#25.好きな人に好きな人の話するってどういう状況
 
あの日は強めの雨が降っていた。
そうして差し出された傘に、どれだけ救われただろう。

万事屋に引き続き、私が向かったのは "かまっ娘倶楽部" だ。
本来の私の人生で一番立ち入る事が無かったであろう場所。
(あずみさん、出勤してると良いんだけど…。)
こちらも手土産に苺大福を準備してみた。
従業員数が分からなかったから多めに用意したつもりだけど、神楽ちゃんの食べっぷりを思うと、逆にした方が良かったかもしれない。
開店前にちょっとだけ寄るつもりでいたけど、思いのほか万事屋さんに長居してしまったから、もうお店は開いてしまっている。
(念のため、ちょっとはお金持ってきたつもりだけど、手持ちで足りるかな…。)
ホストクラブとかスナックとかに入ったことの無い私に、その辺りの金額は分からない。
足りなかったら内臓売られたりするのかな…。
(さすがにそれはドラマや映画の世界の話だよね…?)
あずみさんに会えたら一番安いドリンク飲んですぐに帰ろう。
私は「男も女も遊びに来てネ🖤」と書かれている看板を見上げながら深呼吸して、店の中に入った。


「はぁ〜い、いらっしゃあ〜い!!」
野太さを感じる裏声で盛大に迎えられる。
「女の子ひとりでだなんて、珍しいじゃなぁ〜い?」
話しかけてくれたのは知らないオカマさん。
パッと見渡した感じ、あずみさんはフロアに出てないようだ。
「あの、あずみさんっていますか…?」
「あらやだ、あのアゴを御指名なのぉ〜?ん〜、連れてきてあげるから、そこのソファーで待っ・て・て!」
バチンと音がしそうなウィンクをして、オカマさんはバックヤードに消えて行った。
私はふかふかの広いソファーに腰を下ろすも、落ち着かなくてキョロキョロしてしまう。
お客さんもほとんど男性みたいで、何だかとても浮いてる気がする。
(そういえば、営業中だし、もしかしてあずみさん呼んでもらうのにも指名料かかったりする?)
よく分からない汗が伝うのを感じていると、目の前に何やら忙しそうなあずみさんが現れた。
「まぁまぁ、私を指名するなんて言うから誰かと思ったら真弓じゃないのぉ!」
「こ、こんばんは!すみません、突然来ちゃって…。あの、これ、差し入れです。」
気を遣わなくていいのに、と笑いながら紙袋を受け取ってくれたあずみさんを見て、少しだけホッとした。
すると、そんな私を見たあずみさんはニヤリと笑う。
「ふーん?さては、ちょっとは明るい展開が持てそうな片想いになったわね?」
「えっ!!何で分かるんですか!?」
「オカマの勘よ。ナメてもらっちゃ困るわ。」
「す、すごい…。明るい展開かは分からないですけど、彼女がいるのは勘違いだったんです!盛大にフラれたわけじゃないけど、この前励ましてくれたあずみさんにどうしても報告したくて…。」
そう伝えるとあずみさんは、会いに来てくれたことが嬉しいわよ、と優しく言ってくれた。

と、その時、遠くからあずみさんを呼ぶ声がした。
あずみさんは困ったような顔をして言う。
「このままアンタの話を聞きたいんだけど、今、お得意様が来てて、そっちの接待をしなきゃいけないのよ…。ごめんなさいね。」
「いえ!あずみさんに会えたし、何か一杯飲んだら帰るので気にしないでください!」
最初からそこまで長居するつもりでは無かったし、忙しいのに無理を言っても仕方ない。
すると、あずみさんは閃いたように私に提案してくれた。
「私に付ける予定だったヘルプの子をこの席に置いていくわ。多分、私より具体的なアドバイス出来るだろうし。ちょっと待ってて。」
あずみさんの後ろ姿を眺めながら、ヘルプの子…、と心の中で反芻する。
こういう所のヘルプって事は、新人さんなのかもしれない。
私もオカマバーのお客さんとしては新人だし、練習相手として相応しいかも!
(わぁ、何か嬉しいな。私で練習して、一人前の夜の蝶になってくれるんだなぁ。)
人の成長の手助けを出来るのは単純に嬉しい。
うちの後輩ちゃんが仕事出来るようになっていったの思い出すなぁ…懐かしい。

「……で、私の代わりに仕方無く仕方無くアンタをこの席に仕方無く置いていくから、しっかり接待しなさいよ。」
「仕方無く言いすぎじゃない??泣くわよ??」
少し賑やかな声がする方に視線を動かすと、あずみさんと新人さんがこちらに向かって来ていた。
(髪型も着物も、すごく女の子らしくて可愛い…!でも、体格はしっかり男性なんだなぁ…不思議…。)
完全に女性だと思ってしまった桂さんの時は本当にレアケースだったんだろう。
そういえば、誰もチャイナドレス着てないや。
「お待たせ〜。ねぇ、聞いて!この子、アンタの好きな人と知り合いなのよぉ!好きな食べ物から体位やプレイまで知ってると思うから、何でも聞きなさい。」
「あ、あずみさん…ッ!!」
自然に飛び出た単語に恥ずかしくなって私は大声を上げた。
すると、新人さんは私の大声に驚いたのかそのまま固まってしまった。
(ああ〜…。面倒な客に当たったと思わせちゃったかな…失敗した…。)
私の反応が面白かったのか、当のあずみさんはケラケラと笑っている。
新人さんは真面目な声でぼそりとあずみさんに聞いた。
「(…"好きな人"と知り合い?…誰よ?)」
「"坂本辰馬"よ。知り合いどころか、長い付き合いでしょ?この子、自分の体より坂本にもらったものを大事にしちゃうくらい愛しちゃってるんだから。上手くいくように手伝ってあげなさいよ!分かったわね、パー子。」
そう言い残してあずみさんはお得意様の元へ向かう。
何かを言いたげな顔をしたまま、パー子さんは私の席に座った。
(…あれ?隣に座ってくれると思ってたけど、何か距離取られてる?)
もしかして、私が男じゃないから嫌なのかもしれない。
こういう仕事をしてるんだもん、そりゃ女より男の方が良いものなのよね、きっと。
(き、気まずい…。)
顔も背けられちゃってるし、困ったな。
どうしよう、と店内の様子を眺めていると皆楽しそうだった。
あずみさんが向かった席は西郷さんもいて、他にも三人くらい付いていた。
本当にお得意様って感じだなぁとぼんやり思った。

「で、真弓ちゃんは何飲むの?」
聞こえてきたのは落ち着いた低い声。
顔は背けたままのパー子さんに話し掛けられて、私は慌てて視線を向ける。
「…なんで、私の名前…。」
あずみさんが教えたのかもしれない、けど。
名前を呼ばれただけなのに、胸が高鳴っている。
なんで、と言っておきながら、この声をどうやったら聞き間違えられるだろう。
私はゆっくりとパー子さんの隣まで近付いて、その顔を覗き見た。
「やっぱり!銀っ、……、!」
「しーッ。……っ頼むから、あんま見ないで。マジで。」
銀さんの掌に口元を押さえられた私はただ頷くしかなかった。
(もしかして恥ずかしがってる…?)
解放されても私の目は銀さ…パー子さんに釘付けだった。
「えっと、…素敵です、すごく。嘘じゃないですよ。」
そう伝えると銀さんは目線を泳がせながら、気まずそうに小さく呻いた。
確かに特殊な店には違いないし、ここで働いているのを知られたくなかったのかもしれない。
「ヘルプって事はまだ新人さんって事ですよね。わ、私!ぎ…パー子さんが立派な夜の蝶になれるように練習相手になりますので!えっと、ちょっと高めのお酒飲みます…!」
偏見がないことを伝えたくて、私は銀さんの目を真っ直ぐ見つめた。
銀さんは頭をがしがしと掻いた後、観念したように言った。
「あーもー!分かった、分かったから!だから、ンなキラキラした目で俺を見ンな!」
照れ隠しなのか、ぶつぶつと文句を言いながらも私に見やすいようにメニュー表を広げて渡してくれた。
そして、銀さんが然り気無く指で示してくれたところはノンアルコールカクテルの一覧だった。
こういう所ってアルコールしか無いイメージだから意外だ。
「経緯は分かンねーけど、別に飲みに来たわけじゃねェんだろ?無理して飲まなくていいよ。」
そう言った銀さんの表情はいつもどおりに戻っていた。
何というか、パー子さんの顔じゃなくて、銀さんの顔だった。
(…あれ?改めて銀さんに接待してもらってると思うと急に緊張してきた…!!)
私は雑念を払うようにカクテルの名前を凝視する。
こういう所って、確かキャストさんの分も客が注文するのよね。
(そういうのが積もって個人の売り上げになるんだっけ…?)
せっかくなら銀さんのプラスになるようにしたいんだけど、多分この感じだとノンアルコール以外頼ませてもらえない気がする。
それは多分、銀さんなりの優しさで間違いなかった。

(イチゴオレ・カクテル…、これ銀さん好きそうだなぁ…。銀さんの分も頼んだら一緒に飲んでくれるかなぁ?)
メニュー表を見つめたまま動かない私に銀さんが言った。
「…言っとくけど、たまたまだから。夜の蝶とか目指してねェから。シフトに穴があるから助けて欲しいって頼まれなきゃ、こんな、」
歯切れの悪さがいつもの銀さんと違いすぎて、私はつい笑ってしまった。
「真弓ちゃんんん〜?」
「あっ、ご、ごめんなさい。ちょっと可愛いなって思っちゃって…。夜の蝶じゃなくて、万事屋さんのお仕事なんですね。ふふっ。」
「まァ、気持ち悪がられるよりかは笑われた方がマシか。」
「気持ち悪くないですよ!私は好きですよ、パー子さん。」
「………好き、ねェ。」
はぁ、と溜め息を吐いた後、銀さんは再び私と目を合わせた。
(わ、すごい。銀さんの雰囲気が変わったのが分かる…。)
銀さんがメニュー表を覗き込んできたので、私はイチゴオレ・カクテルを指差して二人分と告げる。
そのオーダーを通した後、銀さんは私に言った。
「さて…、それじゃ聞かせてもらおうかしら?"好きな人"の話。私でアドバイス出来れば良いけど。」
ああ、目の前にいるのは銀さんじゃなくてパー子さんなんだと思った。
(というか、好きな人に好きな人の話するってどういう状況なの!?)
助けを求めるようにあずみさんに視線を送ったけど、角度的に私のことは見えてなさそうだった。
「余所見しないで。」
「っ、」
銀さんは両手で私の頬を包み、強制的に視線を戻させた。
顔の近さに心臓が暴れ始める。
「まず馴れ初めを聞かせてもらおうかしらね。仲良さそうだったものね、坂本辰馬と。」
「な、馴れ初めも何も、前に一度お店に来てくれただけで、私は、」
銀さんの手はまだ私の頬に触れたままで、上がっていく体温がバレてしまいそうだ。
「本当にィ?この前、あの店を指定したのはあの男よ?たった一回でよっぽど気に入ったのねぇ。名前まで覚えていたくらいだし。」
言い方に棘を感じる。
これじゃ、怒ってるみたいだ。
「ほら、アドバイスしなきゃいけないんだから何とか言いなさいな?…それより同棲していた男の方が好きなのかしら?」
それは、桂さんの事だろう。
(坂本さんも桂さんも、どっちも好き、だけど。けど、大好きなのは…。)
私は銀さんの手に自分の手を重ねて答えた。
「パー子さん、聞いて…?」
「っ、」
しっかりと目を合わせると、銀さんが怯んだ。
意地悪な言い方をしてしまった自覚があるのかもしれない。
(そんなの、まるでヤキモチだったみたいじゃない。)
これ以上、誤解されない為には、はっきりと言うしかない。
「私が好きなのは、」


「同棲していた男よ。」


「!!?」
誰かに台詞を乗っ取られた、これは私の言葉じゃない。
銀さんとは反対側、いつの間にか私の隣に座っていたのは…。
「桂さん…っ!!」
その姿を見て思わず抱きついてしまった。
だって、目の前にいるのは、もう会えないと思っていた桂さんだった。
(また女装してる…。今日は着物だけど、変わらず美人だなぁ…。)

元気そうで安心した。
二度と会えないと思っていたから本当に嬉しい。
あのね、たくさん話したい事があるの。
あの後、雨に打たれて風邪を引いてしまった事、真選組の件は解決した事、銀さんの彼女が彼女じゃなかった事。
桂さんの最後のご飯が、すごくすごく美味しかった事。
ああ、でもどれも今は言葉に出来そうにない。
(目の奥が熱い…。桂さんの事で泣く涙はあれが最後だと思っていたけど…。)

桂さんは私をあやすように数度背中を叩いてから、肩を掴んでゆっくりと体を起こさせた。
「熱烈な歓迎ありがとう。改めまして、パー子の先輩のヅラ子と申します。私も同席させて頂いても?」
「あら〜、ヅラ子さん。この子は私がお相手するから間に合ってますゥ〜。」
私の両隣でバチバチと火花が散る。
「お客様を恐がらせて追い詰めるような接待しか出来ぬようであれば、それを正してやるのが先輩の役目だろう。」
「あ…、あれは別に、そういうつもりじゃ…!」
どうやらここでは銀さんより桂さんの方が主導権があるみたい。
桂さんは私をきちんと座らせた後、自身の姿勢も正して言った。
「よろしければ、私も好きな人の話を聞かせて頂きたいですわ。」
「えっ!?」
再会の言葉を交わすどころか、桂さんはヅラ子さんとして私に微笑みかける。
初対面みたいに距離を感じるのは、今の彼が桂さんではないという証明だろう。

(こ、これは、何だかとんでもない事になってしまったんじゃ…。)
銀さんに触れられたドキドキも、桂さんに再会できた喜びも噛み締める暇無く、なんだか万事屋で見たドラマみたいだな、と他人事のように思うのが精一杯だった。



next

 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -