#4:こんな有名人にお会い出来て光栄だわ
 
(寒い…。)
何だか屯所に戻る気にもなれず、当然銀時さんに会いに行ける訳もなく、私は雨のかぶき町を彷徨っていた。
私の冷えた心とは真逆に、何て賑やかな町。
雨から逃げたくて喫茶店に入ろうかとも思ったけど、ずぶ濡れで入ってお店に迷惑を掛けるわけにはいかなかった。

そもそも皆、向いてないとか欠けてるとか言うけど、どうして「何が足りないのか」っていう核心には触れないの?
それは私が自分で気付かないと意味無いから?
…それとも。
それらはあくまで予測に過ぎず、本当に正しいか判断出来ないから?
でも、予測の段階で向いてないとか欠けてるって思ってる?
もー…、好き勝手言わないで欲しい。

小雨に変わり始めた頃、ふらりと私の足が向いたのは、港。
一般人と等しく天人や要人なんかも貿易に使うけれど、ターミナルが完成してからは少し廃れた印象。
やがて表向きに運べない物に利用されるここは、確かに色々隠して行うには最適なんだろう。
一斉検挙って事は、何か大掛かりな取引があるのかもしれない。
(今晩、か…。)
呼ばれてもないのに、こんな場所に居たら何言われるか分からないな。
副長には親切にしてもらってるけど、規律は何より重んじる人だもの。
士道不覚悟で切腹ー!って言われそう。

私は港から少し離れた、全体が見回せる位置に立つ。
公園と呼ぶには小さい、いくつかベンチが置いてあるだけの簡単な休憩所だ。
もう少ししたら綺麗な夜景が楽しめるのかもしれない。
だからか、周りはカップルとカップルとカップル…。
(…雨の中、ご苦労様です。)
さっき喧嘩したのか、泣いている彼女を慌てて慰めたりしている彼氏を見て、頭の端で銀時さんを思い起こした。
私があの場所から走って逃げて、追い掛けて欲しいなんて思える立場でもない。
銀時さん…怒ってるかな…。
いや、今までだって迷惑してるのに私に付き合ってくれてる感じだったもんね、考えれば。
…考えなかったのは、やっぱ、好かれない事より会えなくなる事の方が怖かったからなのかなぁ。
(いきなり苺大福ぶつけちゃったし、ほとぼりが冷めるまでは会いに行きづらいなぁ…。)
銀時さんに毎日会おうキャンペーン真っ最中なのに…こればっかりは、仕方ないか。


さて。
まずは頭を現実に戻して…。
一斉検挙っていうか、取引?は何時から始まるんだろう。
深夜に行われると思いきや、意表を突いての真っ昼間に行われていたりもするから、この辺りの情報は正確さが命。
あやめに詳しく聞いておけば良かったな。
「…ん?」
その異変に気付いたのは、私だけらしく、カップルは何も無かったように一つの傘で寄り添い合っている。
私は港の端から端を目を凝らして見る。
「!!」
ほぼ直感であると言っても間違いない。
この距離から分かるはずの無いことなのだから。
(今の、レーザーサイト!それに銃声も聞こえた、火花も見えた!これは…!!)
私は全速力で港へと下る。

一斉検挙が夜だからと言って、真選組がその時間だけ動く訳じゃない。
監視や情報専の隊士は、事前に潜んでイレギュラー対応をするはず。
基本的には何事もなくて、局長達が到着して取り押さえるのが常だ。
夜と呼ぶには、まだ少し早い。
もしこの時間だとしても、それならもっと派手な動きがあるはず。
…だから、この時間に戦闘の可能性があるのはおかしい。

そこかしこに積まれたコンテナに身を隠しながら、私は状況把握に努めた。
気配と僅かな血の臭いを辿る今の私は、正しく攘夷戦争の為に生まれたのだと突き付けられた気がして苦笑する。
だって、その為なのだったら、真選組がどうのという話じゃなくて、もう随分前から私の存在価値は無かった事になるんだから。
(まぁ、今は今出来る最善を。勘違いや杞憂なら良し。)

「やーっぱりな!人間の匂いがしやがるからおかしいと思ったんだ!こりゃ、今日の取引バレてるみてーだなぁ!」
姿を確認するより先に大声が聞こえてきて、私は息を殺してそれが誰かを確認する。
大声で叫んでいたのは、…ライオンのような顔の天人だ。
取り巻きなのか黒猫のような天人が、五人。
(…!あれは、真選組の、隊服…!!)
天人の足元に落ちているのは、私が着ているのと同じ隊服だった。
そこから伸びる赤を辿れば、既に血を纏って倒れている隊士が二人。
その奥には、隠れるように一人いるみたい。
「コイツら、まとめて肉塊にしてクール便で真選組に送りつけてやるか!」
ギャハハと笑う天人達を見て、沸き上がる感情はひとつだけ。
これが私の感情なのか、攘夷戦争の際に天人に対する植え付けられた感情なのかは分からないけど、それは私の体を勝手に動かすのに十分過ぎる理由。

「ニャーニャーニャーニャー発情期ですか天人さん?アンタ達は猫じゃらしとでも戯れてなさい。」
「誰だ、」
「遅いッ!!!」
私は刀に手を掛け、走りながら居合い抜きで天人を薙ぎ倒す。
膝を着いた黒猫天人は四人、まずまず腕は落ちていない。
「ちゃーんと検挙してあげるから、それまで大人しくしてなさい、にゃーお?」
「馬鹿にしやがって…ッ!」
ライオン天人は厳つい銃を二丁、黒猫天人達はまさかの四丁持ち。
天人が六人で、銃は計二十二丁か。
…これはサプライズだけど、負ける気がしない。
それは自惚れとも油断とも違う。
だって私は、これの比じゃないくらい強い人を知っているから。
天人がトリガーに指を掛かる前に駆ける。
「私を殺したければ、沖田隊長を二人以上連れてくることね!もしくは、私に愛を囁く銀時さんでも可!!」
「ぐあぁあぁぁッ!」
刀の刃と柄、鞘を使って舞うように天人を斬る。
極力は殺したくないし、真選組の計画の為に騒ぎを大きくしたくないのが本心。
だけど、必要なら容赦しない。
私の殺気に怯んだ天人が撃った銃弾は私に当たるわけがない。
「下手くそ。」
「……これだから人間は馬鹿で救いようが無ェなァ。」
ニヤァと笑う天人を見て、ざわ、と胸が騒ぐ。
銃口の先を見ると、隠れてた隊士の肩に命中したようで呻き声が聞こえた。
(しまった…!)
守れたはず、あんな銃弾叩き落とせたはず。
油断はしてなかった。
なのに、起きた不足の事態。
辺りに立ち籠める血の臭いが濃くなったと分かるのは、私の動物的な感覚。
あぁ、くらくらする。
「…死んで、後悔しろ。」
それが自分の声だったかは分からない。
けれど激昂して我を忘れた私が気付いた時には、ライオン天人と黒猫天人五人の首が足元に転がっていた。

「大丈夫!?」
頭を振って冷静さを取り戻した私は、さっき撃たれた隊士に慌てて駆け寄った。
持っていたハンカチを広げて、その肩にきつく結ぶ。
致命傷には至らないようで安堵した。
「有村隊士…、自分は、」
「助けを呼びますから!そこの二人もまだ生きてるんでしょう!?」
「…は、…一斉検挙はまだ、奴等にしか、気付かれてません。下手に動くと…本当に勘付かれて、全て、お終いです…。」
辺りは薄暗いのに、彼の血色が悪くなっていくのが分かる。
いくら致命傷じゃなくても、このままで居たら、無事には済まないだろう。

…もし、この瞬間が油断だというなら、やっぱり油断だったのかもしれない。
だって私は、彼等を助ける事しか考えられなかったんだから。

「それでもこのままじゃ、」
「…ぐ、危なッ!」

それは本当に一瞬。
背後で冷たい殺気を感じたのと、彼が私を横に突き飛ばしたのは同時。
もしも気配を消していたとしても、元がこれだけ冷たい殺気なんだったら、少なくとも私は本来もっと気付けるはずだった。
だけど現実は。
私のすぐ側を通り抜けたのは、ギラリと光る刃。
「っ、あぁあぁぁ!!」
「!!」
私を刃から逃がしてくれた隊士の脇腹に刺さるそれは、本来私が受けるものだったに違いない。
「ッ!」
死角を突いて、私の背後に立つ人物に刀を振る。
私らしくもない、震えた太刀筋はいとも簡単に避けられた。

ひらりと余裕たっぷりに一歩だけ下がった男は不敵に笑う。
「ククッ…テメェより弱ェ奴に庇われるなんざ笑えるなァ?」
「お前は、」
知ってる。
指名手配書の最重要度がダントツだった男。
「高杉ッ!…はっ、なるほど。これは相当大きな捕物だったわけね。こんな有名人にお会い出来て光栄だわ。」
「番犬共を一人で殺っちまうような奴が、一般隊士にもいるたァ驚きだな。…こいつァ放って置くわけにはいかねェな?」
知ってる。
この男が残酷で、とても強いという事。
久々過ぎる勝てるかどうか分からない緊張感。
こんな事なら、あと一回くらい沖田隊長に稽古付けて貰えば良かったな…。
私は隊服の上着を脱いで、血が流れ続ける隊士の脇腹にきつく押し当てて縛る。
何もしないよりは、きっとマシだ。
「…きっと、助けてみせる。死なないで…。」
小さく呟いた願いは、誰の耳にも届かないだろうけど、言わずにはいられなかった。


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