#24.そんな男、早く見捨てるアル!
 
事前に予習してきたから、私は迷子になることなく目的地に辿り着けた。
「うーん…。ちょっと、緊張してきた…。」
二階へと続く階段を見上げて、一度深呼吸。
その先の看板には "万事屋銀ちゃん" の文字。
それを確認して階段を上る。
一段、二段、三段…。
階段を一段上る毎に心臓の鼓動が早くなってる気がする。
これじゃ、玄関に着く頃には倒れてしまいそうだ。

…本当は緊張する必要は全然無い。
だって今日は、銀さんに会いに来たわけじゃないのだから。

今日は私を介抱してくれた神楽ちゃんと新八くんに、ちゃんとお礼をしたくて来た。
(あの日、銀さんに邪険にされるのが恐くて、逃げるように帰っちゃったからなぁ…。)
その時の気持ちを思い出すと未だに心臓が潰れそうな心地になる。
まぁ、今となっては私の勘違いで空回りと笑えば良いのだけど。


玄関の前に来て、私の緊張は頂点に達していた。
(うぅ…、私の意気地無し…。)
銀さんに会いに来たわけじゃないとはいえ、ここは銀さんの職場なのだから、…多分この戸の向こうにいるだろう。
銀さんとは、この前の坂本さん達がお店に来てくれた以来会ってない。
(普通にしてれば良いって分かってるけど、意識すればするほど緊張が酷くなる…。)
完全に怖じ気ついていると、誰かが玄関に向かってくる足音がした。
足音の重さは神楽ちゃんのものではない気がする。
(覚悟を決めなきゃ!手土産、手土産スタンバイして…!)
ガラリと戸が開いたと同時に、私は頭を下げ、紙袋を前へと突き出した。
「あ、あの、あの、この前お世話になりました者です。今日はそのお礼をしたくて、」
「あんっ!」
頭上から聞こえた声にビックリして顔を上げると、そこにいたのは定春くんだった。
相変わらずのもふもふ加減で、どうやら一度しか会ってない私の事を覚えていてくれてるようだった。
ぱたぱたと尻尾を振りながら、撫でろといわんばかりに顔を近付けてくる。
「定春くん、こんにちは。相変わらず大きいねー。…市販の犬用おやつも買ってきたけど、全然足りなさそう。」
もふもふと額を撫でると、定春くんは気持ち良さそうに目を細めた。
(癒される…。ちょっと緊張解れたかも…。)
玄関は定春くんでいっぱいになっていて中の様子は見えそうにない。
微かにテレビの音が聞こえてくるから、人がいるのは間違いなさそうだけど。

「定春ー。誰か来たアルか?新聞はいらないって銀ちゃん言ってたネ。帰ってもらうヨロシ。」
奥から聞こえてきた独特の喋り口調。
私は定春くん越しに返事をした。
「新聞屋じゃなくて、この前お世話になった有村ですー!」
「…、有村アルか!?」
定春くんが体を少し横にずらすと、神楽ちゃんが玄関まで走ってくるのが見えた。
「こんにちは。この前ちゃんとお礼出来なかったから、改めて。」
神楽ちゃんに手土産を渡すとキラキラとした笑顔を返してくれた。
「お前、いい奴アルな!上がるヨロシ!」
私は手を引かれて家の中に入った。
(玄関には一足しかない…。という事は、いるのは神楽ちゃんだけなのかな?)
安心したような、残念なような、複雑な気持ちだ。

私は以前にも通されたリビングのソファーに腰を下ろす。
あの時はまさか銀さんの職場だなんて思ってなかったけど、改めてそれを理解して見回すと初めて来た時より落ち着かない。
(あの"糖分"って文字も、今なら納得出来るなぁ…。)
つけっぱなしのテレビにはドラマの再放送が流れていた。
「有村、何飲みたいアルか?…お茶とコーヒーは留守にしてるから、ロッキーといちご牛乳なら出せるネ。」
おそらく台所にいるであろう神楽ちゃんからの問い掛け。
(お茶とコーヒーはこの前全滅してたもんね…。まだロッキーが選択肢にいるのはどうかと思うけど。)
微笑ましく思いながら、私はいちご牛乳をお願いした。


「ただいまー…、ってあれ?神楽ちゃん誰か来てるの?お客さん?」
湯呑みに入ったいちご牛乳を飲みながら神楽ちゃんとお喋りをしていると、玄関から声が聞こえた。
(この声は、確か、新八くんだ。)
「お茶とコーヒーが帰宅したネ!」
神楽ちゃんは手土産の苺大福を両手持ちで食べながらそう言った。
(なるほど、普段のお茶出しは新八くんがやってるんだろうなぁ…。)
リビングに現れた新八くんは買い物袋を提げていて、端に入っているいちご牛乳が透けて見えていた。
「あ!有村さんじゃないですか、あれから体は大丈夫でしたか?」
「あはは、おかげさまで。手土産持ってきたから新八くんも食べてね。」
ありがとうございます、という新八くんの言葉を聞きながら、いちご牛乳に口を付ける。
「ん?神楽ちゃんお茶淹れくれたの?戸棚の奥に入れてたんだけど分かった?」
「んーん、有村が飲んでるのいちご牛乳アル。」
「ちょっとォォォ!それ銀さんが直飲みしてるやつゥゥゥ!」
「!!??」
新八くんの勢いある声と、その内容両方に驚いて噎せてしまった。
「この前も銀さんに、客には絶対に出すな、って言われたばっかりでしょ!?」
「有村にしか出してないネ。」
二人の会話に噎せて咳き込むのが止まらない。
そんな私の背中を撫でてくれたのは我関せずな定春くんだった。
「騒がせてすみません…。あの人も大人なので、もしかしたら、ちゃんとコップで飲んでるかもしれないので…すみません…。」
「いえいえいえ!全然!!気にしてないので!!!!」
声が裏返ってしまった。
銀さんの飲みかけかもしれないってだけで、どれだけ動揺しているのやら…。
ここは私も大人らしく冷静を装って対処しないとね。
「あっ!手土産って、苺大福ですか!甘いものに目がないので、銀さんも喜ぶと思います!」
新八くんは机に置かれた苺大福の箱を見て笑顔で言った。
(ふふっ、知ってるよ。…皆と一緒に銀さんも食べるだろうなって思って選んだし。)

二人は、私と銀さんがあの日初めて会ったと思ったままだろう。
でも、わざわざ訂正する必要はないかな。…今は。

「そんな男、早く見捨てるアル!!」
「!」
突然声をあげた神楽ちゃんに驚いて視線を動かすと、どうやらドラマに物申したようだ。
私は驚いたまま、神楽ちゃんに聞いた。
「か、神楽ちゃん、これどんなお話なの…?」
「これは婚約者のいるマダオが、自分に好意を持ってくれる行きつけの店の女をたぶらかして、いいように振り回す話ネ。女はいつも泣き寝入りアル。」
「へ、へぇ…。」
何だか既視感のある話で、どうも他人事に思えなくて苦笑いしてしまった。
(そういえばこの前、神楽ちゃん、銀さんの事マダオって呼んでたっけ…。このドラマ由来の呼び名なのかな…。)
「このドラマ、最近の神楽ちゃんのお気に入りなんですよ。まぁ、ちょっと展開がドロドロしてますけど…。」
いちご牛乳を飲み切ってしまっていた私の前に、新八くんが新しくお茶を淹れてくれた。
「新八はこのドラマを見て女心を学ぶヨロシ。今日はレアキャラ優男が出る回ネ。」
「これで学んだ女心がどこまで通用するかは謎ですよね。」
「だね…。」
新八くんと私は、神楽ちゃんの解説付きでそのドラマを見始めた。
神楽ちゃん曰くマダオ役も優男役も、今とても人気の俳優さんで、どっちに心が揺れるかを楽しむドラマのようだった。
つまり、彼女と店員はダブル主人公らしい(とは言え、メインは彼女らしいのだけど)。
「優男は訳ありの人生で、行きつけの店に住み込みで働いてるアル。店員とはちょっと良い雰囲気になっただけで、すぐ退場したネ。基本的には女達によるマダオの取り合いヨ。」
話してくれたのは少し先の展開だった。
「神楽ちゃんは、このドラマ最後まで知ってるの?」
「再放送だから最後まで見てるアル!」
聞いちゃいけない気がするのに、ヒロインのどちらを選んだのか気になって仕方ない。
「このドラマ、確か劇場版に続くんですよ。」
「そうアル!劇場版には新キャラで社長キャラと警察キャラが出てくるネ。そのせいで彼女も店員もフラフラしだして、さらにドロドロになるアル。それから、」

新八くんと神楽ちゃんの会話を聞きながら、私は黙って淹れてくれたお茶に口をつける。
(変な汗が出てきた…。今後レンタルしてこよう…。)
どこの世界も、好きな人に好きになってもらうのはきっと難しくて。
お互いが同じレベルで好きでいられるなんていうのは奇跡なのかもしれない。
(幸せになって欲しいな。この作品の彼女も店員も。)
実際にその二人が同時に幸せになれる展開が待っているかは分からないけど、私は物語のラストを幸せに書き換えて良いと知っている。
勿論、自己満足でしかない事は理解してるけど。
だから私は自分の幸せも願うし、姫様の幸せも願うし、銀さんや桂さんや坂本さん、それに真選組や高杉さんの幸せも願っていたい。
今もこうやって親切にしてくれる神楽ちゃんや新八くんにも。
そんな全員が幸せで大団円な物語。
物語としては退屈かもしれないけど、ね。

その後は、皆で他愛ないお喋りを楽しんだ。
気付いたらとっくに夕刻で、新八くんは夕飯の支度を始めるらしい。
居心地が良くて思ったよりも長居してしまった。
「大したものは作れませんが、有村さんも夕飯いかがですか?」
「そうネ!有村も食べていくヨロシ。特別に卵かけご飯作ってやっても良いアルよ!」
社交辞令でなく、本当に誘ってくれてるのが分かるけど私はやんわり断った。
「ごめんなさい。この後、行かなきゃいけないところがあって…。気持ちはすごく嬉しいんだけど…。」
少しだけしょんぼりする二人を見て、心が揺れそうになる。
新八くんはその表情のまま、明るめの声で答えてくれた。
「用事があるなら仕方ないですね。今日は銀さん帰ってこないから食材に余裕あったんですけど…、また遊びに来てくださいね。神楽ちゃんも定春も、有村さんに懐いているので。」
「ありがとう。またお菓子持って遊びにくるね!」
そっか、…銀さん、今日は出掛けちゃってるんだ。
(会ったらどうしようと無駄に緊張していたくせに、会うことは無いと分かると途端に残念な気持ちになるのは何なんだろう。)
玄関先では定春くんに熱烈なお見送りをしてもらって(窒息するかと思った)、神楽ちゃんと謎のハイタッチをして万事屋を後にした。
最後まで温かく微笑んでいてくれた新八くんには、何だか桂さんを思い出してしまう。


階段を下りて振り返ると、皆が手を振っていてくれた。
私はそれに応えると次の目的地へと向かった。



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