#11.銀さんって呼んでも良いですか?
 
「はい、終わりました。他に痛い所とかあったりしますか?」
「っ、…大丈夫、です。あの、私、もう帰、」
手当てを終えた新八君に頭を下げ、慌てて帰ろうとするものの、それを制したのはまさかの彼女だった。
「えー、ゆっくりしていきなよ!どうせお客さんなんて来ないんだし!」
「オイ、何言ってくれちゃってンの。」
明るく笑う彼女に横からツッコミを入れる銀さん。
その声色は優しい。
「そうネ。ゆっくりしていくと良いアル。」
「ですね。本当はちゃんとおもてなししないと僕らだって申し訳ないままなので。」
彼女に続いて、神楽ちゃんと新八君が私を引き留めてくれた。
それ自体は嬉しいのだけれど、今は困る。
「有村、この銀色の天パでマダオなのが銀ちゃん、その横が最近出来た彼女ネ。」
神楽ちゃんは私の内心に気付くはずもなく、銀さん達の紹介をしてくれた。
(マダオって何だろう…?そんな事より、)
銀さんと私は初対面じゃない。
けれど、さっきのカフェでのやり取りを思い出す限り、嘘を吐いた方が良いみたいだ。
「初めまして、有村と申します。突然お邪魔してすみません。」
お辞儀をする時にチラリと銀さんの表情を盗み見てみたけど、私の言葉を否定しようという気は無さそうだった。
「…初めまして。ここで万事屋やらせてもらってる坂田です。」
銀さんは私の目の前まで歩いてきて、名刺を一枚差し出した。
"万事屋銀ちゃん"、"坂田銀時"。
何度も何度もその文字を目でなぞる。
(初めて知った。銀さんの名前。お仕事。…銀時、坂田銀時。)
今までだったら銀さんの名前が知れて、きっとすごく嬉しかった。
なのに今は、そんな事も知らなかったと、ただ遠い存在である事を痛感する。
「座って。」
銀さんは表情ひとつ崩さずに淡々とそう言って、自然に私の横に座った。
「何か怪我してるけど、ウチの奴らがやらかした?大丈夫?」
「ちが、二人は親切にしてくれて、」
「新八、絆創膏取って。」
私の言葉を遮って、銀さんは絆創膏を受取り、私の頬に貼った。
(私の事を嫌ってるのに放っておけない優しいところ、もう知ってる。だって、本当の初対面の時から、銀さんはそういう人だった。)
胸が苦しい。
銀さんの事がまだ好きで、彼女がいたって諦められそうになくて。
嫌われてても、こんなに優しく触れてくれる事が嬉しいはずなのに、どうしようもなく苦しい。
(でも、また傷付いて泣いて誰かに迷惑を掛けるくらいなら、この気持ちは閉じ込めておかなきゃ。せめて、銀さんと以前の関係に戻れるまでは。)
私は銀さんの手が頬から離れた瞬間に慌てて立ちあがる。
「色々と、ごめんなさい…。ありがとうございました、帰ります…!」
「…有村サン。」
「っ、」
銀さんに、そう呼ばれた。
返事は出来なかった。
(本当に、初対面に戻ったみたい…。)
見なくたって分かる。
銀さんがあの紅い瞳を真っ直ぐに私に向けている事。
でも、その瞳に映っている感情を知るのが怖くて、私は目を合わせられない。
鞄を手に取って玄関へ向かいながら、私は神楽ちゃんと新八君に頭を下げた。
「二人とも心配してくれてありがとう。それと、いちご牛乳、御馳走様でした。…それじゃ。」
あとは玄関に一直線。
後ろで話してる声は全て遮断した。


元々大怪我をしたわけでもなかったし、最初は少しフラつきながらも私は普通に歩く事が出来た。
(今日は二回も銀さんに会えちゃった…。嬉しいはず、なのにな…。)
はぁ、と溜め息をひとつ。
(こんなんじゃ、また誰かにぶつかっちゃうかも…。ちょっと休憩していこうかな…。)
私はふいに目に入った小さい公園に立ち寄ってベンチに座った。
出掛けた時はあんなに晴れてたのに、今見上げると雲が敷き詰められたみたいに、青空はまばらにしか見えなくなっていた。
公園にいた子供達も、もう少ししたら帰るらしい。
(やっぱり雨が降るのかな?私もそれまでには帰らなきゃ…。)


********

銀さんと初めて会ったのは、私がまだあの店で働き始めた頃だった。
早番で出勤した時、お店の陰で男の人が蹲っていた。
ぐったりしていて、動かない。
(酔い潰れてるのかな?この辺りには飲み屋さんあんまり無いから珍しい…。早くいなくなっててくれると良いんだけど…。)
怖いし、関わりたくなくて、私は気付かない振りをしてお店に入った。
次の人が出勤してくるまで一時間。
私ひとりでも開店の準備をしっかり進めておかなくちゃ。
…と思って作業しながらも、頭の中はさっき見た男性の事を考えていた。
(酔っ払いかと思ってたけど、まさか死んでたりしないよね…?)
そんな想像をしてしまったら、もう作業なんて上の空だった。
キリの良いところまで慌てて終わらせて、私は店の外に出た。
(まだいる…!)
私はゆっくりと男性に近付く。
建物の影になっていたから分からなかったけど、銀髪が風でふわりと揺れた。
太陽の光に触れた一部がキラキラと輝いている。
(綺麗…。地毛、なのかな…。)
少しだけ見惚れてしまった。
私は男性の横にしゃがんで恐る恐る声を掛ける。
「あの、大丈夫ですか?その…生きてますか…?」
一拍遅れて、瞼がピクリと動き、ゆっくりと開いた。
微睡んだ瞳は少し彷徨った後、私を捉えた。
どこまでも深い紅い瞳。
「無事で良かったです。私、ここの店の者です。お水持ってきましょうか?」
「……ん、……。」
まだぼーっとしているのか、とりあえず返事をした、という感じだ。
どこか怪我をしている風でもないし、微かに残るお酒の匂いから、やっぱり酔い潰れていただけみたいだと胸を撫で下ろした。
私は店の中に戻り、お水とおしぼりを持って男性の元へ戻る。
「これ使ってください。私、後で取りに来ますからその辺に置いててもらって大丈夫なので。」
気を使わせないように笑い掛けると、男性は大きく目を見開いて数回瞬きを繰り返す。
「……天使かと思った。」
「ふふっ、お世辞言えるくらい意識がはっきりしてるなら安心です。お酒の飲み過ぎは気を付けてくださいね。」
私は水とおしぼりを手渡して、その場から離れた。

開店前にお店の外に様子を覗きに行くと、空になったコップときちんと畳まれたおしぼりが置いてあった。
そこにはもう、あの綺麗な銀髪の男性はいなかった。
少し休んで回復して、家に帰ったのかもしれない。
(良かった。…まぁ、帰る前に一言欲しかった気もするけど。)
私はそれらを回収して、店の中に戻った。


「真弓ちゃん、お買い物頼んで良いかしら。納品の果物が遅れてるみたいで…。」
昼過ぎ、お店が落ち着いたタイミングで店長からお使いを頼まれた。
「勿論です。行ってきます!」
私は店長から買い物リストを受け取り、三角巾を更衣室に置いてから出掛けた。
必要なのは苺とオレンジとバナナ、無糖ヨーグルトと生クリームなど。
(材料見てたらミックスジュース飲みたくなってきちゃったな。)
そんな事を考えながら向かうのは近くのスーパーだ。
(あれ?今、スーパーに入って行ったのって…。)
珍しいから見間違いじゃないと思う。
静かな夜に浮かぶ、月のような銀色。
私は誘われるようにその後を追った。

(いた…!!)
見付けたのはお菓子売場の駄菓子コーナー。
しゃがんで何かを探していたらしい。
その手に持っていた未開封のボックスには、酢コンブの文字が大きく載っていた。
(箱ごと買おうとするなんて、駄菓子好きなのかな…。)
銀色の髪と紅い瞳、それとどこか眠そうな表情。
今朝、店の前にいた男性で間違いなかった。
「………何?」
「……!あ、あ、えっと、」
見ていたのがバレて声を掛けられた。
すぐに言葉を返せない私の代わりに、男性が目を丸くして私を見上げてから言う。
「! もしかして、今朝助けてくれた人?」
「助けたなんて…、お水出しただけですよ。でも、元気になってて良かったです。」
それでは、と頭を下げてその場から立ち去ろうとしたら男性に呼び止められた。
「あのさ、…何かお礼させてくンない?」
「えっ、そんな大したことしてないですし、気にしなくて大丈夫ですよ!」
男性は一度お菓子の箱を棚に戻し、すっと私の前に立つ。
今まで見下ろしていたはずの彼は、私より全然背が高くて、初めて見上げることになった。
あの紅い瞳に私が映っているのかと思うと少し落ち着かない。
(何となくドキドキするのは、髪と目の色が珍しいからなのかな…?)
それはそれで失礼かなと思いながら、男性の申し出について答える。
「それじゃ、今度うちの店に食べに来てください。甘味処なんですけど、甘くないのもあるので。」
「……そんなんで良いンなら。」
「充分です!お待ちしてますね!」
そう言って、私は自分の買い物へと戻った。

…はずなのに、その後すぐ何度も彼と顔を合わせることになる。

最初は、お使いで乾物を買いに来たらしい男の子が背が届かないのを見て助けに入ったのだけど、私も届かなくて困っていたら、銀髪の男性が楽々と取ってくれた。
レジで小銭をばら撒いてしまったお婆さんの小銭を拾ってあげていると、銀髪の男性も一緒に小銭を広い集めてくれた。
「さっきから色々と助けてくれて、ありがとうございます。」
「いやいや、進んで人助けしてンの俺じゃないしね?…見て見ぬふりする奴がほとんどの中、偉いもんだよ。」
「人助けなんて大袈裟ですよ。私が力になれる些細な範囲だけですから。それに、貴方だって見て見ぬふりしないでいてくれるじゃないですか。 」
私がそう言うと銀髪の男性は、ふわりと柔らかく笑う。
(優しい人なんだな…。)
その表情に胸が高鳴った理由を、この時の私は分からずにいた。

「それじゃ、また。」
買い物を終えた私はぺこりとお辞儀をした。
「おー、……いや、これも何かの縁だ。半分持たせて。」
「……良いんですか?結構重いですよ?」
「ふはっ、重そうだから言ってンの。ほら。」
そう言って彼は私に手を差し出した。
突然の申し出にどうしようか思案していると、二つの買い物袋の重い方を取られた。
「本当は二つ持っても良いンだけど、嫌がりそうだし俺こっちね。」
「ありがとうございます。…優しいんですね。」
私がそう言うと一瞬照れたような顔をしたけど、彼はすぐに、まァ俺の半分は優しさで出来てっから、と笑った。

二人並んでお店に向かう。
初対面だというのに、会話に困る事が無かったのは意外だった。
基本的には彼が喋り、私が笑う。
何気ない会話を展開するのが上手いと思った。
驚いたのは、彼が実は甘い物好きで、甘味についての話が盛り上がった事。
お料理も出来るらしく、簡単なお菓子なら本も見ずに作れるらしい。
「すごいですね!もしかしてお仕事、飲食関係で、…ッ!?」
突然ぐいっと、力強く二の腕を引かれる。
私はふらりと体勢を崩して、男性の胸元にぶつかった。
そんな私の真横を車が勢いよく通り過ぎる。
(車!?いつの間に!?)
会話が楽しくて、すぐ傍まで車が近付いている事に気が付かなかった。
「…大丈夫?」
「っ!! ひゃいッ、あ、だ、大丈夫、です!!」
顔が近くて思わず声が裏返ってしまった。
男性は堪えきれず、喉をくつくつ鳴らしながら笑う。
「顔真っ赤。」
「っ、そう思うなら早く離してください。」
「…あ。」
彼は今気が付いたようで、私から手を離した。
そして少しの沈黙の後、二人同時に笑った。

お店に着く手前で、サングラスを掛けたオジさんに話しかけられた。
「お、銀さんじゃん。こんなとこで何してんの?」
「長谷川さんこそ。俺は…恩返し中?」
オジさんは彼…"銀さん"の知り合いらしい。
(銀髪だから銀さんなのかな?それとも本当に名前が銀なのかな?)
二三言話してオジさんと別れると、すぐにお店に到着した。
「荷物運んでくれて本当にありがとうございました。」
「どういたしまして。っつっても大した事してねェけどな。」
持ってもらっていた買い物袋を返してもらい、少し躊躇ったけど思い切って言ってみた。
「あの…、私も銀さんって呼んでも良いですか?」
「おう。また寄らせてもらうわ、…"有村"サン。」
銀さんは私の名札を見て、そう言った。

多分、私はもう、この時から銀さんの事が好きだったんだと思う。


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