#20.銀さんに求められてるって設定
 
いくつかの他愛ない質問にも答え、私は解放される事になった。
こうやって直接真選組と話しているとよく分かる。
この人達は、とても乱暴な一面があるけど、私を心配してくれたりと温かい一面もある。
(桂さんにあんなに酷いことをした人達なのに…。)
でも、それが無ければ、私は桂さんに出会うことはなかっただろう。
決して感謝は出来ないけれど…、複雑な巡り合わせだと思う。


「それじゃ…。失礼します。」
軽く頭を下げて部屋を出ようとすると、思い出したように沖田さんが声をあげた。

「あ。あん時、首に付いてた血は誰のだったんですかィ?」

「ッ!!」
私は驚いて反射的に振り返ってしまった。
声はとぼけた調子なのに、沖田さんの目は爛々としていて、何か…確信をもって発された言葉だと理解した。
私の体は凍ってしまったように動かなくなる。
とんでもない不意打ちだった。
(辻斬り…って言うとボロが出る?でも、一番現実味があるはず。沖田さんは、桂さんのでも銀さんのでもないって分かって聞いてる、のよね…。)
真選組は高杉さんがいたのを知っていた感じだった。
ここで一瞬でも高杉さんと接点があるとバレれば、二人の助けは無駄になってしまうかもしれない。

私が黙ってしまったから、沖田さんだけじゃなく、近藤さんや土方さんも不思議そうな顔で私を見る。
(しまった…。黙れば黙るほど怪しくなっちゃう…!)
それでも、何も思い付かない。
桂さんや銀さんに会っている彼らは、その二人ではないと分かっているだろう。
辻斬りには血が触れるほどの距離に接近していないし、それも見通されている気がする。
私の血だと説明するのは、あまりに説得力がない。
…高杉さんのことは言えない。
(一体、何て答えれば…。)
とにかく何でも良いから喋らなくちゃと、浅く息を吸った。

「俺の鼻血だけど?」
「………え、」

私が声を出す前に、部屋の外から回答が投げ込まれた。
部屋の前…、ちょうど私の背後に立っていたのは銀さんだった。
「ぎ、銀さん…?」
「行儀良く待つつもりだったけど、話、長過ぎ。なァ、もうコイツ連れて帰って構わねェよな?」
振り返りきる前に力強く腕を引かれ、気付けば目の前には銀さんの胸板。
(えっ、あれっ、近い!?腕も握られたままだし、やだもう、また熱上がりそう…。)
少しクラクラするのは、風邪の熱なのか、それとも別の熱なのか、もう分からない。
「旦那の鼻血ィ?そいつァ、流石に苦しいや。」
その声にハッと我に返る。
ギシ、とベッドから立ち上がる音を立てて沖田さんが疑わしそうに言った。
「鼻血にンな飛距離あるわけねェ。」
土方さんも、銀さんの言葉を疑っている。
沖田さんが何となしに聞いた事が、重大な何かに繋がっている可能性を嗅ぎ取ったように。
(どうしよう…。確かに言い訳として無理がありすぎる。でも…他の理由を見付けられない。)
ぐるぐると思考していると頭が痛くなってきた。
その時、銀さんの手が掴んだままだった私の腕を、ぎゅっと一度だけ強く握り締めてきた。
(もしかして、任せろって言ってくれてるの…?)

もしそれで悪いことが起きても、きっと私は銀さんを責めたりしない。
私は、銀さんを信じて、私を任せる。

銀さんは私と目を合わすことなく、沖田さんや土方さんの方を見ながら、…私の首元の衣服に指を掛けて、グッと横に引いた。
「っ!?」
首筋から肩にかけての数センチ、肌が外気に晒されてヒヤリとした。
動けなかったのは、恥ずかしさと混乱もあったけど、晒された場所に銀さんの顔が近付いてきたから。
(吐息が当たる…!それに銀さんの髪が頬に触れてくすぐったい…!)
銀さんの頭はすぐ横にあるし、真選組には背を向けている状態だから誰にも指摘されないけど、私また顔が真っ赤になってるに違いない。
(…だって、今までで一番銀さんが近い。)
少しでも動いたら銀さんの唇が首に触れそうだ。
私の動揺とは真逆に、銀さんは涼しげな声で言った。
「ヅラとの約束破って、先に味見しようとしたンだよ。こーやってな。まァ、お陰様で未遂ですけどォ?」
喉でくつくつと銀さんが笑うと、その吐息や振動が直接伝わってきて心臓が煩く暴れまわる。
(確かに、このくらい近付いていれば首筋に鼻血が垂れてもおかしくはないけど…!)
真選組が言葉を失っているのを確認して、銀さんは私の服を戻しながら体を起こした。
どことなく同情したような声音で土方さんが言う。
「ンな人身取引認められるかよ。そいつの意思は、」
「関係ねェなァ。コイツはヅラの言うこと聞くし、俺とヅラでした取り決めには逆らわせねーよ。」
銀さんはピシャリとそう言い切ると、私の背中を押して部屋の外へ出した。
「旦那、相当にゲス野郎ですねィ。」
「そ?そんな心配なら定期的にコイツのこと守ってやれば?…攘夷浪士や、俺からな。」
偽悪的に笑いながら、銀さんも部屋から出てきた。
けれど、結局私は最後まで振り返れなかった。
(顔がまだ熱い…。こんなの、恥ずかしすぎて銀さんに見られたくない…。)
俯いて、鼓動を落ち着かせる為に、ゆっくりと呼吸をする。
(それにしても…。昨晩からのお芝居と分かってても、銀さんに求められてるって設定は心臓に悪すぎる…。)
だってそれは、あまりにも私の希望そのものなのだから。

銀さんは無言で私を追い越すと、通り抜け様に私の手を取った。
驚いて顔を上げても、銀さんの後ろ姿があるだけで、決してこちらを振り返ろうとはしない。
(そうか…。私、また銀さんに助けられた。…また、迷惑掛けちゃったんだなぁ。)
桂さんの件だけじゃない。
それよりもずっと前から、銀さんには助けられっぱなしだ。
(こんなにたくさん迷惑を掛けているのに、銀さんは迷惑じゃないって言ってくれて、…本当に優しい人だ。)
もう一度、その後ろ姿を見上げる。
顔が赤いのも、まだ少しクラクラするのも、胸が苦しいのも、…今だけは、風邪じゃないってハッキリと分かる。


真選組の屯所から出ても、暫くは手を引かれたまま歩いた。
往来に出ると、嬉しい気持ちより恥ずかしい気持ちが少しだけ勝ってしまう。
(彼女さんにも悪いし…。でも、次は無いかもしれないと思うと、自分からは離せない…。)
そんな葛藤の中、大通り手前の路地裏へと導かれる。
明るい時間に紛れ込む路地裏は静かで、夜みたいに色んな物でごちゃごちゃしてなくて、少しも怖くなかった。

銀さんは私の手を離すと、くるりと振り返って、
「本っっっ当に、すいませんでしたァァァ!!」
ゴッと鈍い音が聞こえそうな程、私の足元で勢いよく土下座をした。
呆気に取られた私は暫く見下ろしてしまったけど、漸く状況を理解して慌てて銀さんに言う。
「えっ、な、何でですか!?むしろ、また私ご迷惑掛けてしまって、こちらこそすみませんでした!!」
同じ高さになるように、私も地面に正座して銀さんが頭を上げてくれるのを待つ。
銀さんは顔を上げる前にチラリと私の表情を盗み見て、溜め息を吐きながら歯切れ悪く答えた。
「だ、…って怒ってるだろ。あんな場所で肌晒されて。俯いて震えてっし、恥ずかしい思いさせたのは間違いねェ訳だし…。」
「その…恥ずかしいは、恥ずかしいですけど、多分、銀さんが心配してくれてる恥ずかしさとは違って、」
んんん、説明が難しい…。
(確かに真選組に見られた、とはいえ、首筋から肩までなんて、パトカーから落ちた時に着衣の乱れで出てもおかしくないくらいの場所だし、そんな事に思い至らないくらい銀さんが近かった事の方が恥ずかしかったし…。)
私が言葉を濁してしまったから、銀さんもそれ以上の事は聞いてこなかった。


先に立ち上がった銀さんは、自然に私へと手を差し伸べる。
(私をいつも助けてくれて、ずっと励ましてくれていた手…。)
恐る恐る手を重ねると、力強く引き上げてくれた。
その手が離れそうになる瞬間、無意識に握り返したのは私だった。
「怒るどころか、…本当に感謝してます。私の事も、桂さんの事も助けてくれて。…風邪治ったら、必ずお礼します。本当に、ありがとうございました。」
私達はお互いに手を握りしめたまま、暫く見つめ合った。
普段だったら、状況に耐えられず真っ先に目を逸らすのは私だっただろうと思う。
だからこれは、風邪のおかげだ。
見つめているのは、熱でボーッとしてるからだと言い張れる。

銀さんはそんな私を怪訝がるでもなく、安心したように笑った。


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