#22.不幸だけで終わらない人魚姫の可能性
 
帰宅して、薬を飲んで、そのままベッドに転がった。
(桂さんを見つけたあの日、色んな種類の薬買ってたのがこんな形で役に立つなんて…。)
体調が悪いのが風邪や疲労なら、ちゃんと休むことでしか治らない。
休むような気持ちにはならなかったけど、体は限界だったのか私の意識を沈めさせていった。


次に目が覚めたのは、玄関のチャイムが鳴った夜だった。
体を起こすと少しふらつくものの、かなり楽になったように感じる。
「お疲れー。…顔色まだ悪いね、大丈夫?」
ドアを開けると、そこにいたのは先輩だった。
その手には、お店に置きっぱなしだった私の鞄と服が入った紙袋。
「あ…、わざわざスミマセン。」
「いいって。私の家、ここ通り道だから。あと、これ差し入れね。」
差し出されたコンビニの袋には、栄養ドリンクとスポーツドリンクが入っていた。
「ありがとうございます。明日は働けると思うので…。」
「いや、明日は有村さんお休みで良いって。店長もそのつもりだったみたいけど、…直談判されたらしいから。」
「…直談判?誰に?」
私が首を傾げると、先輩はにやりと笑って答えた。
「有村さんの好きな人。」
「!!!」
予想もしていなかった答えに腰が抜けそうになった。
(え?え?もしかして銀さん、私を送った後、お店に戻った?だって、パフェは食べてるし、ついでじゃなくて、私の為に…??)
ビックリしすぎて涙が出てきた。
いや、嬉しいから、とか、驚いたから、じゃない涙なのかもしれない。
銀さんの事が好きだって気持ちが私の中に閉じ込められなくて、それが溢れて出てきてるんだと思った。
そんな私に対して呆れるでもなく、先輩は私の頭に優しい手で触れた。
「ま、そういう事だから、ちゃんと明日は休んであげなさい。明後日からはしっかり働いてもらうからね。」
喉が詰まってしまって返事の代わりに、私は何度も頷いた。
手渡された袋を全て受け取った後、思い出したように先輩が言った。
「あ、店長から伝言。“明後日プレゼントがあるから楽しみにしててね“、だって。そんじゃ、おやすみー。」
「ありがとう、ございました…。」
漸く絞り出した声で返事をすると、泣いたまま寝るとまた目が腫れるよ、と先輩は苦笑しながら帰って行った。


栄養ドリンクと薬が効いたのか、翌日は体調も落ち着いたようだ。
食欲が戻ったお昼に、私は冷蔵庫にしまっておいた桂さんの作ってくれたご飯を全部食べた。
(…帰っては来てくれなかったな。)
分かっていたけど、やっぱり寂しい。
そのくらい桂さんと一緒に過ごすのが日常になっていた。
(今頃エリザベスさんや仲間の人と再会出来てるのかな、…そうだったら良いな。)
テレビをつけると、もう辻斬りのニュースはほとんどやっていなかった。
チラリと土方さんと近藤さんが画面に映ったくらいで、相変わらず銀さんや高杉さんの名前が出ることはない。
(高杉さんの怪我酷かったけど大丈夫かな…。あの怪我は辻斬りと戦ったからみたいな話だったけど…。)
私には分からないこと、知らないことだらけだなぁ、と思った。
(当然だよね…、私は攘夷志士でも真選組でも何でもない、ただの一般市民だもの。)
食べ終わった食器を洗い、換気の為に窓を開けた。
優しくて気持ち良い風がふわりと頬を撫でる。
(異世界だったのかなって思うくらい、私の世界には今まで無関係だったものに触れた気がする。)
今のこれが、私の世界だ。



「おはようございます!色々とご迷惑をおかけ致しました。」
翌日、出勤して一番最初に店長のところへ向かった。
「おはよう。元気になって良かったぁ…。」
叱られるどころか安堵した表情の店長を見て、あぁ私は戻ってきたんだな、と実感した。
「一昨日は体調も悪そうだったし、警察が来ちゃうし…。」
「本当にすみませんでした。おかげさまで体調はバッチリです。警察の件は、多分もう大丈夫なので…。」
「そう、それなら良かった。…ちゃんと銀さんと合流出来た?」
「!」
突然出てきた銀さんの名前にドキリとしつつも私は、はい、とだけ返事をする。
あまり深く聞かれないのは銀さんが何か誤魔化してくれてるのかもしれないと思った。
「でね。本当は一昨日お披露目したかったんだけど、これ、真弓ちゃんに見てもらいたくて…。」
「? 何ですか?」
店長が厨房の冷蔵庫を開けると、中から宝石みたいな輝きのゼリーが出てきた。
「わぁぁぁ!綺麗…!」
「これ、前に人魚姫モチーフで作ったものの改良版なの。…食べてみて。」
透明から淡い青へのグラデーション。
水の泡や魚の形や、星の形のモチーフが入っているのは前のデザインが活かされている。
(前回もそうだったけど、飾っておきたいくらいの綺麗さ…。さすが店長…!)
私がうっとりと見惚れている間に、休憩中の皆にも振る舞われていたようで後輩ちゃんの声が耳に飛び込んできた。
「これ、和菓子ですかぁー!?」
その声に振り返ると、パクパクと食べ進めている姿が見えた。
(この綺麗さを崩す事を躊躇わないなんて、心が強過ぎるよ!)
スプーンを差し入れると水のように柔らかく沈む。
口に含むと、スッと溶ける儚さはまさに人魚姫のイメージとして完璧だった。
「…あれ?」
「ご馳走様でしたー!お仕事戻りますっ!」
ささっと食べ終わった後輩ちゃんは元気いっぱいに表へと戻って行った。
「真弓ちゃん、どう?」
「店長、これ…ゼリーじゃないんですか…?」
「ふふふっ、もうちょっと食べてみて。」
いたずらっぽく笑う店長に促されて、中に入っている魚の形のゼリーも食べてみる。
「!」
驚いて、星の形のゼリーや水の泡が集まっている部分も食べて、ようやく分かった。
「ゼリーだけど、想像してるゼリーより甘くない…。それぞれのモチーフの甘さと柔らかさも違うし、すごく意外で面白いです。」
「皆からね、人魚姫のイメージのアンケート取ってみたの。儚さとか悲しさの印象も多かったけど、物語を初めて知った時の新鮮さと驚きって声もあって。」
なるほど、このゼリーには儚さも意外性もある。
甘さが全体的に控えられているから、後輩ちゃんは和菓子かと聞いていたんだ。
「真弓ちゃん、この前言ってたじゃない?"人魚姫は甘くない"、"でも幸せな味が良い"って。…だから、このゼリーには"続き"があるの。」
そう言って店長が持ってきたのはガラスの小瓶。
中にはシロップが入っていて、それがキラキラとゼリーの上に流し込まれる。
細かくされた金箔と微かに柑橘系の香り。
「どうぞ。」
より幻想的な見た目になったゼリーを一掬いして味わう。
(甘い…!期待してる甘さと寸分違わない。それに、意識しないと気付かないくらいの柑橘が爽やかで、ゼリーに明るさが加わったみたい…。)
これが、店長の考えた"続き"。
不幸だけで終わらない人魚姫の可能性。
「もしかして、このシロップは天の川モチーフですか?金箔が入っ、」
「そう!そうなの!次こそは一緒になれますようにって願いも込めてるの!」
にっこりと笑う店長を見て、私も人魚姫のいつの日かの幸せを願わずにはいられなかった。
「物語の楽しみ方は自由だと思うのね。だから、あの子みたいにゼリーだけ食べてもらったって良いし、シロップを足して食べてもらったって良い。…今その人に必要な方を選んでもらえる甘味にしてみたの。」
「素敵だと思います!店長の甘味に向き合う姿勢、ますます尊敬しました!すっごく美味しかったです!」
やっぱり店長の作る甘味って本当にすごいなと改めて思った。
お互いに笑い合っていると、後輩ちゃんがひょっこり戻ってきた。
「有村先輩、ご指名入りましたよ!」
「ご指名って…そんなシステムうちに無いんだけど、誰だろ?友達かな…?」
「一番奥の席に座ってるモジャモジャ頭の人です。注文まだです。」
「!」
(もしかして銀さん!?)
急にどっと体温が上がったのが分かる。
今まで指名なんてされたこと無いのに、いやそもそも、そんなシステム無いけど!
落ち着かないまま私は伝票を握りしめて席へと向かった。


「おー!有村ちゃんじゃあ。前回ぶりじゃのう!」
「えっ!?さ、坂本さんっ!?」
指定された席には坂本さんが座っていた。
銀さんじゃなかったのは少し残念だったけど、坂本さんに会えると思っていなかったから、これはこれで嬉しい。
「こんにちは!今日も地球でお仕事ですか?」
「おん、やーっと長期の仕事が満了するんじゃ。ほいで、今日は最後の受け渡しってとこぜよ。」
「そうなんですね、お疲れ様です!…あ、もしお決まりだったら、ご注文伺いましょうか?」
注文がまだだと聞かされたことを思い出して訪ねてみたけど、坂本さんは首を横に振った。
「取引相手とここで待ち合せしちょるから、そん時でえいか?…それまで、ちっくと話し相手してもらえると嬉しいぜよ。」
私はお店の混み具合を確認してから頷いた。
「はい、ちょっとだけなら…。」
私は勧められるまま、坂本さんの対面に座る。
「あっ、そうだ!坂本さん、すごい人なんですよね!?私、全然存じ上げなくて、すみませんでした。」
あずみさんの言葉を思い出してそう告げると、坂本さんは相変わらず豪快に笑った。
「あっはっはっは。大袈裟ぜよ。わしゃ一商人なだけじゃき。」
「それと…、月の石すごく助かりました!光るなんて思ってなかったからビックリしました!」
私がそう言うと坂本さんは一瞬言葉を失ってから再び笑い出した。
「有村ちゃんは想像以上じゃ!あれが光ることを知っちゅうって事は、本当に護身になったようじゃの!無事で何よりぜよ!」
「坂本さんのおかけです!…あと、もしかして、桂小太郎って人、知ってますか?」
「! ほんに不思議なおなごぜよ。ヅラとも知り合いじゃったとは…。あの月の石は随分前にヅラからの依頼で作ったものじゃき。」

「いや、マジで不思議なおなごだわ。何?四天王コンプリートでもしちまう気なの?」

「!!!!」
後ろから突然会話に混ざってきたのは、何と銀さんだった。
「ぎィっ!!?」
「ふはっ、何その奇声。……体調、良くなったみてェで安心した。」
ぼそりと耳元で囁かれて、私はますます言葉を失った。
(坂本さんの待ち合せ相手って銀さん!?)
私は慌てて立ち上がるとその席を銀さんに譲った。
「あ!この前の子!!」
銀さんの後ろから現れたのは、銀さんの彼女だった。
「こ、こんにちは…。銀さんの彼女さん…。」
どういう態度を取れば良いか分からず、言葉に詰まりながら挨拶をした。
彼女は銀さんに手を引かれながら席に座ると、私を見上げてにっこりと綺麗に笑う。
「今は、ね。」
「……え?」
首を傾げる私をそのままに、彼女はお品書きをまじまじと見始めた。
(今の、どういう意味…?)
聞き返すタイミングを失い、私は三人の注文を受けて厨房へと戻った。

「(そうそう!あの子よ!皆が目撃してた"彼女"!)」
「(えー?それじゃあ、これってどういう状況なんですかぁ?男二人と女一人だなんて、三角関係って事ですか?)」
「(どうしましょ…。そんな不穏な席に真弓ちゃんが指名されるなんて…。)」
「……あの、皆さん何してるんですか?」
戻ると、先輩と後輩ちゃん、店長がひそひそ話をしていた。
どうやら私の事をしばらく見守っていたようだ。
まぁ、私の心境を分かってくれてるのは店長と先輩だけだろうけれど。
「あっ、注文ね!すぐ用意するわ!」
気まずさからか、店長と先輩はサッと調理に取り掛かり、取り残されたのは後輩ちゃんだけだった。
「有村先輩、四角関係なんですか?あの女はライバルですか!?ねぇ、どっちが本命ですか!?指名してきた方ですか?それとも、この前有村先輩を追い掛けて行った方ですか!?」
「ちょっと、そ、そんなんじゃないから!ほら、お品物持って行って!」
別の席の注文の和菓子を盆に乗せて、有無を言わさず後輩ちゃんに持たせた。
ブツブツ文句を言っていたけど、素直に仕事に戻ってくれて助かった。
(でも、まさか銀さんと坂本さんが知り合いだなんて思わなかった…。桂さんも共通の知り合いみたいだし、世間って狭いなぁ…。)
そんな事を考えていたら、三人分の甘味が出来上がった。
「真弓ちゃん!」
「有村さん!」
「「心を強く持って!」」
私にお盆を持たせた後、ぐっと握り拳を作り、店長と先輩は私を送り出した。
(励ましの言葉にしてはネガティブ過ぎるけど、気持ちはありがたいかも。)
苦笑しつつも、一番奥の席に向かう。


「お待たせしまし… !?」
危うく持っていたお盆を落としてしまうかと思った。
(うん…心を、心を強く持って、って…言われたし…だから、…だから、)
タイミングが最悪だった。
彼女が、銀さんの頬に口付けしている瞬間に立ち会ってしまった。
席の前まで来て、私は甘味を机に置く事も、言葉を発する事も出来なかった。


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