#28.あれは完全に私情だし、欲望だし、願望だった
 
「こっちよ、こっちぃ〜!」
手招きに導かれて、空いている席に腰を下ろす。
他にも五人くらいで囲んでいるこのテーブルは特別に賑やかだ。
こんなに居るなら、稀に助っ人で入るだけの俺の挨拶なんて要らないだろうに。
「はぁ〜い、こちらがレアキャラのパー子ちゃんでぇ〜す!」
「どぉも、パー子で〜す。」
テンション高く紹介されたが、俺はいつものテンションで答える。
いや、こういうのはキャラ付けとかあるからね。
別にノらねーとかの理由は9割くらいしかねェから。

「パー子、どう?ちゃんとアドバイスしてあげたんでしょうね?」
「あー…うん、したした。」
アゴ美の質問に適当に返事をすると、怪訝そうな表情で俺に言った。
「何、アンタ酔ってんの?…ちょ、真弓に強い酒飲ませてないでしょうね!?」
「は!?酔ってねェし、飲ませてねェし。」
「そう?それにしてはアンタ耳真っ赤よ。熱でもあるの?」
「!」
かけられた言葉に驚いて、思わず隠すように耳を抑える。
じわりと手に熱が伝わって、見なくともどうなっているのか分かった。
(いや、だって、あんなの不意打ちにも程があンだろ…。)
原因なんてそれしかない。

ヅラに差し出された名刺を見た時は、よく理解出来なかった。
散々、辰馬の話をしておいて、そこに書かれていたのは俺の名前だった。
『"そんな紙切れ一枚"が、私には大事だったんです。』
一枚、と言った。
俺が認めなかっただけで、真弓ちゃんはずっとアゴ美の勘違いだと主張し続けていた。
それならば、その一枚は俺の名刺で間違いようがない。
(だけど、これは…。)
大事にされるようなものじゃない。

その名刺を真弓ちゃんが受け取ったのは、あの雨の日だ。
姫の希望で入ったカフェから出た後、偶然会った真弓ちゃんに声をかけられた。
正直、焦った。
真選組と路地裏でやり合ったあの日以降、姫を狙う刺客の動きが活発になっていた。
奇襲、狙撃、何でもありだ。
大体は姫が自分で何とかしてたし、俺や神楽でも追い払えた。
だが、姫を連れている状態で、往来で親しそうに話してしまえば危険は真弓ちゃんに及ぶかもしれない。
…その時、俺はどんな顔をしていたんだろう。
俺に向けられていたであろう笑顔は一瞬で消えて、知り合いかという問いを否定した時には、瞳が揺れていたのを覚えている。
傷付けたのは明白だった。
だけど、追い掛けて訂正出来る状況じゃなかった。

近いうちに謝罪も兼ねて、甘味処を訪ねなければと思った矢先。
何故か分からないが、真弓ちゃんは万事屋にいた。
『初めまして、有村と申します。突然お邪魔してすみません。』
元はと言えば、俺が先にそう振る舞ったからだ。
なのに。
真弓ちゃんに全く知らない他人として扱われた事に、激しく動揺した。
『…初めまして。ここで万事屋やらせてもらってる坂田です。』
精一杯の虚勢で事務的に名刺を渡した。
(そんな状況で受け取った名刺に嫌悪感はあれど、価値なんて無ェだろうに…。)
何があって怪我をしたのか聞きたくても聞けない。
率先して怪我の手当てが出来ない。
呼び止めたいのに、他人を強調するような名字で呼ぶことしか出来ない。
最高に最悪の気分だった。
(こんなたった一枚の紙切れを大事そうにして、代わりに自分が冷たい雨に打たれて…。)

有村真弓について俺が知っていることは少ない。
かぶき町から少し離れた甘味処の店員。
あの自分の両手いっぱいで届く範囲に誠実であろうとする姿が何だか眩しかった。
思えば、俺は出会ったあの日から惹かれていたんだろう。
特筆事項があるならば…、優しい人間だ。
…いや、優しすぎるのかもしれない。
初めて会った時からそうだった。
目の前に困っている人間がいたら、つい手を貸してしまうような。
酔い潰れていた俺や、訳ありのヅラ、自分を殺そうとしてきた高杉にさえも。
(その優しさは、諸刃の剣だ…。)
それで自分が傷付いてしまうとしても、きっと行動は変わらない。
だからこそ、ここ最近、目を離すと危険に巻き込まれている事に心配と苛立ちがあったのは事実だ。
そんな中、真弓ちゃんが言った言葉は俺の心の深い所を抉る。

"もう無理して助けてくれなくて大丈夫ですから。"

(何だよ、それ…。)
俺がどれだけ心配したか。
俺がどれだけ傍にいて護ってやりたかったか。
俺が今どんな気持ちでいるのか。
俺にとって、真弓ちゃんがどれだけ特別なのか。

『何も知らないくせに。』

気付いたら、そう口走っていた。
自分でも分かるくらいの冷たい声。
(しまった…!)
そんな事を言いたいんじゃなかった。
訂正をするより先に、真弓ちゃんが笑う。
泣きそうな顔をしてるくせに、笑って言う。

『知らないです。私は銀さんの事、何にも知らないです。…でも、銀さんも知らないじゃないですか、私の事。…私が銀さんの事、ずっとずっと好きだったの、知らないじゃないですか。』

そうして走り去った背中を、漠然と見つめるしか出来なかった。
(あんな悲しそうな顔をさせて、何やってンだ俺は。…ん?今、好きっつった?………。待て待て待て、早まるな。)
あの状況で告白される訳がない、と思う。
(しかも、好き"だった"って過去形だし。…まァ、自業自得とは言え、嫌われても仕方ねェもんな。)
はぁ、と重い溜め息を吐く。
ここでうだうだ考えても時間の無駄だ。
高杉の言動から、近くに紅桜の複製を持ち出した馬鹿がいるのは間違いない。
(鉄子の話だと、あの時の辻斬りの再来だっつーから、多分、岡田似蔵の模倣犯あるいは傾倒していた人物。…の割りにゃ、弱者狙いだし三下には違いねェんだろうけど。)
それなら、岡田ほどの驚異ではないだろう。
最近は姫の護衛のおかげでそういう勘も鈍ってはいない。
(…となると、心配なのは。)
そこまで考えて頭を振る。
俺がさっさと紅桜を探し出せば済む話だ。

そう思っていたのに。
「痛っ、…あ、ごめんなさい、大丈夫ですか!?ここ危ないから急いで逃げてください!!辻斬りが、」
数十分もしないうちに、向かいの通りから飛び込んできて俺にぶつかったのは、真弓ちゃんだった。
その慌てぶりから辻斬りに遭遇したのは明らかで、俺が心配していた事は的中してしまっていた。
(…いや、無事でいてくれたなら充分だ。)
「逃げンのは、お前。」
ついさっきの会話を思い出して、素っ気なく返事をしてその横を通りすぎる。
「待って…、嫌です…行かないで…。」
「………。」
俺を引き留めるように腕を掴んで真弓ちゃんはそう言った。
「あ、あの…さっきは、酷い事、言って…ごめんなさい…。私、…う、上手く言えないけど、…っ銀さんが死んだら、…そんなの、嫌です。だから、」
怖い目に合って満足に言葉を紡げないほど動揺しているくせに、俺の心配をする。
(声も手も、こんなに震えてンのに…。)
胸の奥が熱くなるこれが愛しさじゃなければ、何だというのだろう。
「…うん。」
俺で助けられるなら、何度だって助ける。
例えそれを望まれていなくとも。
俺は、ゆっくりと真弓ちゃんの手を解く。
(雨に打たれたからか恐怖からか分からねェけど、このまま握っててやりてェくらい冷えてら…。)
後ろ髪を引かれながら、俺は抱えていたひとつの依頼を終わらせた。

元来た道を戻ると、真弓ちゃんは路地の手前でぽつんと立っていた。
「逃げろって言ったのに。…で、何でまた路地裏?」
「…ごめんなさい。…この前の真選組に追い掛けられてて。」
本当に、すぐ危険に巻き込まれる。
(それにしても、アイツ等マジにしつけェな…。あの本がヅラのだって知ってっからなんだろうけど。)
不思議なのは、それを真弓ちゃんが持っていたことだ。
(エリーとも知り合いだったみてェだし、今度それとなく聞くか。)
今問い詰めるのは違う気がして、この話題は出さなかった。
そして、身を隠すようにして入った路地裏で、俺と真弓ちゃんは仲直りをした。
「…あー、仲直りは良いんだけどさ。その、…さっきの好きってどういう意味の好き?」
「!! あ、えっと、…っ、忘れてください、何でもないです!!」
狼狽えて俯く真弓ちゃんを見ると、もしかしたら希望があるのかと思ってしまう。
結局、俺はただの客だし、別に真弓ちゃんが店でサービスしてるのは俺だけじゃないのも知ってる。
だから、俺が期待している"好き"と、実際に真弓ちゃんが言った"好き"は違うかもしれない。
(家の前まで送らせてくれたのも、家に上がっていくか聞かれたのも、俺が男として意識されてないからって事もあるしな。)
今も、こうして肩を掴んで近付いても逃げようとしない。
優しさが過ぎると、拒絶が出来ない。
それは流されやすさにも通じる。
きっと俺にとっては都合が良いが、真弓ちゃんの身を思うと心配になる。
「銀さん…。」
ふと、弱々しく呼ばれた名前に心臓が跳ねる。
「…真弓ちゃん、俺は、」

そこでヅラに蹴り飛ばされたのは、結果的に良かったのかもしれない。
(下手したら手ェ出してたかもしンねーし…。)
しかし、別にヅラの話を全て鵜呑みにする訳じゃないが、今一緒に住んでるのは事実だろうし、二人が仲良さそうなのも事実だ。
表には出さないように気を付けつつも、俺とは違う距離感に焦る。
(真弓ちゃんが特定の誰かを好きになるって、心中穏やかじゃいられねェよな、やっぱ…。)
その後は、二人を逃がしたり、紅桜の手柄を盾に真選組と取り引きをしたり、帰宅が遅いと神楽や姫にどやされたりしたが、結局、頭の中はその事でいっぱいだった。
『ヅラが不要と判断したら、あの女は俺が貰う事になってっからね。勝手に傷物にされる訳にゃいかねェのよ。』
あれは完全に私情だし、欲望だし、願望だった。
怖い目にも辛い目にも合わせた。
(それでも、俺は。)


かまっ娘倶楽部を出た時には、もう夜明け前だった。
役目を終えた月の色は淡い。
「銀時。」
「…ヅラ。」
空を見上げていると声をかけられた。
どうやら俺と同じで、仕事を終えたらしい。
「俺は真弓殿が好きだ。」
「!!」
突然ヅラはそう言った、淡々と。
俺が言葉を見つける前にヅラは続けた。
「勘違いしてくれるな、俺の片想いだ。それに、…それでいいと思っている。」
「…何、譲ってくれるって?そんな高尚なこと言って、後悔すンじゃねェの?」
朝陽が少しずつ地上を照らしていく。
まるでお互いの腹を明るみに出すみたいに。
「まさか。譲ったつもりは無いさ。…銀時、"灰かぶり姫"という話を知っているか?」
灰かぶり姫…、シンデレラのことをわざわざ和名で言ったのがヅラらしい。
「それが?」
「魔法使いは灰かぶりの味方だった。零時までに王子と結ばれれば話は簡単だが、そうもいくまい。靴の魔法は解かなかった。それは、灰かぶりの幸せの為に必要な物だったからな。」
「………。」
「ただ、そこまで御膳立てをしたところで王子が動かなければ物語は進まない。さて、魔法使いはそんな王子の手元にいつまでも靴を残したままでいるだろうか。」
不敵に笑ったヅラは後ろ手を挙げて、朝陽の中に消えていった。

(…そりゃそーだ。)
俺は心の中でそう呟く。
後手後手になったが、あの雨の日に決意はしていたはずだった。
「……まずは一眠りしてからだな。」
くぁ、と大きな欠伸をひとつして、俺はヅラとは逆方向へ歩き出した。
よく晴れ渡った空を見上げながら。


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