き合ってやるつもりでいンだよ、こっちは。」
「坂田さん…。」
あぁ、やだな、また泣きそうだ。
父が死んで、叔父さんがいなくなって、私を知る人は誰もいない。
そんな中で、こんなに優しくされたら、響かない訳がない。
…でも駄目だ。
誰かに言ってしまったら、この気持ちが消えてしまいそう。
何より、これは私の問題なんだから。

「ありがとうございます。私は元気に頑張ってるから、心配しないで下さい。」
「………。」
「もう遅いですから、私帰りますね。…坂田さんにもう一度会えて嬉しかったです。さよなら。」

私は振り返らずに歩き出す。
これ以上、優しさに触れたら、色んなものが折れてしまいそうで。
坂田さんに直接御礼を言えて、本当に良かった。
明日ピザ二枚に増やしてあげよう。
ささやか過ぎるけど、大袈裟だと坂田さんは余計に心配しそうだから。

これからもお元気で。
また私みたいに困ってる人を、沢山助けてあげて下さいね。

「ンだよ、それ…。それじゃ、まるで…、」
足早に歩き出した私には坂田さんの言葉は最後まで聞く事が出来なかった。

4月終わりの夜空。
風はまだ、少し冷たい。


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