#2.刺し違えてでも、必ず
 
「ここね…。」
辿り着いたアパートは小さくて年期が入っていたけれど、一人で住むには調度良い広さだった。
定期的に手入れをされているのか、すぐ住めるようになっていた。
今日からここが、私の家。

…それにしても。
父は本当に攘夷志士だったのだろうか。
私は何も聞かされていない。
父は優しい人だ。
天人によって変えられたこの国を憂う人は少なくは無いと思う。
ただその実、生活が劇的に変わり豊かになった一面も、確かに存在はする。
どちらが正解かなんて断言できない。

会合と言っていた…。
昨日、父は何かを決め、何かを起こすはずだったんだろうか。
それは命を以て償わなければならない程の内容だったんだろうか。
(考えたって、分からないし、変わらない…。)
まずは、これからは一人で生きていかなくちゃ。
祖母には、言えない。
言えるわけがない。

「…っ、…ぅぅ、…。」
今だけ泣こう。
泣いて、泣いて、泣いて。
それから体勢を立て直して、必ず真相を暴く。
刺し違えてでも、必ず。
私は畳に頭を擦り付けながら、声が出なくなるまで、泣いた。


大家さんに話を聞くと、私の部屋は全く知らない人の名前で借りられていた。
私がその人物ではない事を気付きながら、何も聞かれなかったのは、そのように手が回されているからなんだろう。
私は、その名前を引き継いで、ここで暮らす事になる。
攘夷志士の誰かの名字なんだろう、と漠然と思った。


勤めていた会社にはあの日、叔父さんが話を通してくれていたらしい。
突然ながら私は寿退職をした事になったようだ。
真弓ちゃんの花嫁衣装を見るのが俺達の楽しみだったのさ、なんて言うもんだから、枯れたはずの涙が復活して大変だった。

「働か、なくちゃ…。」
頂いたお金も、所持金も最初から多くはない。
けれど、今の私が隠れて働ける場所なんてあるんだろうか。


「そりゃあ…。名前や身分隠しててもオーケーで稼げるってなりゃあ、…夜の蝶だろ。」
「はぁ…。」
求人広告を集めながら街を歩いていて、たまたま目に入った『万事屋銀ちゃん』の看板。
ここなら情報誌に載ってない事も分かるんじゃないかと思って立ち寄ったのだった。
「まぁ、お嬢ちゃんだったら、それなりに稼げるとは思うけどさァ。駄目だよー?あそこは18禁だかンね?大人になってから出直してきな。そん時ゃ俺にもサービスしてくれや。」
目の前の気だるい雰囲気を醸し出しているのは、ここのオーナー・坂田銀時さん。
ここはちゃんとした会社じゃないのかな?
他には眼鏡を掛けた若い男の子とチャイナ服の女の子、それに大きな犬…のような生き物しかいない。

「あの…年齢は問題無いと思います。ただキャバクラ経験は無いですけど…。」
「あ?嘘は良くねェぞ?どう見たって、そこの眼鏡掛け器と同じくらいでしょーが。」
「誰が眼鏡掛け器じゃあぁぁぁ!!」
ガッシャーンと、暴れ始める坂田さんと眼鏡君。
えっ、この人達、上司と部下なんじゃないの?
「ど、どうしましょう!?」
「いつもの事ネ。ほっとくヨロシ。」
女の子に話し掛けると、騒動に目もくれず酢コンブをもぐもぐ。
大丈夫かなぁ、この会社…。
私の年齢がはっきりすれば止められるかな。
年齢…、年齢が載ってるもの…。

「あ!!私、免許証持ってます!」
財布から免許証を出して、坂田さんに手渡す。
それと同時にしまった、と思ったけどもう遅い。
これ、私の本名載ってるけど大丈夫…だよね?
だって、父の事件はニュースにも新聞にもならなかったのだから。
(進展が知れないのは残念だけど…。)
坂田さんは免許証と私を交互に見る。
眼鏡君もそれに倣って、同じように私を見る。
何だか恥ずかしいな…。
「えーと…。どちらかというと、坂田さんの方が年齢近いかもしれません。」
「はァ!?ちょ、え?…え、成人してンの!?マジでかァァァ!?」
坂田さんは気だるそうに半開きだった目を全開にして免許証を睨んでいる。
「も、もう見ないで下さいッ!」
私は坂田さんから免許証を奪い取ると急いで財布にしまった。

「あー…。ま、年齢足りてるならいンじゃね?つっても、店なんざ星の数だしなー。どっか希望とかあンの?」
あれ、あれれ。
何だかキャバクラで働く流れになってきてしまった。
出来れば普通の仕事がしたいんだけど、今の状態だと難しいもんね。
こればっかりは仕方ないか。

その時、ふとある考えが浮かんだ。
「…有名な人が来るお店が良いです。政府の人とか要人とか、…警察とか。」
「警察だァ?なに?制服フェチですかコノヤロー。」
坂田さんは眉間にシワを寄せて吐き捨てるように言った。
ええっ、何か警察に恨みでもあるかのような突っ掛かり方!
警察が得意な人はあんまいないと思うけど、万事屋さんって少しアングラな感じするし、相性は良くないのかも。
「昔、真選組にはお世話になりまして、…お会いしてお話してみたいなって。」
声のトーンが少し下がったかもしれない。
「……。」
「ま、まぁ、ただのミーハー心なんですよね!芸能人に会いたい!みたいな。」
坂田さんの目付きが一瞬鋭くなった気がして、慌てて話を切る。

「だったら姉上の所とかどうですか?知らない人ばかりよりは心強いと思いますよ。」
「そうネ!あそこならゴリラも来るし、将ちゃんも来るアル!」
眼鏡君と女の子は表情を明るくして私に提案する。
ゴ、ゴリラ?将ちゃん??
よく分からないけど、確かに知らない人ばかりよりは、少しでも知ってる人がいた方が心強い。
「あ、ありがとうございます!…私、今手持ちがあんまり無いんですが、振込先教えてもらっても良いですか?」
「…いや、俺ら何もしてねェし、気にすンな。今度様子見に行くからまた話聞かせてくれや。」
「はい!必ず!」
感謝を込めて笑顔を返してから、私は万事屋を後にする。

「有村真弓、ねェ…。」
そう小さく呟いた坂田さんの声は、窓から聞こえるかぶき町の雑踏に溶けた。


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