#15.思い出すのが、あと数秒早ければ。
 
切れ間から覗いていた月明かりは、また気紛れのように雲に隠されてしまった。
そんな雨空を見上げると、遠くの喧騒が聞こえくる。
多分、あの辺りに真選組がいるんだろう。
(桂さん、見付かっちゃったのかな…。)
私に追い出されても大丈夫なくらいには回復してるって事は、真選組に見付かっても逃げられる程度には回復してるって事だと思うけど。
もしそうなら、私は一度家に帰った方が良いのかもしれない。
私が行くと、足手まといになるかもしれないから。
…そう思うのに。
(行かなきゃ後悔する気がするのは何でなんだろう…。)
ザワザワと胸が落ち着かない、のは、銀さんの事もあるのかもしれないけれど。
(銀さん、怒ってたな…。もう、お店にも来てくれないかも…。)
ううん、止めよう。
銀さんがお店に来てくれる事より、銀さんが無事でいてくれる方が大事なんだから。
私のせいで真選組と揉めているし、鉢合わせせずに帰れると良いけど。

とりあえず、人が集まっていそうな方に足を向けた。
私は桂さんみたいに顔が知れ渡ってるなんて事も無いし、この前の黒髪で煙草の人と甘栗色の髪の人に見付からなければ、真選組に対して必要以上に恐がらなくても大丈夫だ。
むしろ堂々としていた方が良いと思う。
少し先の通りに赤い光がいくつか浮かんでいるのが見えた。
パトカーの光だ。
(事件だとは思うけど…、桂さんと別れたのはついさっきだし、別の件でパトカーが集まってるって考えるべきよね。)
そういえば、銀さんと高杉さんが辻斬りがどうのって話をしていた。
という事は、真選組は辻斬りを捕まえる為にここにいる…?
考えるとゾッとした。
近くに、人を殺す事を何とも思わない辻斬りの犯人がいる。
(銀さん、木刀は持ってるけど、高杉さんや桂さんみたいに真剣を持ってる訳じゃないから、いざって時が心配…。)
それを言うなら、回復したばかりの桂さんや怪我をしてる高杉さんも心配ではあるけれど。
(…一番気を付けないといけないのは私、か。)

とにかく、状況が知りたい。
私は野次馬のフリをしながら、パトカーの方へ向かう。
慌ただしく駆け回る真選組を見ていると、私達が安全に暮らせるように頑張ってくれている事を痛感する。
私達の味方なんだ、真選組は。…本来なら。
複雑な気持ちを抱きながら、私は一番輪から離れた場所にいる男性に声を掛けた。
「あの、…何かあったんですか?」
「君この辺の人?危ないから家にいた方が良いよ。」
少し頼りなさげな顔をしながら、男性は私を心配してくれた。
「あ、いえ…帰路なんですけど、危ないって…事件ですか?」
「…うん。事件というか、過激派の攘夷浪士の目撃情報があってさ。何故か手負いだったから追い詰めていたんだけど、…その、見失って。まだこの近くにいるはずだから捜索しているんだ。」
「それだけですか…?」
「え??それだけ?」
私は咄嗟に自分の口元を押さえた。
(怪我をした過激派の攘夷浪士…。)
どうやら、真選組が探しているのは高杉さんらしい。
(さすがにもうここからは離れてるはず。エリザベスさんにお願いして良かった…。)
ほっとしたものの、問題は解決してない。
銀さんと高杉さんの会話から、高杉さんの怪我は辻斬りに関係しているみたいだから、辻斬りも恐らくここからそう遠くない所にいるんだろう。
まだ真選組が気付いていないだけで、この辺りは混沌としている。
(あれ?真選組に見付かってないなら、桂さんはどこへ…?)
疑問に思いながらも、私は目の前の隊士さんにお礼を言った。
「教えて下さってありがとうございました。お仕事頑張ってくださ、」
「オイ、山崎。」
後ろから男性の低い声が聞こえた。
私の対応をしてくれていた男性がそれに答える。
「あ、副長。目撃者の証言なんですが、」

この匂い知ってる、煙草だ。
一体どこで?
それに聞いたことのある声。
一体どこで?
…思い出すのが、あと数秒早ければ。

「一般人に聞かれるとこで情報共有とはいただけねェや。これだからお前はザキなんでィ。あと部下の不始末で死ね土方。」
「!!」
振り返れないが、もう一人増えた。
この口調も聞き覚えがある。
後ろに立っているのは、あの日の路地裏で会った二人だと直感した。
(最悪…。)
でも、私は傘を差しているし、二人には私の後ろ姿しか見えないはず。
まだ、逃げられる。
私は山崎さん?に会釈をした後、顔を伏せてなるべく壁際に寄って、二人の横を通り抜けた。

「待ちなせェ。……血生臭くてかないやせんね。」
逃げなければと思うのに、足が止まる。
「市民の皆さんには捜査の協力を願いやす。…その首に付いてる血の説明をしていきなせェ。」
「!?」
慌てて首筋に手を当てて見ると、血の跡が手のひらに広がっていた。
気付かなかった。
多分、この血は私のものではなく、高杉さんに倒された時に滴った高杉さんの血だと思う。
私ですら気付かない血の匂いに反応するなんて、まるで獣だ。
「これは…。」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
私にはあの日の銀さんみたいな回避の仕方は出来ない。
「あ?お前、よく見ると着物もぐちゃぐちゃじゃねェか。何かあったのか?」
その声音は疑いよりも心配の色合いの方が大きい。
私にとっては恐い人達だけど、本来なら優しい人達なのかもしれない。
「何もないです。…お邪魔しました。」
「桂小太郎。」
「!!」
「あーあ、振り返っちまいやしたね。」
意地悪く笑うのは甘栗色髪の男性。
(しまった…!!)
うっかり振り返ってしまった私の視界には、パトカーの光の逆光で表情が読めないあの日の二人だ。
という事は、彼らからは私の表情が丸見えだという事でもある。
「やっぱりな。この前はどーも。旦那はフォローしてやしたが、アンタが持ってた問題集見て、桂一派の奴だってのはすぐ分かりやした。…俺等、ずーっと桂を探してるんでさァ。何か知ってるならここで吐きな。」
まだ僅かに幼さの残る顔なのに、ギラギラと相手を射殺す様な瞳に鳥肌が立った。
ちらりと土方さん?の方に視線を動かすと、さっき私の心配してくれていた雰囲気とは真逆の殺気立った目をしている。
山崎さん…は、睨んではないけど困ったような顔をしていた。
「…あの時も、何も知らないって、言ったはずですけど。」
「さっきの名前で反応しといてよく言うぜ。お前がここにいるって事ァ、どうやら"高杉以外"の浪士もいるのかもしれねェな?」
そう言ったのは土方さん。
見付かっていないはずなのに、私のせいで桂さんの事が気付かれてしまう。
そんなのは駄目だ。
(銀さんみたいに上手に出来るか分からない。それでも、一か八かやるしかない。)
私はなるべく真選組に抵抗の意思は無いというのを分かりやすく示す為、傘を持っていない手を肩まであげる。
降参、という意味合いのポーズ。
そしてなるべくか細い声で二人に言った。
「あの日何があったか、本当の事をお話しします。聞いてもらえますか?」
私がそう言うと、張り詰めた空気が一瞬解けた。
「最初から素直にそうしてりゃ、こっちだって悪いようには、」
土方さんが話している言葉途中、甘栗色髪の男性が私から目線を外した一瞬、…何だか静止画みたいだった。
そんな事は初めてだったけど、本能的に今しかないと理解した。
私は持っていた傘を開いたまま二人の足元に投げると同時に走る。
「っお前、!!」
普通に走ればすぐに追い付かれてしまう。
傘が彼等を足止めしてくれるのはほんの一瞬だろう。
それでも無いよりはマシだ。
(走れ、走れ、走れ!逃げ切らなきゃ、こんな事して次に真選組に見付かったらもう無事じゃ済まない!)
鬼ごっこは子供の時以来。
命の危険を感じる鬼ごっこは当然初めてだ。
(桂さんも、高杉さんも、こんな気持ちで逃げていたのかな。満身創痍で。…路地裏に隠れていたところを見付けられたら警戒するの、今なら分かる。)

雨は上がったのか、まだ細く弱い雨が降っているのか判断が出来ない程度になっていた。
月明かりの無い空は、不安になる暗さだ。
後ろから追い掛けてくる足音と声。
大通りは見付かってしまう。
(一旦、路地裏に入るしかないか…。)
覚悟を決めて、人一人が通れるような細い路地裏に逃げ込んだ。
走ったドキドキと恐怖のドキドキで心臓が暴れ回っている。

「女の子がこんな暗い通りに一人でいると危ないよ。」
「!!?」
暴れ回っていた心臓が止まったかと思った。
振り返ると、細身の男性が路地裏の奥の方に立っているのがぼんやり見えた。
「あぁ、ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだ。さっき、この辺りで斬られ傷やら骨折してる男の人が倒れているのを見たからさ…。君ボロボロだけど、大丈夫?」
「あ…、ありがとうございます。水溜まりで転んじゃって…。」
高杉さんの事を言ってるんだろうか、と思いながら曖昧に笑って言い訳をした。
会話をしながら大通りに意識を集中させるが、真選組が通る気配はない。
いつの間にか追い越されたのか、違う道を探しに行ったのかどちらかだろう。
男性はゆっくりと私の方に歩み寄りながら言う。
「お嬢ちゃんは夢ってある?」
「夢ですか…?あ、あります。」
突然振られた話題に驚きつつも正直に答える。
(いつか、自分で甘味のお店を持ちたい。子供の頃はお姫様とか色んなお仕事にも憧れたけど、今はもうこれしか考えられなくなっちゃったなぁ…。)
「夢があるって良いよねぇ。俺も憧れていた人がいて、ずっと目標にしてたんだけど、亡くなってしまってね。」
「それは…お辛いですね…、」
「そう、だからああ俺があの人の想いを継ぐんだ、あの人の無念を晴らすんだ、きっと岡田さんを超えてみせます、貴方を利用して見捨てたあの男にはギリギリで逃げられましたが次は必ず殺します必ず殺します必ず殺します、紅桜も複製とはいえ血の味を覚えて成長しました、もっともっと育ててもっともっと貴方に近付きますもっと、もっと、も っ  と 」
もう少しで表情が分かりそうなくらいの距離まで来た。
故人の話をしているのに、酔いしれた様に笑う男性を見て言葉が出なかった。
(紅桜、って言った。)
だって、その単語、さっき…。
「高杉さんを傷付けたの、貴方ですね…!?」
「…あれ、意外だなぁ。お嬢ちゃんみたいなのはアイツと知り合うはず無いんだけど。」
「こんな雨で暗い路地裏で、斬られ傷やら骨折してるなんて見ただけで分かるはずがない。やった本人以外は。」
この男性と高杉さんの関係性や、岡田さんと呼ばれている人の事も私は知らない。
でも、分かった事がひとつある。
「あなたが、…辻斬りの犯人なんですね。」
まだ少し距離があるのに微かに血の匂いがする気がした。
恍惚の表情を浮かべながら、男性はじとと私を見る。
「正解。それじゃ早速、俺の夢の為に生け贄になってよ。ふ、ふふ、ははは、はははは、あははははははは、」
じりじりと距離を詰められる。
握られている刀は禍々しい程の深紅。
(足止めできるもの…、何か…!!)
さっきの傘みたいに一瞬気を逸らせたら逃げられる可能性はある。
「あれあれぇ?抵抗するつもり?いいねぇ、そういう人間の方が斬って気持ちいいよ。」

震える指先で鞄の中を探る。
財布、手帳、家の鍵、化粧ポーチ、ハンカチ。
(ハンカチ…!)
ほんの一瞬で良いの、どうか私を守って。
私は男性から目を反らさないように気を付けながら、それを掌に移した。


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