#21.この恋の結末を聞いてくれますか?
 
表通りの喧騒に我に返り、急に恥ずかしくなって私達は繋いだ手を離した。
銀さんは頭をガシガシ掻きながら、また倒れたら困るから、と家まで送ってくれるという。
優しさに甘えたくなるけれど、脳裏に過ったのは真面目にもお店の事で…。
「お気持ちは嬉しいですけど、仕事抜けてきちゃったので、お店に戻っ、」
「馬鹿言うンじゃねーよ。そんな状態で仕事なんて出来ねぇだろ。」
「……、あ………!」

"そんな状態"。
その言葉に、私は今日かけられた言葉を走馬灯のように思い出した。

『おはよ、…!?どうしたの、その顔!?』
『目が真っ赤じゃない!』

『あっ、あのね、もしも!もしもなんだけど、私が出勤してるか確認してくる人がいたら、お休みですって言ってくれる?』
『? 何でですか??』
『えぇと…、こ、こんな顔で人前に出たくないから…?』
『あ!確かに!分かりましたー!』

『…まぁ、形だけだ。話を聞かなくても、ンな顔でいるのが答えなんだろうし、…それに色々と事情が変わった。』
『よォ、酷ェ顔してやすねィ。』

(忘れてた、忘れてた、忘れてたーっ!!!)
私、今日散々泣き腫らした目をしてたんだった!!
銀さんにそんな顔を見られたくないって思ってたのに、顔は今までで一番近付いたし、何なら見つめ合ってしまった!!
(もう、今日一日を最初からやり直したい…!!今からでも遅くない!目を、目を隠さなきゃ!)
今さらとは思いつつ、両手でしっかりと目を塞いだ。
私の突然の行動に、銀さんが固まった気が感じ取れた。
「あの、真弓ちゃん?ンな泣くほど仕事してェの…?」
私が目を手で覆ったポーズが泣いてる姿に見えたのか、銀さんはそう言った。
「違います…!今日の私、すごく酷い顔をしてるの思い出したんです!銀さんに見られたくないんです…!」
後から考えるとなかなかの告白だったけど、その時はそう答えるので精一杯だった。
銀さんは低く、へぇ…と息を漏らした。
「……そ。じゃあ、そのまま目ェ塞いでても良いけど、完全犯罪出来ちまうな?」
ふに、と唇に感触。
「!!?」
恥ずかしいより驚きが勝って、私はまんまとその手を目から離して口元を押さえた。
(分かってる、今のは銀さんの指だって分かってる。それでも不意打ちには充分すぎるよ!)
その様子を見て、イタズラが成功した銀さんはお腹を抱えて笑いだした。
「ふははっ、顔真っ赤。…まぁ、今は熱もあるしな。からかって悪ィ。ンな無体しねェから安心して。」
そう一頻り笑いながら言った後、銀さんは真面目な声で続けた。
「俺は酷ェ顔だとは思わないけどね。ヅラの事を考えて泣き通したんだろ?どんな決別したかは知らねェけどさ。…そんだけ、アイツの事が好きだったってことじゃねーか。」
(あ、そうか…。銀さん、私が桂さんの事を男性として好きだと思ったままなんだっけ…。)
告白は、した。銀さんに。
おおよそ正しいとは言えない場所と状況と言い方で。
もし今、改めて告白しても、桂さんの代わりみたいなニュアンスになりそうなのが恐い。
それに、銀さんには彼女さんがいるのだから、結果は分かってる。
ならば、慌てて今、告白し直すメリットは何もない。
だから私は銀さんの言葉を否定しなかった。
意味は違うけど、桂さんの事は大好きだから。

「…店長には話つけてあるから、今日はこのまま帰りな。」
私が黙り込んでしまったからか、銀さんは少しぶっきらぼうにそう言った。
きっと銀さんの事だから本当に店長に交渉して私を早退させているんだろうと思う。
(今日は一日お店には迷惑かけっぱなしだなぁ…。)
見上げた空には高い位置に太陽。
この時間、本当は働いているはずだから、何となく罪悪感みたいな悪いことをしているみたいな気持ちになる。
それでも、頬を撫でていく風が柔らかくて、私は思わず目を閉じてその風を堪能した。
(うん…、これ以上はお店にも銀さんにも迷惑掛けちゃうかな…。大人しく帰ろう。)

しかし、パトカーに乗っていた時の記憶がぼんやりしていて、どうやって帰れば良いのか分からない。
たぶん、かぶき町方面なのは間違いないんだけど。
そう思案していると銀さんが口を開いた。
「本当ならアイツ等が真弓ちゃんを送ってくのが筋なんだろうが、……歩くの辛ェなら、タクシー呼ぶ?俺が家まで背負ったって構わねェけど。」
「背負っ…!?あ、歩いて帰れます。……。」
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
言っちゃいけない、きっと迷惑だから。
そう思ったけれど…、私は熱のせいだと言い聞かせて銀さんに言った。
「…あの、この辺りの地理がよく分からなくて、その、…分かるところまで付き合ってもらえますか?」
私が"一人で帰る"と言うと思っていた(普段ならそう言ったと思う)からか、銀さんは一瞬目を丸くした後、目を細めて笑った。
「ん、当然。」
そう言った銀さんの表情は、まるで最愛の彼女のワガママを聞き入れるかのようで。
(…銀さん、今自分がどんな顔してるか分かってるのかな?)
私はなるべく平静を装って、ありがとうございます、とだけ言った。
この不意打ちに心臓は跳ね回っているけれど。
(そんな顔されたら、もしかしてまだチャンスあるのかな、なんて思っちゃうよ…。)


並んで歩き始めて数分。
未だに内心動揺している私と、鼻歌が聞こえてくる程ご機嫌な銀さん。
(またからかわれてるのかな…。)
そろそろ無言で歩く空気に耐えられず、先に口を開いたのは私。
「ぎ、銀さんは、どうして真選組の屯所にいたんですか?」
ずっと聞けなかった質問を道中ぶつけてみる。
銀さんは鼻歌を止めてから、チラと空を見上げた後、どこから話そうか思案する様子で言った。
「ん?あー…、店で真弓ちゃん探してみたけどホールにいねェからさ、さすがに今日は休みかと思ったわけ。でも、予想と違うパフェが届いてよ。」
なるほど、後輩ちゃんが見付けたのはやっぱり銀さんだったようだ。
そして、案の定、あのパフェで私がいたのはバレたらしい。
「ンで、あぁこれは厨房だなと思って真弓ちゃん居ンのか質問してみた。」
「そ、それで…?」
「"出勤してないって言ってました!"ってさ。いやぁ、あれは逸材だと思うね、うん。」
「えぇぇー…。」
どうやら後輩ちゃんはかなり嘘が下手らしい。
確かに真っ直ぐ裏表のない子だとは思ってたけど、まさかここまでとは。
「ンな訳で、直接話をしようと他の店員に声掛けたら、真選組が連れてったって言うじゃねーか。秒でパフェ食って、店長に真弓ちゃんの早退申し込んで、迎えに行ったってわけ。…皆、心配してたぜ。」
そう言った銀さんの瞳が優しくて、彼もその皆に含まれているんだと分かる。
昨日の今日で銀さんだって疲れているに違いないのに、こんなにも私の事を気にかけてくれるなんて。
「銀さん、迎えに来てくれてありがとうございます。」
「っ、おう。」
少し照れたような気恥ずかしそうな顔の銀さんを見て、ちょっと可愛いだなんて思ってしまった。


銀さんと一緒の嬉しさと、まだ治まらない熱のせいで足取りはふわふわしていたけど、少しも苦じゃなかった。
家の前まで送ってくれた銀さんは一瞬何かを言いかけたけど曖昧に、またな、と元来た道を帰っていく。
その背中を見つめながら、私はぽつりと呟いた。
「……ねぇ、桂さん。認めたくないって言ってたけど、私、こんなに泣かされてきたのに、それ以上に、やっぱり、…やっぱり銀さんが好きなんだ。」
応援はしてくれるか分からないけれど。

いつか桂さんにまた会えたら、この恋の結末を聞いてくれますか?


next

 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -