#16.一緒にいる事は、出来ない
 
ハンカチにくるんでいた物を取り出す。
坂本さんから貰った月の石。
(少し…、いや、かなり残念だけど、今はこれしかない。)
私は辻斬りをまっすぐ見て、石を振りかぶった。
誰だって何かを目の前に投げられたら、当たろうが当たるまいが怯むと思う。
私は全力で石を投げて、その結果も見ずにまた走った。
「可愛い抵抗だねぇ…。こんな石なんか真っ二つ、」
その瞬間。
カッと辺りが眩しく光って、私は自分の影をくっきり見た。
(えっ…?)
走りながら振り返ると、辻斬りは地面に跪き、目を押さえて呻いていた。
すぐ近くに落ちているのは、二つに割れた石。
「仕込み閃光弾とは、恐れ入ったよ…!面白いじゃないか、君は特別丁寧に斬り殺してあげるから待ってなよ…!」
「!」
やっぱり、さっき光ったのは月の石らしい。
(原理はよく分からないけど、何かとんでもないものをお守りにしてたみたい…。)
辻斬りがふらふらと壁に体を預けながら立ち上がろうとするのを確認して、私はさらに走る速度を上げた。

向かいの路地に踏み入ると同時に、前方に現れた影に勢いよくぶつかった。
「痛っ、…あ、ごめんなさい、大丈夫ですか!?ここ危ないから急いで逃げてください!!辻斬りが、」
「逃げンのは、お前。」
影は気だるそうに私にそう言って、辻斬りの方へ向かう。
その言葉に心臓がぎゅっと締め付けられたみたいになる。
(本当に、私にとってのヒーローで、王子様みたいだ。)
私は咄嗟にその腕を掴んでいた。
「待って…、嫌です…行かないで…。」
「………。」
「あ、あの…さっきは、酷い事、言って…ごめんなさい…。私、…う、上手く言えないけど、…っ銀さんが死んだら、…そんなの、嫌です。だから、」
謝らなきゃ、逃げてもらわなきゃ、仲直りしたい、分かってほしい。
色んな気持ちが一気に沸き上がって、言葉が上手く紡げない。
「…うん。」
銀さんは一言そう呟いて、ゆっくりと腕を掴んでいた私の手を解いた。
私の手が冷えていたのか、触れられた銀さんの手は温かくて優しかった。
私は辻斬りのいる路地裏に消えていく銀色を呆然と見つめる事しか出来なかった。
逃げるのは私だと言われたのに、足が動かなかった。
せめて助けを呼びに行かなきゃと思うのに。
(そうだ、真選組!私を追ってこの近くにいるはず…。)
だけど、通りに出て辺りを見回すも、真選組の姿はどこにもなかった。

「あーらら、かなり至近距離でくらったみてェだな。アンタが岡田以蔵じゃなくて助かったよ。…にしても、もう随分喰われちまってンなァ。」
暗闇から銀さんの声だけが聞こえる。
そこにいるのは辻斬りなのに、とても余裕のある声だった。
「誰だ貴様!さっきの女諸共すぐに殺してやる!」
「…はぁ。高杉があんなにボロボロになっててテメェが無事なわけが無ェと思ってたが、なるほどな。残念だが、テメェの負けらしいぜ。」
「何を…!?」
「頸動脈ぱっくりイッちまってるし、腹からモザイク出てるし。体の方はとっくに死んでンのに、紅桜が動かしてるらしいな。…悪いが破壊させてもらう。」
銀さんがそう言うと、暗闇にキラキラと紅色が桜のように舞った。
会話が不穏な事しか分からなかったけれど、銀さんが辻斬りを止めてくれた事だけは何となく理解した。

「逃げろって言ったのに。…で、何でまた路地裏?」
「…ごめんなさい。…この前の真選組に追い掛けられてて。」
私の所に戻ってきた銀さんは、小さく溜め息を吐いて、さっき私達がぶつかった路地裏へと導いた。
真選組に追い掛けられてると言った事への配慮だと思う。
何度見ても雨粒が付いた銀髪は儚く輝いて綺麗で、その紅い瞳はしっかりと私を捉える。
(さっき、助けなくていいなんて偉そうなこと言った矢先に、また助けられた…。私なんかを気に掛けてくれる銀さんは、本当に優しすぎる。)
目の前に銀さんがいる。
今なら何だって話せるチャンスなのに、言葉にならないし出来なくて、差し障りのない言葉が精一杯だった。
「…お怪我は、ありませんか?さっきの、多分辻斬り…。」
「俺こう見えてそこそこ強ェから平気。つーか、その言葉そっくりそのまま返すわ。高杉に襲われてるし、辻斬りと交戦してるしで、奇跡的に間に合ったから良いものの…。あと少し遅かったらって考えたら、気が気じゃねーよ。」
「ご迷惑をお掛けして、すみませんでした…。」
いくら銀さんが強かったとしても、私のせいで怪我をしたかもしれなかったし、余計な事に巻き込んだ事には変わりがない。
ぺこりと頭を下げると、あーとかうーとか呻きながら銀さんは私の肩を掴んで言った。
「俺は、無理とか迷惑とか一度も思った事ねェから!」
「…え?」
「それと、…俺も酷ェ事言った。ごめん、反省してる。…許してほしい。」
顔を上げると、眉を下げた銀さんの顔があった。
その表情は、叱られた後の子犬みたいで。
「許すも何も…、銀さんを怒らせたのは私ですし…。……。でも、」
「でも?」
「…仲直りしたいです。…銀さんと前みたいにお話したいです。」
私がそう言うと銀さんは安堵したように息を吐いた。
その頃には雨は完全に止んでいて、月明かりが再び水溜まりに反射していた。

「…あー、仲直りは良いんだけどさ。その、…さっきの好きってどういう意味の好き?」
「!! あ、えっと、…っ、忘れてください、何でもないです!!」
思わず俯いてしまった。
改めて言われると恥ずかしくなって動揺してしまう。
ここでまた銀さんの事を好きって言う勇気は無いし、やり直せるならあんな告白の仕方にはしたくない。
狼狽える私の肩に置かれている手は、さらにぎゅっと力強くなる。
気付けば壁に追いやられていて、逃げ場が無くなっていた。
前髪が銀さんの胸元に触れそうな距離。
(っ、近い近い!)
ここで顔を上げて銀さんを見つめ返す事が出来ないのは、私の意気地の無さだ。
「銀さん…。」
「…真弓ちゃん、俺は、」


「危ない!真弓殿ォォォ!!」


桂さんの声だ!と思ったのと同時に、私の視界から銀さんが消えた。
代わりに私は桂さんの腕の中に収まっていた。
「すぐに追い掛けられずにすまなかった!あの路地裏に戻った時には既に真弓殿がいなくてな…。先程、閃光弾らしき光が見えてもしやと思ってきて正解だった。本当に無事で良かっ…いや!どうしてこんなにボロボロなんだ!?怪我は!?怪我はしていないか!?」
「か、つらさん…っ、だ、大丈夫ですから…。」
一気にそう喋り、腕の中から私を解放すると心配そうに私の体に触れる。
私が無事なのを確認すると、暗闇に溶け消えた銀さんの方を睨みながら言った。
「まさか真弓殿が変質者に襲われていたとは、何たる不覚!一人にして本当にすまなかった。この社会のクズは責任を持って俺が殺しておこう。」
私を背後に隠し、桂さんが静かに抜刀したのを見て、慌てて袖を掴んで制した。
「違うんです!この人は、また私を助けてくれただけなんです!」
「"また"?」
怪訝そうな顔をしながらも、桂さんは刀を鞘に戻してくれた。

「いててて…。何してくれてンの、テメェ。一瞬アバラ逝ったかと思ったわ!」
脇を押さえながら、銀さんがフラフラと立ち上がる。
「………銀時?」
「…は?……ヅラ?」
「え?知り合いなんですか?」
三人とも頭に大きなはてなマークを浮かべて、ただ瞬きをするのみだった。
そんな中、最初に口を開いたのは銀さんだった。
「おま…、随分真弓ちゃんと距離近いけど、どういう関係なの。」
「難しい質問だな。…一緒に風呂に入ったり、一緒に飯を食ったり、同じ布団で寝るような関係だ。」
「ちょ、桂さん…っ!」
その説明は絶対に誤解される!
お風呂は桂さんを綺麗にしてあげたくて補助で入っただけだし何なら服着てるし、同じ布団は同時に入った訳じゃなくて桂さんが譲ってくれただけだし。
(ご飯は私が作って振る舞ってるみたいに聞こえるけど、いつも美味しいご飯ありがとうございます…。)
桂さんの回答に、ますます分からないという顔をした銀さんは口の端をひくつかせながら言う。
「まさかとは思うが、一緒に住んでたりとかしねェよな…?」
「その通りだが?」
それを聞いて銀さんは頭を抱えて叫びながらその場に蹲った。
「くそっ、何かおかしいとは思ってたンだよ!やたら攘夷浪士の肩を持つし、テメェのとこの本持ってやがったし!つー事は閃光弾持たせたのもヅラか!いや、助かったけどな!?」
「む?先程の閃光弾は真弓殿が?そんな物、一体どこで…。」
「えっと、お店に来てくれたお客様から貰いました。お友達に渡したかったけど留守だったからって。月の石だって聞いてたから、私もあんな事になるとは…。」
しまった、話題が変わってしまった…。
(ちゃんと正しく銀さんに伝えたかったのだけど、今から話を戻すのは難しそう…。)
そういえば、坂本さんは"文鎮代わりに使うも良し、護身の武器に使うも良しの優れもの"って言っていた。
護身の武器って、せいぜい石で相手を殴るとかそういう意味だとばかり思っていたけど…。
(でも、本当にこの石が私を護ってくれたんだな…。いつかまた坂本さんに会えたらお礼言わなくちゃ。)
私がそんな事を思っていると、少し考え込んでいた様子の桂さんとパチリと目が合った。
「…その声のでかい客の友人が受け取れなかった事で真弓殿が守られた訳か。それは良かった。」
桂さんはそう言いながら、どことなく嬉しそうに笑う。
(あれ?何で声が大きいって分かったんだろう?)
坂本さん、あずみさん曰く有名って話だったし、月の石の輸入とかで有名だったりする人なのかな?
私はその疑問は飲み込んで、別の疑問を桂さんにぶつけた。
「そう言えば桂さんは今までどこにいたんですか?」
「…真弓殿が路地裏に入ったのと同時くらいに、見廻り中の沖田総悟に見付かってしまってな。今、真弓殿といる所を知られるとまずいと思って撒いていたのだ。」
「沖田…総悟…。」
「ほら、前に真弓ちゃんが路地裏で捕まってた時にいた…、煙草じゃねェ方。」
そう銀さんが補足してくれた。
という事は、さっき私に"桂小太郎"と話し掛けてきた人が沖田さんという事になる。
(じゃあ、近くに桂さんがいる事を知ってて私の反応を試したんだ…!)
背筋がゾッとした。
私はまた桂さんを危険に晒すところだった。
「…ごめんなさい。私、今まさにその沖田さんと、多分土方さんに追われてます…。」
「懲りねェな、アイツら。」
低い声で呟いたのは銀さん。
「そうだったか、また怖い目に合わせてしまったな…。そういえば、エリザベスとは合流出来なかったのか?」
「いえ、助けに来てくれました。でも、あの路地に重体の人がいて、エリザベスさんに運んでもらうようにお願いしたんです。あっ、でも桂さんエリザベスさんと再会出来たんですよね…良かった…。」
「…そうやって他人の事ばかりだな、真弓殿は。」
ふわりと頭を撫でられた。
少し濡れてしまった髪が桂さんの指に絡む。
(本当に桂さんと合流出来て良かった…。)

何だか全部解決したような気持ちになったけれど、実際はそうじゃない。
沢山の足音と人の声が近付いてくる。
恐らく、真選組だ。
「ど、どうしましょう…。」
「ヅラと真弓ちゃんは見付かるとマズイんだろ?ここは俺に任せて、」
「銀時。」
桂さんは銀さんの言葉を制して、こう言った。
「お前に任せれば逃げるのは容易い。だが、それではこれからも真弓殿は真選組に怯えながら生活する事になってしまう。」
銀さんは反論しなかった。
確かに、今逃げられても、私に対する疑惑が晴れなければ私はこれからも真選組から逃げ回らなくてはならないだろう。
「じゃあ、…どうすンだよ。気配からして、奴等が来るのも時間の問題だぞ。」
「………。」
誰も解決策を思い浮かべず、沈黙する。
このままじゃいけないと思って、私は何とか提案してみた。
「とりあえず、ここは銀さんにお願いして逃がしてもらいましょう?私は、今後かぶき町や路地裏に近付かないようにします。真選組も、土方さんと沖田さんだけ気を付ければ良いですし。…あ、山崎さんって方にも顔はバレた気がしますけど、怖い雰囲気の方じゃないから何とかなりそうですし。」
銀さんに目配せをすると、頼もしい顔で頷いてくれた。
だけど、桂さんだけは難しい顔をしている。
そして、何か答えを見つけたようにゆっくりと私に向き直って言った。
「真弓殿は覚えているか?俺達が期間限定で"家族"になった日、真弓殿は俺の事を怖がらないと言ってくれた。俺も真弓殿が嫌がる事はしないと誓った。…ふっ、今思い出しても妙な関係だな。」
「桂さん…?」
「俺を見付けてくれたのが真弓殿で本当に良かったと思う。正直、ずっとこの時間が続けば良いと願った瞬間もある程に、真弓殿と一緒に過ごせた時間は体だけじゃなく、心の癒しでもあった。感謝してもしきれない。」
「桂さ…、」
近付いてくる足音と声、それに比例するように何か別のもっと嫌な予感がした。
「少し怖い思いをさせてしまうかもしれないが、今度は俺が真弓殿を助ける番かもしれない。俺に任せてくれないか?」

どうしよう、何て答えたら良いんだろう。
答えを間違えたら、何か取り返しのつかない事が起きる気がする。

私が返事を出来ないまま、桂さんは銀さんに話し掛けた。
「銀時、後の事は任せられるか?」
「……ああ。それが最適解だっつーなら、協力してやらァ。」
そう答えた銀さんは、私を安心させるように目線の高さを合わせて微笑んだ。
「俺、真弓ちゃんに言いてェ事あるから、無事に逃げ切ろうな。」
銀さんは私の頬の絆創膏を優しく撫でる。
「銀さん…。」
「しっ、真弓殿、奴等はもうそこまで来ている。…真弓殿は黙って俯いているだけで良い。俺を信じてくれ。」
桂さんはそう言って、私を後ろから抱き締めた。
首にヒヤリと冷たい物が触れる。
何故か、涙が零れ落ちた。
そして私と桂さんがそのままの態勢で路地から出ると、丁度二つ先の路地近くに真選組の隊士が十人ほどいる所に遭遇した。
「っ!副長、桂です!!」
ざわつく隊士達の間を通り抜けて、土方さんが私達の方を向いた。
「総悟が追い回したってのは本物だったか。前回は取り逃がしたが、今日こそは覚悟しやがれ!」
「土方さん、待って下せェ。あれ、さっきの女じゃありやせんか?」
土方さんの後ろから現れたのは沖田さんだ。
二人が揃ったタイミングで、桂さんはくつくつと喉を震わせて笑った。
今まで聞いたことの無い、まるでこちらが萎縮してしまいそうな笑い声を上げた後、真選組に言う。
「ここは見逃してもらおうか。この女を殺されたくなければな。」
首元に突き付けられた刀がギラリと光る。
「っ、」

体が震える。
さっきから涙が止まらない。
これは刀を突き付けられている恐怖からじゃない。
私は確信してしまったからだ。

…無事に逃げ切った後、きっともう桂さんと一緒にいる事は、出来ないんだと。


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