来島が睨んでいる私に気付いて高杉に問う。
「晋助様、この女は…?」
っていうか、今気付いたんだ。
高杉しか見えてないのかしら?
とんだ猪闘牛娘ね。
…あらら?何だか他人とは思えないぞ?
「…ただの野良剣士だ。捨て置いて構わねェよ。」
「…ッ!」
嫌な奴、最早私は真選組でも無いってか。
でも言いたい事は理解出来る、それがただの挑発でも。
私は力の入らない体で刀を握り直す。
三人の間隔が少しでも空けば斬り込めるのに…。
このままの突撃はさすがの私でも無謀だと分かる。
河上が高杉と私を交互に見る。
「晋助…、お主の心音…。」
「ちっとばかり噛まれちまってな…。後は任せる。」
焦りや苦痛を、部下の前で僅かも顔に出さない高杉は、まさに上に立つべき人間のそれだった。
だけど、私だって深追いだと分かってて此処まで追ったんだ。
そう簡単に見逃すわけにはいかない。
「ッ待て!!逃がすか!」
何とか足に力を入れて踏み込む。
「晋助様ッ!」
来島は私から目を離さずに、高杉の為に私を足止めする。
危ないな…、少しだけかすった髪の毛から焦げたような臭いがする。
…二丁拳銃か。
ついさっき戦った天人もそうだったけど、使い手が違うと最早別物。
早く倒さないと高杉にはたどり着けないのに…!
「そこを退け…ッ!」
「…うるさいッスよ!」
来島の銃撃をギリギリで避けるものの、息つく暇もありゃしない。
これ以上、傷を負うわけにはいかないのに。
それでも負った傷は無かった事にはならない。
…本当にかすっただけだった。
なのに、余りに左腕に激痛が走ったから、私は無意識に速度を落としてしまった。
その隙を来島が見逃すはずはない。
瞬間、無慈悲な乾いた音がしたと思ったら、今度は腹部に激痛が走る。
「っう…ぐ、…!」
赤く染まりきったシャツではもうどこを撃ち抜かれたのか分からない。
(飛び道具は私も所持を検討しなきゃいけなかったな…。)
手放しそうになる意識を何とか繋ぎ止める。
もう立っている事も出来なくて、私はそのまま地面に崩れ落ちた。
「た、か…、すぎィ…ッ!」
口の中に血が溜まって、上手く言葉が紡げない。
結局、高杉は一度も私を見ずにコンテナ倉庫から立ち去った。
来島は動けなくなった私に興味を無くし、すぐ高杉の後を追っていった。
トドメを刺していかないのは、驕りとも油断とも違う。
私が死ぬのを確信しているからだ。
…いや、そうとも言えないか。
だって、ここにはまだ、河上が残っているんだから。
「…主の音は不思議だ。」
ゆっくりと近付いてくる河上から逃げる術はない。
…逃げるつもりはないけれど。
ここで河上が惨たらしく時間を掛けて私を殺してくれれば、それだけで時間が稼げるんだから。
河上は私のすぐ横まで近付いてしゃがむと、告げた。
「…美しい。ひたすらに真っ直ぐ。プツリと断ち切られた糸さえ、また違う真っ直ぐな糸で繋いでいる様だ。…先程、晋助に心を潰されたばかりにも関わらず。」
「!!…悪趣味、ね…。」
心の中でも見えてるんだろうか、この男は。
声にならない声で言うと、河上は意外と優しく笑った。
「決して生き上手では無いようだ。なるほど、こんな死に際にも澄んだ音を奏でるとは。……しかし、期待しても駄目でござるよ。余計な戦いは避けたい故、これにて御免。」
「…、ぁ…。」
本当に捨てて行かれた。
きっと河上も高杉を追ったのだろう。
それにしても、彼は何が言いたかったのだろう。
戦いと呼べるべきものでは無いはずだ。
だって私には抵抗するどころか、立ち上がる余力さえ残ってないのだから。
誰もいなくなったコンテナ倉庫はとても静か。
(寒い、な…。)
雨に打たれ過ぎたから体が冷えたのかなぁ…。
それとも、やっぱり…失血による体温低下、かな。
左肩の血はまだ止まらないし、お腹は絶賛大量出血中。
確認出来ないけど、水溜まりに寝転んでるみたいな感じだから、きっとシャツはついに全部赤に染まったに違いない。
(洗っても取れないだろうなぁ…。新しいの用意、しなきゃ…。)
耳を澄ませば、微かに喧騒が分かる、気がする。
…真選組の皆、無事かなぁ。
局長達はきっと…絶対に無事。
だって副長も沖田隊長も皆もいるんだもん。
あの隊士達も、あやめなら何とかしてくれる。
あやめにはあやめの仕事があっただろうから、それだけは申し訳ないけれど。
うん、真選組の事は、大丈夫そうね…。
鬼兵隊は、まず高杉の手当てをするはず。
一般的な神経麻痺の毒だから、それに詳しい人間が隊に居れば、すぐに適切な処置をされるだろう。
その頃には一斉検挙は終わってるはず。
(高杉は、この取引に執着なさそうだったし。)
…河上が個人的に動いたら分からないけど、鬼兵隊の件もそこまで問題視しなくて良さそう。
……うん、良かった。
これなら変に未練も残らない。
本当に…?
私の心残りは、真選組と鬼兵隊だけ?
あるでしょ。
それと同じか、それ以上の心残り。
もう一度会いたい…。
声が聞きたい…。
「ぎ、…とき、……さ、…。」
誰もいなくなったコンテナ倉庫は、私の声か息かも分からない音すら響かせる。
あー…あの時抱き付いた銀時さん、あったかかったな…。
甘くて良い匂いだったし、今とは大違い。
何で私は、こんな寒くて吐きそうな程の血の臭いの中に倒れているの…?
心残りや未練って呼べる程、希望があった訳じゃないから。
アプローチの甲斐が無かったのは、最近になって諦めがつき始めてたから。
最初から最後まで、…他人以上友達未満。
これは後悔でも、未練でも無い。
ただ単純に。
「ごめ、…な、さ…。ぎ、ん……。」
八つ当たりして酷い事を言ってしまったのを、謝りたかった。
最後があんな言葉になるなんて思わなかった。
分かってたら、銀時さん好き好き大好き愛してる、って全力で言ったのに。
そしたら、きっといつも通りだったのに。
まぁ…、謝れたとしても。
仲直りしてもらえるかは、分からないけど。
(一人で生きて、一人で死ぬ…。道理ね。)
それは私の生き方を正しく表している。
決して長いとは言えない人生だったけど、その生きる途中で、銀時さんと真選組に出会えて、…私は幸せだった。
その時、少し離れた位置から物音がした。
誰か、コンテナ倉庫に入ってきたみたい。
こんな何も無いところに、どうしたんだろう。
(真選組、かな…?)
だとしたら、一斉検挙は終わったのかな。
お疲れ様って言いたい。
お茶を淹れてあげたい。
…どうせ死ぬなら、副長に士道不覚悟で切腹を言い渡されて死にたい。
介錯は沖田隊長にお願いしたいなぁ…。
倉庫に入ってきた誰かは私に近付いて立ち止まる。
(もしかして、鬼兵隊…?)
今さらこんな状態の私に用があるとは思えないけれど。
高杉が麻痺毒の仕返しに…?
いや、さすがにそれは無いか。
ふいに体が宙に浮く。
あれ?私、召されてる?天からのお迎え?
もちろん、違う。
(私、抱き抱えられた…?)
霞む目でその人物を見ると、服はどうやら白っぽい。
ちょ、私の血で汚れちゃう…!
降ろして欲しいと思う反面、その腕の温もりに安心してしまう。
「……。」
何か言いたかったけど、口を開く力も残ってなくて、やめた。
この安心感に身を任せ、目を閉じる。
…もう、寒くない。
「なァ…、お前、顔色悪ィぞ…?ッ!ちゃんと生きてっか…!?オイ!!」
懐かしいな、銀時さんが初めて私に掛けてくれた言葉だ。
こんな時まで思い出すのは銀時さんの事だなんて。
「……。」
(好き、…大好き。)
たくさん付き纏って迷惑だったかもしれないけど、無視しないでくれた。
私の話は、ギリギリまで我慢して聞いてくれた。
弱ってる私に気付いてくれた。
私の代わりに仕事を手伝ってくれた。
プリンをくれた。
私の体を気遣ってくれた。
真選組との向き合い方を教えようとしてくれた。
…本当に、優しい人。
好きになれて良かった。
私にも剣術以外に誇れるものが出来た。
銀時さんを好きになれたのは、私の誇りだよ。
…これで真選組の皆も好きって言ったら、嫉妬してくれないかなぁ。
なんて。
私はこの気持ちを抱けただけでも、充分過ぎる。
「…、……!!……!」
あぁ、耳元で言われているのに、声が遠い。
視界がどんどん霞んでいく。
私の体はしっかり抱き上げられていて、どこかに運ばれているみたいに揺れる。
助けてくれようとしているの?
見ず知らずの私を?
…この人も、優しい人なんだなぁ。
ねぇ、最期の頼みだから、我儘いいですか?
どこの誰か分かりませんが、親切で優しい人。
……私は…ちょっと、疲れてしまったので。
もう永い眠りに、落ちるけれど…。
どうか。
私が眠るまでで構わないので。
あと数分。
それまで私を離さないでいて下さい。
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